表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

【第4話 二日目、アレはまた一体】

 朝は数字の確認から始める。

 雨漏りは昨夜の仮板が効いて、落下点が三つから一つへ。祈りの場の床はまだ薄く湿るが、寝床の毛布は触っても冷たくはない。壁板のKPIに線を足し、在庫の棚卸しをマーラとやる。干し肉、乾芋、塩、薪。正の字が増えるぶんだけ、心臓の鼓動が落ち着く。


「まずは現状確認。数字は昨日の努力を裏切らない」


「灯りが戻ると、祈りも落ち着きますねぇ」とマーラ。


「……骨、一匹でけっこうやるじゃん」とニナが口を尖らせる。


「一匹じゃない、一体だ」とローヴェンが真顔で訂正し、俺は笑った。こういうどうでもいいやりとりが、朝には効く。


 祭壇跡に膝をつく。手の甲の薄い輪が、内側から微かに熱を帯びる。深呼吸。刻印に意識を寄せ、短く言う。


「来い」


 石の隙間が鳴り、白い骨が組み上がった。背骨が積み、肋骨が弓を描き、最後に頭蓋がコトリとはまる。

 同時に、胸を掴まれたような倦怠が押し寄せ、俺は膝をついて息を吐いた。ぜえ、ぜえ。昨日と同じしんどさ。体が「今日はここまで」と言ってくる。


「……また出た。でも、今日は逃げないから」とニナはドア口から一歩踏み込んだ。

 ローヴェンは杖を構えつつも、距離は昨日より近い。「動きは昨日と同じか」


「二日目、召喚一体。記録する。累計二」


 壁板の端にそう書き留めてから、骨二号を見た。昨日より、魔力の通りがわずかに滑らかだ。等差で増えない何かの気配。だが、まだ言語化はできない。


「今日は手順を決める。命令は短く、一個ずつ、確認付き。合図はこれで統一」


 俺は掌を叩いて「開始」、もう一度で「停止」、木笛を一吹きで「ここまで」、二吹きで「繰り返し」を示すことにした。合図は遠くからでも通じる。ニナに木笛を預け、見張りと合図係を兼任させる。


 割り当てはこうだ。

 骨一号は瓦礫の集積と掃除の反復ループ。骨二号は薪拾いと水の運搬、屋根材の仮運び。ローヴェンは監督と寸法取り、危険作業には近づかない。マーラは在庫と配給表の更新、誰が何をどれだけ食べたか、壁に書く。俺は指示と記録と微修繕。


「開始」


 骨二体はぎこちない所作で動き出した。骨一号は瓦礫を両腕に抱え、骨二号は水桶を持って外へ出る。

 外周には昨日張った糸鈴——細縄に金属片を結んだ警戒線——が風に鳴って、場の全員の耳を軽く引く。森からの侵入があれば、まず音で分かる。


 昼前、骨二号が水桶を運ぶ途中で足を取られ、前のめりに倒れた。乾いた音。腕骨がぽろりと外れて転がる。


「ひゃっ……腕、取れた……!」とニナ。木笛が鳴り、骨二体がぴたりと停止する。


「大丈夫、構造は単純だ。関節は嵌め込み」


 外れた橈骨と尺骨を拾い、差し込む角度を確かめ、押し込む。カチ、と小さな手応え。肩の球もはめ直す。骨二号は無言で立ち直り、命令を待った。

 俺は自分の手を見て、ほっと息をついた。整備性は高い。危険作業は必ず人間が監督——壁板の「骨の安全手順」の欄に大きく書き加える。


 午後、雨漏りの落下点はついにゼロの区画が生まれた。祈りの場が一段分だけ広がり、床の埃は昨日より二段階ほど薄い。通路幅は一・〇を維持。薪と水のストックが一日分、確実に積み上がる。


「骨さんも、働くのですね……」とマーラが手を合わせる。


「働かせ方次第だ。誰だって、仕組みが整えば動ける」


 ローヴェンがわずかに目を細めた。「戦わせるより、働かせる方が性に合うわ」


 ニナが祈り場の端に立ち、目だけこちらを向けて小さく言う。「……あたしも、祈っていい?」


「もちろん。祈りたいなら祈れ。ここはそれを止めない場所だ」


 世間は邪神と呼ぶ。けれど、自由を奪われた誰かが自由を取り戻すための祈りは、どう見たって邪悪じゃない。数字は中立だ。俺はただ、現場の数字を読んで、正しい場所に手を伸ばす。


 夕方、糸鈴が一度だけ、チリン、と鳴った。全員の体が硬直する。風か、獣か。音はそれきりで、森はまた息を潜めた。


「外へは出ない。見張りは二人一組で短い交代。夜間は鈴をもう一筋足す。今日はここまで。明日は排水溝を延ばして足場を乾かす。入口の扉も補強しよう」


「三日目も一体なら、月で三十体じゃな」とローヴェン。


 俺は壁板の片隅、召喚記録の欄に線を引いた。「二日目=一体。累計二」。

 チョークの粉が指先に白くつく。脳裏では、増え方の手触りがもぞもぞしている。足し算の一本調子とは違う。直感だけが、別の法則を指している。


「答えは明日だ。現場は数字で語る。俺は耳を澄ませるだけ」


 夜風が抜け、糸鈴がひと鳴りした。廃教会の空気は、昨日より少しだけ、住む場所に近づいている。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ