4-9(魔女の館).
「聞いていた通りですね」
「ええ」
エカテリーナ様の言葉にセリア様が返事をした。魔女の館はお爺様から事前に聞いていた通り、館というより壊れかけた塔だった。はっきり言って不気味だ。
「マージョリーをよく連れてきていた頃はもっときれいにしてたんだが・・・」
お爺様が言い訳のように言った。
正面の扉は封印されている。シェリンガム伯爵家の騎士たちが扉の封印を剥がす。
「お前たちはここに残って辺りを警戒していてくれ」
お爺様が騎士たちにそう指示して、私、お爺様、パーシヴァル様、エカテリーナ様、セリア様の5人は魔女の館と呼ばれている壊れかけた塔の中に足を踏み入れた。
最初の広間のような部屋の左側の壁に一幅の大きな絵がかけられていた。全身黒いドレスに身を包んでいる女の人と黒い大きな犬が描かれている。絵はボロボロで女の人の顔も判別できない。黒い犬の牙が確認できる。これは魔獣なのだろうか? だけど似ている・・・。
「これは魔女の絵なのかしら?」
「とても聖女様の血を引いているようには見えませんね」
壁の絵を前にエカテリーナ様とセリア様が会話をしている。確かに聖女というよりやっぱり魔女だ。
「これが次の部屋への扉のようですね?」
エカテリーナ様の言葉にセリア様が「ええ」と返事をした。お爺様も頷いている。
私たちはその不気味な絵を横目に扉を開け次の部屋へ入った。先頭はセリア様だ。次の部屋は最初の部屋よりやや狭い。その部屋には特徴的なものがあった。床の魔法陣だ。それは床に刻まれるように描かれている。積み重なった埃と長い年月による摩耗で全貌がはっきりとしない。
「これは、なんの魔法陣だろう?」
私の横から素早く駆け出して魔法陣に近づいたのはパーシヴァル様だ。パーシヴァル様は初めて会った頃から魔法にとても興味を持っている。パーシヴァル様はお母様と同じで氷属性魔法が得意だ。パーシヴァル様があれこれと魔法陣を調べている。他の4人はそれを黙って眺めている。なんだか緊張感のようなものを感じる。さっきまでいろいろと感想を述べあっていたエカテリーナ様とセリア様も黙ってパーシヴァル様を見ている。
そのときそれは起こった。魔法陣が輝き始めたのだ!
「試しに魔力を流したら・・・」
パーシヴァル様の声は興奮のためか、それとも戸惑っているのか少し震えている。
魔法陣の輝きがどんどん強くなる!
そして周りが見えないほどの光が部屋全体に満ちた。
「どういうことだ! この魔法陣は壊れて使えないはずだ!」と叫んだのはお爺様だ。
そして何かが魔法陣の中から現れた・・・。
「あれは絵の中の・・・」
お爺様が呻くように言った。魔法陣の中から現れたのは黒い魔獣だ!
その真っ黒な巨大な犬、いやどちらというと狼だ、の魔獣は「がうぅぅぅーーーー!!」と長く吠えると私たちの方に向かって飛び掛かってきた。なんだか私と目が合ったような気がする。
黒い狼の魔獣が目の前に迫る!
ガキッ!
人影が私の前に飛び出してきて魔獣の鋭い牙を剣で受け止めた。
姫騎士セリア様だ! た、助かった・・・。私は安堵で体の力が抜けた。
セリア様と黒い狼の魔獣は剣と牙で牽制し合っている。セリア様は戦場では槍の名手と聞くが今日は剣を手にしている。剣を手にしたセリア様は黒い狼の魔獣に一歩も引かない。姫騎士と呼ばれるだけのことはある。お爺様もセリア様に加勢しようと剣を抜いた。
そのときだった。黒い狼の魔獣は突然大きく跳躍するとセリア様とお爺様を飛び越えて私の方に向かって来た。大きな牙が覗く巨大な口がもう私の目の前だ!
「しまった!」
セリア様の叫び声が聞こえた。
「がはっ!!!」
「パーシヴァルさまーー!!」
黒い狼の魔獣の大きな口に私が飲み込まれようとした瞬間、私の前に飛び出しだしたのはパーシヴァル様だ。無口だけど、いつも私のことを気にかけてくれていたパーシヴァル様が・・・。
「このー!!」
セリア様が背後から黒い狼の魔獣に斬りつけた。
「ぎゃーー!!」
黒い狼の魔獣が暴れる。しかし、セリア様の剣は鋭い。お爺様もセリア様に加勢する。それにいつの間にか杖を手にしていたエカテリーナ様が「ルシア、パーシヴァルを!」と叫ぶと杖を振って氷の矢のようなものを放った。しばらくして、セリア様、お爺様、エカテリーナ様の3人によって黒い狼の魔獣は討伐された。いや、魔法陣の中に消えた。
だけど・・・。
パーシヴァル様を抱き起した私の手はパーシヴァル様の血で真っ赤だ。パーシヴァル様は肩からお腹を黒い狼の魔獣に噛まれて血だらけだ。
そうだ!
私は急いで持っていた中級ポーションをパーシヴァル様の傷にかけた。ポーションの瓶はあっという間に空になった。だけど、パーシヴァル様の傷は塞がらない・・・。
この血の量・・・。
傷の深さ・・・。
ああー、パーシヴァル様が死んでしまう・・・。あの日から私への態度が変わったアーサー殿下と違ってパーシヴァル様はいつも私を気遣ってくれた。学園に入学してからも、殿下の他の側近候補たちがソフィアを持ち上げる中、パーシヴァル様だけは、私のことを・・・。
そのパーシヴァル様が・・・。
女神様・・・どうかパーシヴァル様を助けて下さい。お願いどうか・・・。私の命に代えても構いません・・・。私はこの世界を創造しフェンリルを従え聖女に力を与えたという女神様に祈った。
女神様、どうか・・・。私は祈り続けた・・・。
「ルシアの体が・・・光っている・・・」
あれはセリア様の声なの・・・?
「ルシア・・・」
これはお爺様の声・・・。
「やっぱりルシアが・・・」
今度はエカテリーナ様の声だろうか・・・。
ああ、そんな場合じゃない。女神様! お願い!
そのとき、誰かが頭の中で私に呼び掛けた。
(私の魔獣が迷惑をかけたようだ・・・。突然呼び出されて混乱していたようだな。すまない・・・。代わりにお前の願いを・・・)
「ル、ルシア・・・」
「パーシヴァル様!」
パーシヴァル様は私の手の中で目を覚まして私を見つめていた。私がパーシヴァル様を抱く手は光り輝いている。私が見ている間にどんどんのパーシヴァル様の傷は塞がり顔色も良くなってきた。
女神様・・・ありがとうございます。
「イベントは成功したようね・・・」
エカテリーナ様が何か呟いた。
私は聖属性魔法に覚醒した。そのおかげでパーシヴァル様は助かった。
私たち一行は魔法陣がある部屋を出て広間に入る。私はエカテリーナ様の視線に釣られて壁にかけられた絵を見た。そこには白いドレスを着た女性とそれに従う白い狼が描かれていた。気がついたら全員が絵を見つめていた。
「やっぱり、これは聖女様の絵だったのでしょうか?」
セリア様の言葉に返事をする者はいない。私は不思議な出来事が次々に起こり考えることを放棄していた。他の人たちも似たようなものだ。崩れかけた塔の外に出ると森の冷たい風が吹いてきて私の火照った頬をちょっとだけ冷やしてくれた。
さっきあったことは本当に現実だったのだろうか?




