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【第8話 街での初仕入れ、アレは帳簿と信用】

 財布の“使える分”は221銅スタートにする。実際は端数の4銅が別袋にあるけど、帳簿はすっきりが正義だ。

 初売上。初仕入れ。ここで浮かれたら次がない。深呼吸、数字で落ち着け俺。


「まずは必需品から。塩、釘、麻縄、布、油、道具、種子」


 商会ギルドの通りは匂いが忙しい。油と革、パンの焼ける匂い、汗、鳥、香草。俺は露店じゃなく、できれば帳場がある店を選ぶ。値段は若干高くても、帳簿の信頼で回収できる。


「塩、10銅。鉄釘の袋、12銅。麻縄の太巻き2本で8銅。帆布は雨に強いやつを2反、16銅。灯用兼撥水の油、8銅。製材用の替え刃2本、14銅。鍬と鋤で20銅。麦の種子を30銅、根菜の混合袋で12銅。帳簿と墨筆で3銅。針と糸で2銅。ニナの靴、8銅」


 合計143銅。残りは78銅。帰路と不意の出費に回す。声に出して足し算すると、ローヴェンが苦笑した。


「長、買い物で詠唱のように数字を唱えるのは珍妙じゃぞ」


「詠唱は大事。途中で間違えると爆発するからな」


「買い物では爆発せん」


「財布が爆発する」


 ニナは新しい靴を両手で抱え、わざと無表情を決めている。耳が赤いのは照れのサインだ。マーラは塩の袋を撫でて「ありがたいですねぇ」と微笑む。こういう時に、半月の緊張が少し溶ける。


 道具屋で替え刃の山を前に、店主の親父が顎を擦った。「お客さん、材を扱うのかい? 刃は歯数が違う。荒引きはこっち、仕上げはこっち。まとめるなら少し勉強するよ」


「じゃあ荒と仕上げで1本ずつ。あと、簡単な製材台の図も描きたい」


「図板は奥だ。……それと」


 親父は声を落とした。「街で変な噂がある。森に“白い行列”がいるってな。骨だの、幽鬼だの。子どもが怖がる類だ。森に入るなら、派手な真似はしないことだ」


「肝に銘じます」


 心臓がひとつ余計に打った。骨は林間で待機中。距離は取っている。けど、風に揺れる白は目立つ。次回は布で迷彩でも巻いてやるか……いや、それはそれで別の恐怖か。


 昼過ぎ、オーシを繋ぎ場に様子見に行くと、子どもが数人、距離を取りつつ輪を作っていた。

「角で挨拶するぞ」と前置きしてから首筋を撫でると、コツン、と肩に角の根元。子どもたち、一斉に「おおー」。それはそう、でかいからな。


 ギルドに顔を出すと、受付の彼女が帳簿をめくった。


「本日の受け取りは243銅で間違いなし。次回入荷は?」


「来週、同量を目標。天候と道の状態で±20%は許容。納品の分割も可」


「了解しました。そうだ——王都教会の査察官が今週この街に滞在中です。森の伐採や“奇怪な噂”に敏感でして。……お気をつけて」


「助かる。道で会ったら“挨拶は口で”に徹する」


 外に出ると、行き交う人の目線に、うすい不安が混じる気配があった。巨大な鹿と大量の薪。珍しがられるのは慣れるとして、目線の粘度が違う。噂はもう回り始めている。

 数字で整えれば誤解は減る。けれど、相手が“信仰”なら、数字では動かない。じゃあ、現場で積むしかない。安定供給、規格、植え戻しの誓約、事故ゼロ。やることははっきりしている。


 夕方、最後の買い足しに乾燥を早めるための木枠を組む釘を追加して、宿は取らずに繋ぎ場の脇で軽食を済ませた。骨は林間で“どや立ち”のまま、見えない護衛。

 帳簿の1ページ目に今日の明細を書き込む。

 収入:薪100束×2.7=270銅/手数料10%=27銅/受取243銅。

 支出:入街19銅/繋ぎ場3銅/仕入れ143銅。

 残高:78銅(+端数4銅は予備袋)。

 次回目標:乾燥度を“上”に。束の紐を統一。納品時の検品時間を20%短縮。


 夜風が冷たくなって、糸鈴の音が遠くから一度だけ届いた。教会の方角だ。留守番の手順どおり、火の始末、巡回、祈り。

 大丈夫。段取りは残してきた。俺がいない現場でも回るようにしてある。回らなきゃ、俺がいなくなった時点で終わりだ。


「ケイ、明日には戻る?」


「戻る。帰ったら、窯だ。炭に切り替えれば単価が上がる。乾燥枠も作ろう。ブランド名も要るな。“どや火”とか」


「センス……」


 ニナが笑って、オーシが鼻を鳴らした。

 夜の街は、思ったよりも静かだ。静けさは落ち着く。でも、落ち着いてばかりもいられない。

 半月でここまで来た。明日は森へ帰る。現場は問いに答える。俺は、その数字を読むだけだ。


(つづく)


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