【第9話 帰還、アレは窯づくり——白い行列の噂】
翌朝、街の空気が冷たいうちに出た。受け取った銅貨は袋を分け、使う分と予備を仕切る。引き役はもちろんオーシ、荷車は空だから足取りが軽い。骨は林間で平行護衛、距離は5mキープ。
行きは3日、帰りも3日。数字は公平だ。道中は特に事件なし……と書きたいところだが、2日目の午後に荷車の割りピンがひとつ抜け、車輪がガタついた。
「停止。骨二号、補助。ローヴェン、車体支え」
骨二号が“どや立ち”のまま片腕だけ器用に差し込み、ローヴェンが支点を作る。俺は予備の釘を削って仮ピンにした。5分で復旧。
通りがかった薪商人の親父が目を丸くした。「鹿でけぇな……」——そこだけか。そうだよな、骨は見えてないしな。よし、この運用はまだバレていない。
3日目の夕方、廃教会が見えた。糸鈴が軽く2回鳴って、留守番の合図。マーラが走ってきて、塩袋を抱きしめる。「ありがたいですねぇ」
ニナは靴を見せびらかさない努力を全力でしている(耳が真っ赤)。ローヴェンは在庫棚を撫でた。「戻ったな、現場に」
「今日から“炭”に切り替える。単価を上げる仕掛けだ。乾燥枠も作る。束は紐の素材も長さも統一」
壁板のKPIに新しい欄を追加する。
・炭:土窯×1(内径2m、高さ1.8m、排気口2)
・乾燥枠:幅1.8m×長3m×段3×台数4
・束規格:長さ60cm、直径20cm、紐は麻縄8mm、結びは“二重”で統一
こうして数字にしとけば、誰でも同じ絵が出せる。
「分隊改編。製炭分隊は“モクモク改”。乾燥分隊“カラッと”。検品分隊“コン”。命名には反論不可」
「“コン”……音から取ったのか」とローヴェンが苦笑する。
「乾きの音だ。検品の合図にもなる」
「センス……」ニナはもはや省エネで突っ込むだけになった。
土窯は穴を掘るところからだ。骨は掘るのが速い。人間は墨縄と杭で円を出して、底を水平にする。
俺は手順板を作って立てかけた。
1)穴掘り(内径+20cmの余堀)
2)床ならし(踏み固め→粘土薄敷き)
3)壁積み(石→粘土→石を交互、目地は内側を薄く)
4)天井の“煙道”仮置き(竹筒2本)
5)蓋用の板を仮組み(後で粘土で目止め)
6)初回は小焚きで乾燥→本焼き
骨の“班長骨(青タグ)”に段取りを丸ごと預けると、意外なほど間違いが少ない。複数命令を抱えられる個体は、やっぱり記憶域が広い。
乾燥枠はカツグ君(資材分隊)担当。幅1.8m、長3m、段3。骨が“どや立ち”しながらも、ものすごい勢いで組んでいく。どや立ちはもうクセなのか。
「植え戻しの“誓約板”も作る。見える場所に。『伐採1に対し植え戻し2。事故ゼロ継続。』」
「誰に向けたものだ?」とローヴェン。
「外向き、そして自分たち向き。数字は盾であり鏡だ。貼り出せば嘘がつけない」
夕方、糸鈴がまた2回、間を置いて鳴った。見張りの合図“外周に影”。
ニナが駆け戻る。「道の向こう、黒い外套の人。遠巻きに見てたけど、こっちが気づいたら引いた」
王都教会の査察官。ギルドで聞いた話が、さっそく現物化する。
骨を隠す運用は継続だ。林間で平行、どや立ちもやめ……いや、どや立ちはやめよう。怖い。
「対応ルールを決める。1)案内は人間だけ。2)骨は視界から外す。3)“見せる数字”は準備しておく。伐採地の地図、植え戻しの本数、事故ゼロ日数、在庫と納品の帳簿」
「話は誰が?」
「俺。数字の説明は任せてくれ。神学問答は……回避だ」
夜、初焚き。土窯に細薪を詰め、天井を粘土で封じ、煙道に火を入れる。最初は弱火で窯自体を乾かす。煙は白——水分が出ている証拠だ。
マーラが祈りの言葉を短く唱え、ローヴェンは見張りを増員。ニナは外套の影が戻っていないか確かめに行く。骨は遠巻きに立っている。今夜だけは“どや立ち禁止”。腕を下ろせ。そう、自然体。
0時過ぎ、煙が白から薄い青に変わった。炭化が進んでいる。
俺は棒を握り直す。——数字で攻め続ければ、いつか誤解は薄まる。けれど、今日明日の相手は数字で動かないかもしれない。
なら、積む。事故ゼロ、規格、植え戻し。見せられる“連続した数字”が、いつか盾になる。
「ケイ、燃えすぎてない?」
「大丈夫。排気口を3分の1絞る」
ニナが頷き、オーシが鼻息を鳴らした。牧歌的な音に、少しだけ肩の力が抜ける。
夜の廃教会に、土窯の低い唸りだけが響いていた。明日の朝、蓋を閉じれば本焚きに移れる。
白い行列の噂は、たぶん広がっていく。だからこそ、見せるものを決める。
現場は問いに答える。俺は、その数字を——盾にも、道にもする。
(つづく)