【第7話 門前、アレは林間待機——巨大鹿で商会ギルドへ】
出発の朝、マーラが小さな布袋を差し出した。中身は教団の小銭をかき集めた23銅。これが軍資金。
入街には金が要る。まずはここを突破しないと話にならない。
3日歩いて、町が見えた。灰色の石壁、分厚い木の門、昼の行列。
骨は林間ルートで平行護衛。姿は見せない。俺とローヴェンが荷車2台、牽引はオーシ。ニナは後衛で見張り。
門前の兵が槍を立てて手を上げた。「止まれ。——鹿、でかっ」
言い直すスピードが速い。全長5mの大鹿は、そりゃ目を引く。
「商売の用件。薪の持ち込み。売り先は未定だから、紹介を頼みたい」
「この街で商うなら商会ギルドを通せ。……その前に、入街と搬入の支払いだ」
兵は指を折って数える。「搬入料:荷車1台につき5銅、入街料:人1人2銅、大型獣:1頭3銅」
「人は3人、荷車2台、鹿1頭……合計19銅だな」
「そうなる」
布袋の口をほどき、19銅を手渡す。残りは4銅。息をつくしかない。
「護送を1人つける。ギルドの受付までな」
にしても、門兵の視線はずっとオーシに釘付けだ。おまけに、木々の陰で“どや立ち”している骨が一体、うっかり軸足を出した気配に、兵長がピクリと槍を向ける。
「……そっちは、何かいるのか」
「風だよ、風。森は何でも動く」
「そうだといいがな」
門をくぐる。石畳の衝撃は麻縄バネで吸収。オーシは堂々、子どもは歓声、大人は距離を取る。ニナは淡々と見張り、ローヴェンは車輪の温度を手で確かめる。余裕、出てきたな俺たち。
商会ギルドは石と木の2階建て、看板に秤のマーク。門兵に案内され、受付へ。
「初めての持ち込みです。薪、100束。販売の相談がしたい」
受付の女性がぱちぱち瞬きをしてから、笑顔を作った。「ええ、まず仮登録と身元の確認を。入街札は……はい、結構です。鹿は外の繋ぎ場へ。係を呼びます」
係の青年がオーシを見るなり半歩後退。「で、でっか……。ひ、引けます?」
「引ける。温厚。角で挨拶する」
「角は……挨拶、なんですね……」
中庭で検量と検品。防水布を外すと、係が束を一本ずつ持ち上げ、長さと太さ、乾き具合を確認。乾きは音で見る。「コン」と鳴れば合格。
検量表に「乾燥度:中上/長さ:統一/異物:少」と記入。俺が横でメモる。見える化はどこでも効く。
「単価の提示をします。今期の薪の市況は、束あたり2〜3銅。量がまとまる卸は2銅、質が上なら2.5銅まで。3銅は小売寄りです」
底値から来るのは当然。なら、勝ち筋を作るだけだ。
「今日の分は100束、乾燥は中上。来週以降も同程度を供給できる。路線は安定、牽引は大鹿。破損・未達時の補填条項は飲む。その条件で2.8銅は?」
受付が目を瞬く。横の係が顔を見合わせる。
「初回は2.7銅で成立、ギルド手数料は10%。次回以降、品質維持が確認できれば3銅も検討」
悪くない。初回は信用買い。指で板に走り書きする。
「2.7×100=270銅。手数料10%=27銅。受け取り243銅。ここから入街の支払い19銅を差し引いて224銅。繋ぎ場は1泊3銅……純手取りは221銅見込み」
「計算が速いですね」と受付が苦笑する。
その時、窓の外で子どもたちの歓声。「でっけぇ鹿ー!」
続いて、悲鳴。「鹿だー!」
オーシが角をコツンと繋ぎ杭に当てただけ。うん、わかる、怖い。受付もつられて身を竦める。
「心配ない。挨拶だ」
「……挨拶が豪快でいらっしゃる」
契約は“臨時卸売契約書”。名前を書き、検印を受け、袋に銅貨が落ちる音を聞く。重みは軽い——でも、ここからだ。
塩、釘、布、麻縄の補充は余裕。余剰は“次の仕掛け”に回す。炭焼き窯を作れば単価は上がる。乾燥の規格を作ればブランド化できる。市場は数字で動く。なら、数字で攻める。
「供給は毎週、本当に可能ですか?」と受付。
「可能。伐採と同時に植え戻しをやってる。長く続ける前提で動いてる」
「では、来週もお待ちしています。炭や材木の相談も……あっ、鹿は必ず繋ぎ場で」
「了解。角で挨拶する前に、先に口で挨拶させる」
ギルドを出ると、門の兵がまだこちらを見ていた。槍の先は下がっているが、視線はオーシにべったり。
「初回は無事に売れたよ」と声をかけると、兵は気まずそうに咳払い。「……なら良い。鹿、でかいな」
「知ってる」
俺はメモ帳を出し、壁板に転記する項目をまとめた。
今日の学び:
・入街/搬入の費用=人2銅×3+荷車5銅×2+大型獣3銅=19銅。
・ギルド=仮登録→検品→単価。初回2.7銅、手数料10%。
・純手取り見込み=221銅(受取243−入街19−繋ぎ場3)。
・巨大な鹿は挨拶が大きい。事前説明で驚愕を20%オフ(体感)。
半月で現場はここまで動いた。次は市場そのものを読む。
数字は嘘をつかない。怖いのは、数字のない期待値だ。
(つづく)