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邪神を奉る暗黒教団の教団長は、管理職から逃げてきた俺です  作者: 安威要


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【第28話 引鉄、アレは火運——偽旗の夜】

 風が急に温くなった。嫌な匂いが混じる。油と布と、甘い焦げ。

 糸鈴が二度、間を置かず鳴る。門の前に走り込んできた使いが、膝をついて叫んだ。


「町の小市が燃えた! 旗——教会旗が、燃えて!」


 胃がひっくり返る感覚。けど足は止めない。板を肩に、腕章を巻き直す。


「野戦SOP、即時起動。A=水路沿い、B=尾根裏。搬送はオーシ+担架2。トリアージは四色、合言葉“コン/二重丸”。

 骨は視界外で“道を均す・石をどける”だけ、絶対に姿を見せない。セラ、救急。ニナ、先行偵察。テッサ、灯と帆布の準備」


 護送文と兵站従事者証を胸で叩いて、門へ。夜の通行は金が要るが、今日は言う前に札が通った。

 町の空は、黒い舌がもつれていた。小市の露店が連鎖して、布が、油が、木が、順番もわからず燃える。


「停戦線、紙で引く。救護線、白布で通す。物資線は通せる分だけ」


 声に出す。出さないと、頭の中の線が消える。

 救護院の院母が腕章を指で確かめ、「中へ!」と通してくれた。衛生標章——白布に青い水滴。合図は、通じる。


 現場は混沌だ。

 倒れた屋台。荷の干し魚が焦げて、煙が目に刺さる。泣き声。怒鳴り声。殴り声。

 俺はセラと背中合わせ。タグ束を受け取る。


「赤、気道確保。黄、圧迫止血。緑、歩け。黒——今日は出したくない」


「出さないとは言えない」とセラ。

「知ってる。だから、出さない数を増やす」


 オーシが担架の桁を角で支え、低く鼻を鳴らす。骨は帆布の向こうで地面を均す。姿は見せない。

 ニナの声が上から落ちた。「風が回る! 屋根越しに跳ぶ!」


 燃え方が悪すぎる。油壺が“最初から置かれてた”場所で順番に火が上がる。

 ——偽旗。そうだろうとも。けど、今は後回しだ。


「Clause 1」

 目の前で息が詰まっている人がいる。今、ここで命が落ちる。

「Clause 2」

 水はある。人もいる。けど風と油に追いつかない。段取りで抑えきれない。

 喉の奥に置いた三箇条が、ひとつずつ光る。


「けい」

 背中越しに、リベルティアの声。幼いのに硬い声。

「いま、つかうの?」


「……まだ。Clause 3を満たす仕組みが要る。“使ったあとに戻す”見込み。返し方を決める。

 ——『霧』。見える・熱の屈折をいじって、火と視界をやわくする。殺さない、遮るだけ」


「できる。ちいさく、ひろく、ながくはもたない」


「戻し方は“運用”。撤退路の設計、退避誘導、鎮火後の炊き出しと、焼け後の植え戻し“3:1”。借りは数字で返す。

 救護は優先。戦は回避。——これで、三つ揃う」


 俺は板に、チョークを走らせた。

 “霧”運用SOP(案)

 1)対象:救護線と避難路の上に“帯”(幅15m×長80m)

 2)効果:視界と熱を和らげる。火の舌を抑え、人を隠し、呼吸を助ける

 3)副作用:見通し低下→誘導員を“手で”増やす

 4)導線:灯を低く、声は太く、ロープで壁を作る

 5)返し方:炊き出し2回/無償搬送3便/焼け後の植え戻し“3:1”/通行再開までの人足提供


「合図は木笛3。開始の“集合”。霧の内側の誘導は“手→声→灯”。骨は外側で道を均す。——セラ、息の苦しい奴は濡れ布で口鼻を」


「了解。赤3、黄5、緑12。黒は……いまのところゼロ」


「ゼロを守る」


 視界の端で、袖を引かれる。少年の手。ジュド。いつのまに来た。

「おれ、灯、持てる」

「持て。低い位置だ。足元だけ照らせ。目は上げるな」


 ニナが屋根の上で手を振る。「風が変わる、いま!」

 火の舌が通りの角を舐め、こちらへ一段せり出す。

 肺が熱い。目が痛い。腕章が汗で貼りつく。

 ——線を引け。選べ。今だ。


「リベルティア」


「うん。三つ、そろった?」


「揃った。Clause 1、人命。Clause 2、代替ゼロ。Clause 3、返し方は“運用で戻す”。——使う」


 幼い指が、空をそっと押した。

 音はしなかった。けど、世界の輪郭が半歩だけ鈍った。

 灯りがにじみ、熱が柔らいで、咽ぶ音が少し遠くなる。路地が白く息をして、背丈ほどの“帯”が生まれた。


「木笛3、集合! 霧帯へ! 手でつなげ、声を途切らすな!」


 オーシが低く鳴き、角でロープの端をすくい上げる。

 人が、濡れ布で口を覆って、帯の中に吸い込まれていく。

 俺は灯を低く、声を太く。「歩け」「止まるな」「この手につけ」——単語でいい。

 ジュドの灯が地面を這い、ニナの手笛が短く切って道しるべになる。

 セラが赤の肩を支え、黄の手を引く。緑は列の外へ回して誘導員にする。黒は、まだない。まだ、ゼロ。


 帯の外側で骨が“土を蹴って溝をつくる”。姿は見えない。

 霧帯の向こう、誰かが「白い軍勢だ!」と叫んだ。言葉の火は消えない。けど、ここでは届かない。

 俺は返事をしない。霧は“兵”じゃない。道だ。


 どれくらい、持つ?

「ながくは、ない」とリベルティア。声が少し揺れた。

「足りるだけでいい。帯が切れたら、もう一度じゃなく、別の角を曲がる。——撤退路は二重」


 やがて、火の音が下がり、人の足音が増え、泣き声が少し遠くなった。

 帯は薄くなり、白い息は夜風に混じって消えていく。


「撤退、B路へ。救護院に引き渡し。名簿はここ。——戻ったら炊き出しだ」


 救護院の門で、院母が腕章に手を当てる。「次の便を待つわ」

「出す。無償で三便。焼け跡の植え戻しも、手を出す」


 帰路、小市の骨組みが黒い指のように空を突いていた。

 足が震えているのに気づいたのは、門の手前だった。

 オーシが角で肩をコツン。リベルティアが、小さく息を吐く。


「けい。つかった。……ごめん」


「謝るのは俺らの番だ。返す計画はもう書いた。炊き出し二回、無償搬送三便、植え戻し“3:1”。

 ——借りは、運用で返す。数字で返す」


 板に今日の数字を書く。

 ・出動:野戦SOP起動(A/B路)/搬送=オーシ+担架

 ・トリアージ:赤4/黄9/緑多数(最終数待ち)/黒0(現場時点)

 ・奇跡:初使用(霧帯:幅約15m×長約80m)

 ・返し方:炊き出し2回/無償搬送3便/植え戻し“3:1”計画

 ・偽旗:油壺配置/着火順の不自然さ/証言聴取開始

 ・事故:作業事故ゼロ72日(襲撃・市中火災は別記)


 手が止まる。霧の残り香が、指先に絡む。

 三箇条で使った。消火器として。

 その線は、守れた。……けど、どこかで別の線が引かれる音がした。旗の下に、線が。

 明日、数字で返す。紙で守る。道で運ぶ。

 今日は——ここで、息を吸って、吐く。


(つづく)


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