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4-3(覚醒).

 今日はいよいよ魔獣狩りだ。私は朝から興奮していた。


「殿下、これを」

「これは?」

「上級ポーションです」


 上級ポーション! 凄く貴重なものだ。かなりの怪我でも直すことができると聞いている。私とソフィアはさっき中級ポーションをお爺様から「念のためだ」と言って渡されている。中級だって相当に高価だ。


「レナード、二人にも同じものを」

「しかし、殿下」

「レナード!」

「分かりました」


 殿下の指示で私とソフィアにも上級ポーションが渡された。ちょっと気まずい。今日の狩りでこれを使うことはないだろうから後で返却しよう。これは凄く貴重なもののはずだ。ソフィアは紫色の小さな瓶に入った上級ポーションを目の前に掲げてしげしげと眺めている。


 こうして私たちは魔獣が生息するというヒグランドの森に向かって屋敷を出立した。森の近くまでは馬車と馬で移動したが、森の中では徒歩での移動だ。私とソフィアはもちろんアーサー殿下もパーシヴァル様も文句を言わずに歩いている。


「ルシア、わくわくするな」


 アーサー殿下が護衛の責任者のレナード様越しに親し気に話し掛けてきた。私は少し顔が赤くなるのを意識しながら「はい」と慎ましやかに返事をした。


「何だ、ルシアは緊張しているのか」

「はい。そうかもしれません」


 隣のソフィアは本当に緊張しているようで無言だ。とても集中して辺りに気を配って歩いているのが分かる。


「そろそろ魔獣の生息域に入った」とお爺様が言った。そして「この辺の者なら騎士でなくともワイルドボアやホーンウルフ程度なら狩ることがある。その程度の魔獣だ。だが、油断してはならん」と続けた。


 そこからさらに進んだ辺りでお爺様の指示により一行は歩みを止めた。


「テッド、ちょっと見てこい」

「はっ!」


 テッドと呼ばれたシェリンガム伯爵家の騎士がお爺様の指示で一人で森に分け入った。斥候らしい。


「ルシアとソフィアは、そこより前に出るでないぞ」


 私とソフィアの周りにはシェリンガム伯爵家の騎士数人が護衛についている。近くには王都から連れてきた護衛に囲まれたアーサー殿下とパーシヴァル様がいる。ワイルドボアやホーンウルフを相手にするだけなら過剰な戦力だ。でもアーサー殿下がいるのだからこのくらいは当然だと思う。


 狩りをする役割のお爺様と数人の騎士のすぐ後ろには、王都から来た護衛の責任者であるレナード様がいる。レナード様は王国の騎士の中でもかなり位が高い人らしい。


「伯爵様、この先にワイルドボアが」


 斥候に出ていたシェリンガム伯爵家の騎士テッドが叢をかき分けて現れるとそう報告した。お爺様が頷くと「皆、油断するな!」と言った。


 それからしばらくして、突然叢の中から巨大な猪が飛び出してきた。ワイルドボアだ。私は死体を見たことはあったけど、実際に動いているそれは思った以上に大きかった。


「お姉様」


 ソフィアが私の腕を強く掴んだ。


 ガン!


 素早く前に出た大柄なシェリンガム伯爵家の騎士が盾でワイルドボアを受け止めた。


「ぐぶっ!」


 奇妙な鳴き声を上げたワイルドボアはまた突進してきたが、これも別の騎士が盾で受け止めた。ワイルドボアの動きは直線的なので分かりやすい。


 バシ!


 盾に受け止められたワイルドボアをお爺様が剣で斬るというより叩いた。


「レナード殿」


 お爺様がレナード様に声を掛けた。たぶん王都から来た騎士に手柄を譲る気だ。さすがお爺様だ。お爺様の声に反応したレナード様が素早い動きで前に出るとワイルドボアを剣で一閃した。


「ぐぎゃー!」


 悲鳴を上げたワイルドボアはその場に横を向いて倒れる。しばらく足がぴくぴくと動いていたが、すぐに全く動かなくなった。


「思ったより呆気なかったな」


 いつの間にか近づいてきたアーサー殿下が言った。殿下、ちょっと近いです。


「大きい・・・」


 パーシヴァル様が呟いた。実際、そこまで危険ではないとはいっても、初めてワイルドボアを見れば誰だって恐怖を感じるだろう。


 無事にワイルドボアを討伐した一行だが、殿下の「できればホーンウルフも見たい」という一言で森での探索を続けることになった。まだ時間は十分にある。


 しかし、なぜかホーンウルフは現れない。ワイルドボアも最初の一体だけだ。お爺様も首を捻っている。


「ジェラルド様、何か鳴き声が・・・」

「うむ」


 確かにちょっと先から鳴き声のようなものが、それも複数の声がする。


「ホーンウルフの鳴き声のようだが、ホーンウルフは狼の魔獣でも群れないはずなのだが・・・」


 鳴き声のようなものはますます大きくなった。


「今日は殿下もいる。引き返そう」


 お爺様がそう言ったとき、私たちの前に白い狼の魔獣が飛び出してきた。その後からすぐに灰色の狼の魔獣が続いた。


 ホーンウルフだ!


 群れないはずのホーンウルフが5体もいる。白い狼を追ってきたようだ。白い狼はホーンウルフよりずいぶん小さい。子供かもしれない。よく見ると傷だらけだ。ホーンウルフに襲われていたのだろうか?


 白い子供らしき狼を追って来たホーンウルフは私たちを見ると目標を変えた。


「レナード、子供たちを頼む」


 お爺様は叫ぶように指示すると、シェリンガム伯爵家の騎士たちと一緒にホーンウルフに斬り掛かった。ホーンウルフの吠える声と騎士たちの怒声が入り乱れる。私とソフィアは殿下とパーシヴァル様と一緒にレナード様を始めとした王国の護衛騎士に守られている。


「お姉様」

「ソフィア、大丈夫」

「はい。私は大丈夫ですわ」


 ソフィアは思ったより落ち着いている。


 でも・・・。


 パーシヴァル様が震えているの気がついた私は「大丈夫ですわ。お爺様たちはとっても強いし魔獣には慣れています」と言った。パーシヴァル様は黙って頷いた。


「あ、すみません」


 私は無意識にパーシヴァル様の手を握っていたようで、慌てて手を離した。


「ルシアは怖くないのか?」とアーサー殿下が話し掛けてきた。

「ええ、だって」


 生きているホーンウルフはすでにあと一体になっている。


 それより・・・。


 ちょっと離れたところで小さな白い狼が蹲っている。かなり大きな傷がいくつもある。私が見ていると小さな狼が顔を上げた。目が合ったような気がした。


 そのとき、ソフィアが「可哀そう・・・」と呟いていきなり飛び出した。


「ソフィア!」


 皆が呆気にとられる中、ソフィアは小さな白い狼に近寄ると何かを振りかけた。上級ポーションだ。白い小さな狼は「くうん」とお礼を言うように鳴いた。ソフィアはさらにお爺様から渡されていた中級ポーションも使った。


 小さな狼の白い毛皮は艶を取り戻した。なんだか薄く光っているようだ。どこからか「ホーンウルフはすべて倒したぞ」と叫ぶ声が聞こえた。


「ソフィア! 大丈夫か?」


 そう叫んでソフィアに近づいたのはアーサー殿下だ。「殿下!」と慌ててそれをレナード様が追いかけた。


 ガサ!


 そのとき、何か大きなものが近づいてくる音がした。


 ガサ!


 下草が踏まれて音を立てている。


 それは森をかき分けるようにして私たちの前に現れた。巨大な白い狼だ。神々しいような威容を誇っている。


 シェリンガム伯爵家の騎士の一人が「フェンリル・・・」と呟いた。一部のパニックなった騎士たちがフェンリルを攻撃しようとした。レナード様を始めとした王国の護衛騎士たちも臨戦態勢だ。


「止めろ!」


 止めたのはお爺様だ。いつの間にか私のそばにはお爺様がいた。


「フェンリルは女神様の使いだ」


 シェリンガム伯爵領に女神様の使いであるフェンリルの伝説があることは私も知っている。聖女様と一緒に英雄アルベルトを守護して共に戦ったという伝説もある。


 まさか、そのフェンリルが・・・。


 フェンリルは大きな舌で小さな白い狼を舐めた。フェンリルの子供だったのだろうか? そして、そのそばにいるソフィアを見た。まるでソフィアに何かを話し掛けているようだ。子供を助けたソフィアにお礼でも言っているのだろうか? よく見るとソフィアの体が白く輝いているように見える。ソフィアの近くでレナード様に守られているアーサー殿下は食い入るようにフェンリルとソフィアを見ている。


「ルシア」と声をかけてくれたのはパーシヴァル様だ。


 私とパーシヴァル様は、その神秘的な光景をただ見つめていた。私たちは、今、新たな伝説を目にしているのだろうか・・・。


 ソフィアを包む光が一段と強くなったと思ったら、スーッと波が引くように収まった。


「うおおぉぉぉーーーん!!」


 フェンリルはまるで天にいる女神様に伝えるように長く吠えた。そして踵を返すと森の中に消えた。小さな白い狼もそれに続いた。


 その日を境にソフィアは聖属性魔法が使えるようになった。聖属性魔法とは伝説の聖女様が使ったという回復魔法だ!

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