4-2(シェリンガム伯爵領と殿下との出会い).
「お爺様、凄く広いですね」
遠くにミスリル鉱山があるという山並みが見える。そのほかにもところどころに森や小さな山らしきものが見えるが、それ以外は平原が続いている。シェリンガム伯爵領はマルマイン王国の北東部にある。はっきり言って田舎だ。
「あそこに咲いている赤い花がアルブラッドだ」
「もっと南のアルストン辺境伯領には辺り一面アルブラッドが咲いている丘があるそうですね」
「ほうー、ルシアは良く知っているな」
お爺様が私の頭を撫でてくれた。
「知っているのはそれだけではありませんわ。アルブラッドの名前の由来でもある英雄アルベルトの話も知っています」
「お姉様、その英雄アルベルトの話、私、聞きたいですわ」
「いいわ、ソフィア、今日寝るときに聞かせてあげるわね」
「とっても、楽しみです」
お爺様は私とソフィアの会話を目を細めて聞いている。シェリンガム伯爵領を訪問した私とソフィアは今日はいわゆるピクニックに来ている。ここまでは馬に乗って来た。風がとても気持ち良かった。私はお爺様の前に、ソフィアは使用人の一人に乗せてもらってここまできたのだ。
「あの森にはミスリルの鉱山があるだけでなく魔獣が住んでいるんですよね」
「魔獣・・・」
魔獣と聞いてソフィアはちょっと怯えたような目をした。
「ああ、鉱山にはそのための護衛もいる。だが、あそこよりもっと危険な魔獣がいる森もこのシェリンガム伯爵領にはある。それにルシア、魔獣がいることは悪いことばかりではない」
「魔獣には食べられるものもいるし、毛皮や角などが役に立ちますものね」
魔獣は危険であるだけでなく資源でもあるのだ。魔力を含んだ魔獣の肉はおいしいし、魔獣から採れる素材は魔道具などを作るのに役に立つ。
「ルシアは英雄譚だけでなく魔獣にも詳しいのだな」
「お爺様、魔獣とは魔力を持った生き物なのでしょう? 私は魔力や魔法についても興味があるのです」
「そうか。ルシアはそんなところもマージョリーに似ているな」
「でも私はお母様ほど魔法が得意ではなくて・・・」
お爺様は優しく私の方を見ると「ルシアの年ならまだまだ上達する。心配することはない」と言ってくれた。ソフィアのほうは魔法が使えない。そのことに優越感を持っている私は悪い子だ。
私たちがピクニックに行ってしばらくしたある日、屋敷に意外な訪問客があった。意外なのは私やソフィアにとってであって、お爺様とお婆様はあらかじめご存じだったようだ。屋敷の前に豪華な馬車が到着して、お爺様とお婆様が揃って出迎えている。
その豪華な馬車から降りてきたのはこの国の王太子であるアーサー・エルド・マルマイン様だ。もちろん、私はこれまでアーサー様に会ったことはない。教えてもらったのだ。私と同じ年らしい。ミドルネームのエルドは次の王であることを表している。屈強な護衛を数人連れている。私は護衛に混じって殿下と同じ年くらいの黒髪の少年がいることに気がついた。
「殿下、こんな田舎までよくいらっしゃいました」
お爺様とお婆様が並んで頭を下げる。
「うむ。ジェラルド、しばらく世話になる」
ジェラルドとはお爺様のことだ。
シェリンガム伯爵家は特に大きな権力を持っているわけではない。そもそもお爺様は権力争いとかに興味がない。領地にミスリル鉱山があるといってもそれほど大きなものではないし所詮田舎だ。だが、シェリンガム伯爵家はとても古い貴族で王家とも関係がある。古の聖女様と繋がりがあるという伝説のような話だってある。その上、お婆様は王太后様の古くからの友人らしいのだ。もちろん、これは後から知った話だ。
私たち姉妹は屋敷に案内されたアーサー殿下に挨拶することになった。
「殿下、お目にかかれて光栄です。ルシア・ファンゲッティと申します」
「ソフィア・ファンゲッティです」
私はとても緊張して挨拶した。今のカーテシーはおかしくなかっただろうか?
「そう緊張するな。同じ年と聞いている。友人として接してくれ」
いきなり王太子から友人と言われても・・・。
「おい、パーシヴァル、お前の顔が怖いのではないか?」
殿下は隣の黒髪の少年を見ておどけたようにそう言った。
「そんなことは・・・」
パーシヴァルと呼ばれた少年は、殿下や私たちと同じ年で王国筆頭魔導士のサミュエル・ベルマン様の息子だ。将来の殿下の側近候補の一人らしい。黒髪でちょっと冷たい感じというかあまり表情の変化のない少年だ。パーシヴァル様はアーサー殿下と違い口数が少ない。私と同じように緊張しているのだろうか?
その後、私たち4人は多少打ち解けた。きっかけは私と殿下が英雄アルベルトの話で意気投合したからだ。
「ルシアは英雄譚に詳しいな」
殿下が感心したように言った。
「こないだ寝る前にお姉様がして下さった英雄アルベルトの話は面白かったですわ」
「そうか」と殿下も頷く。
「アルベルトが女神様に授けられた光の剣で龍の額を突いた話ですわ」
「おー、あれか。私も将来は龍を倒してみたいものだ」
マルマイン王国では武が尊ばれる傾向にある。もし、本当に龍を退治すればアルベルトのような英雄になれるだろう。アーサー殿下は魔獣にも興味があって、私がシェリンガム伯爵領には魔獣が生息していると話すと、生きた魔獣やその狩りの様子を見てみたいと言っていた。
★★★
「お姉様、アーサー殿下は格好良かったですね」
「ええ」
私とソフィアは寝る前にベッドに仲良く腰かけて今日あったことを話していた。
「それに、殿下はお姉様に興味を持ったようですわ」
「まあ、そんなこと」
私はソフィアにそう言われて悪い気はしなかった。確かに英雄譚や魔獣に興味があるということで私とアーサー殿下は意気投合した。ちょっと嬉しかった。ソフィアは私と殿下が英雄譚や魔獣の話をしているときにあまり口を挟まなかった。ソフィアはとても謙虚で、決してでしゃばるようなことはしない。あのブレンダの娘であることが不思議なくらいだ。そんなソフィアに対して殿下と話が合ったことで優越感を感じてしまった自分に私はちょっと嫌気がさした。
「パーシヴァル様も殿下とは違うタイプだけど、なかなかハンサムだったわ」
私は殿下のことから王国筆頭魔導士の息子のことに話題を変えた。
「お姉様、パーシヴァル様はその容姿と氷属性魔法が得意なことから氷の貴公子と呼ばれているのですわ」
「そうなの。ソフィアは詳しのね」
「いえ、私はお姉様と違ってそういう噂話に興味があるのです」
ソフィアは少し恥ずかしそうにそう言った。アーサー殿下だけでなくパーシヴァル様も成長すれば物語の登場人物のような良い男になるだろうなと思う。噂になるのも分る。
「それより、明日の魔獣狩りが楽しみだわ」
お爺様はアーサー殿下とパーシヴァル様にシェリンガム領で何をしてみたいかと聞いたのだ。アーサー殿下は当然魔獣狩りが見たいと言った。パーシヴァル様の希望を聞くと、パーシヴァル様は最初は遠慮していたが、可能ならシェリンガム伯爵領にある魔女の館を見てみたいと言った。古の魔女が魔法を研究していたと言われている場所で、館というより崩れかけた塔が残っているとお爺様が言っていた。魔法が得意なパーシヴァル様なら頷ける希望だ。
アーサー殿下とパーシヴァル様は明後日には別の場所を視察に行く予定だ。魔獣狩りが見学できる場所と魔女の館は少し離れていてどちらかにしか行けない。結局、私と、なんとソフィアも殿下と一緒に魔獣狩りが見たいと言ったことで明日の予定は魔獣狩りの見学ということになった。私とソフィアが参加することは案外すんなり許可された。もともと安全には配慮されていたのだ。まあ、殿下に見せるのだから安全に配慮されているのは当たり前だ。
狩るのはワイルドボアかホーンウルフだと教えてもらった。
ワイルドボアは猪の魔獣だ。ワイルドボアの肉はここシェリンガム領ではよく食卓に上がる。少し固いけど割とあっさりした味で私は好きだ。だけど、どうせならホーンウルフを狩るとこを見たい。ホーンウルフは角を生やした狼の魔獣だ。他の狼の魔獣と違って群れでなく単独行動している。それで今回の目的に選ばれたのだ。群れで襲ってくる魔獣は危険だ。
「それよりソフィアは大丈夫なの?」
ソフィアは私のように魔獣に興味を持っているとは思えないし、むしろ少し怖がっているんじゃないかと思う。きっと優しいソフィアは私や殿下のことを思って魔獣狩りに行きたいと言ったのだろう。
「お姉様、大丈夫ですわ。それにこれでも私、結構楽しみにしてるんですよ」
「それなら、いいんだけど」




