【第6話 半月、アレだらけ——薪が余ったので町デビュー】
半月、経った。
最初の一週間は毎朝「来い」でぜえぜえ言って、夜は糸鈴の音にビクついて、敬語と根回しで喉が枯れていたんだけど——今はだいぶ肩の力が抜けた。
理由は簡単。見渡すかぎり、白、白、白。骨、骨、骨。うちの現場、人手(?)だけは潤沢だ。
雨漏りはゼロ区画が標準になったし、通路幅は一・二メートルまで広がった。祈り場の床は木目がちゃんと出て、マーラが拭けばツヤも出る。
壁板のKPIには正の字が並ぶ。整地:半径50メートル。側溝:延長120メートル。薪在庫:自己消費の5倍。——ここまでは“現場”が俺の緊張を剥いでくれた成果だ。
分隊も増えた。清掃分隊ピカピカ、運搬分隊どすこい、資材分隊カツグ君に加えて、伐採分隊ガリガリ、製材分隊ギコギコ、守衛分隊どや立ち、畑分隊モクモク。
命名センスは置いといて、効果は抜群。みんな合図ひとつで動く。骨は働き者だ。飲まず、食わず、寝ない。——うん、そりゃ早いわけだ。
なんでここまで増えたのか? ちゃんと説明しておく。
毎日一回ずつ召喚して、最初の二日は一体ずつ。三日目に二体出たところで気づいた。これは俺の世界でいう「フィボナッチ数列」だ。前の二回の数を足したのが次の数になるやつ。
1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144、233、377……って増えていく。
だから十四日目は一度に377体、累計は986体。もし十五日目までやれば一度に610体、累計1596体になる計算。増え方がエグい。
で、ここでブレーキ。管理の上限ってやつは“気合”じゃなくて“リスクと工数”で決める。外への見え方(白い行列が街道を歩くインパクト)も加味して、十四日目で止めた。
壁板メモ:
召喚記録=1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,233,377(累計986)/以降は停止。
停止理由=管理限界・外部リスク上昇・誤解対策優先。
「長、こっちは丸太三本、ギコギコへ回すぞ」
ローヴェンが指先で合図し、ガリガリの列がずるずると丸太を引く。
最近、骨のなかに“ちょっと賢い”のが混じっていることもわかった。単発じゃなく、複数命令を連ねて覚えてくれる。
そういう個体には青い布タグを巻いた。青タグはサブリーダー。班長骨、誕生だ。
「ねえケイ、あの青いの、こっち指差したら手順まで直してたよ。ちょっと賢い」
「いいね。複数命令OK組は青タグ維持。段取り替えが通るなら、現場は更に速い」
で、速くなりすぎた結果——在庫が溢れた。
薪の生産が消費の五倍。倉庫というほどの倉庫もない廃教会、どこもかしこも薪の山。
このままだと、うちの教団は“薪の教団”になってしまう。祈る前に薪とぶつかる。
「だったら売ればいいんじゃない?」とニナ。
「町、あるの?」
「ここから歩いて三日。市場もある。……行ったことは、ないけど」
十分だ。行ったことがなくても、距離がわかるなら計画は立てられる。
朽ちていた荷車を二台引っ張り出し、修理に着手。
軸を丸棒で作り直し、車輪のフチは釘で補強、床板を張替え。段差でガタンと跳ねるので、麻縄を捻って簡易バネを作って台座に仕込む。
試運行は骨に牽かせた。直線は合格、坂道でよろける。標準手順に「坂道停止→押し上げ」を追加。荷重は一台五十束、合計百束。転倒率はゼロにする。数字の宣言は士気になる。
「馬がほしいな」
ぽろっと出た本音に、ローヴェンが苦笑する。「この辺境で素直に手に入るなら、苦労せん」
「手に入れるんじゃなくて、手に入ってくるかもしれないだろ」
冗談半分で森の縁を見に行ったら、出た。
全長五メートルはあろうかという巨大な大鹿。毛並みは黒に近い焦げ茶、角は枝分かれして空に絵を描くみたいだ。
向こうが先に俺を見つけた。逃げない。じっとこっちを見る。……なんだこの存在感。
「でか……」ニナが半歩下がる。
「帰ろう。いや、待て。寄ってきた」
大鹿は、ゆっくりと近づいてきて、俺の肩に角の根元をコツンと当てた。——なついた?
試しに首筋を撫でる。拒否反応なし。鼻息だけ温かい。
「名前はオーシ。王の鹿でオーシ」
「そのまんま」
「強そうだから。あと呼びやすいから」
布と麻縄で簡易ハーネスを作り、荷車の棒に結ぶ。骨が近寄ると耳を伏せるので、骨は半径五メートルの距離を保つルールを追加。
引き試験は合格。オーシ、筋力がすごい。麻縄バネが仕事して、荷台も跳ねない。
「問題は、町の目だな」
骨を見せたら、だいたいの人はビビる。うちは“邪神の教団”とレッテルを貼られている。白いのをぞろぞろ連れて行ったら、そりゃ通報案件。
なので、誤解回避の設計をする。薪は防水布で完全に覆って、中身を見せない。骨は林間ルートで平行護衛、視界に入らない距離で移動。
見張り交代は二人一組、合図は昨日までのやつ+緊急集合の両腕丸。教会に残す置き看板には「火の始末/巡回ルート/祈りの時間」を明記。
数字と段取りで不安は潰せる。全ては現場のために。
出発前、マーラが祈りの言葉を短く唱えた。
俺は壁板にメモを足す。「出発:薪100束/荷車×2/牽引:オーシ+骨補助/ルート:南西の林道→街道→町」。
備考欄に「骨は“どや立ち”二体、樹間待機」。どや立ち、だいじ。
翌朝。
先頭は俺とオーシ、荷車一台。二列目はローヴェンと荷車二台目、骨が影で押し補助。後衛はニナ、見張り担当。合間合間に、樹間でどや立ちする骨二体が並走する。
風に糸鈴が一度、やさしく鳴った。留守組の合図だ。大丈夫、段取りは残してきた。
「半月で、ここまで来たな」
オーシの背に手を置いて言うと、角がコツンと肩に当たった。了解、の合図だと勝手に解釈しておく。
「次は、外の市場。交渉は数字と信用。骨は隠して、成果だけ見せる」
「ケイ、怖くないの?」とニナが前を向いたまま訊く。
「怖いよ。でも、段取りがあれば歩ける。怖いのは、段取りがないことだ」
森の小道へ、巨大な角を揺らしてオーシが踏み入る。
俺たちも続いた。
アレ(骨)は木々の影で、どや立ちしたまま、黙ってついて来る。
(つづく)