【第27話 境界、アレは停戦線——遅滞と救護】
今日は“線を引く”日だ。
武器じゃなく、道と札で引く線。越えさせない線、越えられる線、そして“通す”線。
「朝会。境界は三本引く。停戦線(人)、衛生線(水・救護)、物資線(運行)」
板に地図。
停戦線=沢の手前、白縄+木杭+札「監査通行以外進入不可」。
衛生線=白布に青い水滴の標章を掲げた導線(救護院まで)。“神殿承認・相互保護”と大きく書く。
物資線=週三便の運行路。糸鈴“二鳴り地点”を目印に。
「遅滞線も仕込む。橋は落とさない。渡河“点”をずらす」
遅滞SOP。
1)渡し石の並び替え(斜め配置→馬は歩幅が合わず減速)。
2)砂利帯(幅2m×長10m)で滑りにくいが“速く走れない”床を作る。
3)丸太の“転がし止め”を沢の手前に。押せば動くが、手間だけ食う。
4)骨は視界外で“石をどける・道を均す”のみ。どや立ち禁止。
5)見せるのは紙と腕章。兵站従事者証(白布に青二線)を全員装着。
「野戦の準備は昨日どおり。トリアージタグ四色、搬送はオーシ+担架。声に出すこと」
午前、北の丘に埃。列が近づく。外套、槍、革鎧が混じった、いかにも“義勇”。先頭だけが肩で風を切る。
「ここより先は停戦線。監査通行と救護以外は迂回を」
腕章を見せ、札を指す。声は柔らかく、文言は固く。
隊列の前で顎を上げた若い隊長が鼻を鳴らす。
「邪教が道を仕切るのか」
「仕切らない。“通すために”分ける。停戦線は人を守る線。衛生線は病を守る線。物資線は冬を守る線。——ここに“武器の線”はない」
言葉は刺さったような、刺さらないような顔。
彼らは結局、沢の渡しへと進む。俺たちは横から“紙”と“道”で受ける。
「遅滞、発動」
渡し石は斜め並び。馬は歩幅が狂って、半歩、半歩と慎重になる。
砂利帯は走れないが、滑りにくい。進めるけど、速くはない。
丸太の“転がし止め”は、二人で押せば動くが、三分の手間がかかる。——時間を食う。目的どおり。
その時、衛生線から木笛が3。集合の音。
見れば、村抜けの荷車が一台、沢の浅瀬で車輪を落としていた。荷台の中に、子ども。泣き声。
Clause1(人命即時危機)が首をもたげる。深呼吸。数える。3で吸って7で吐く。段取りで取る。
「オーシ、前へ。ニナ、綱。骨は——林間で“土台均し”だけ。姿を見せるな」
オーシが曳き具を低くして、角を車台の桁にそっと当てる。引く。
骨は屏風代わりの帆布の裏で“石をどける”“土を蹴り込む”。人からは見えない。
俺は荷台の子どもを抱え、セラが脈を取り、黄タグ(遅延)を赤に替える必要がないことを確認。
車輪が石の段差を越える。オーシが一声、鼻を鳴らす。OKの音。
Clause1、回避。奇跡は壁にかかったまま。
その間に、義勇の列は遅滞帯に吸われ、沢の対岸で詰まっていた。
若い隊長がこちらを睨む。こっちは腕章と紙。声はあくまで柔らかく。
「停戦線は“戦わないための線”。越えるなとは言ってない。——遅くなるだけだ」
「……ふざけるな」
「ふざけてない。遅くする。救護線は守る。兵站は回す。冬は越える。——それ以外は“紙の場”でやろう」
後ろから、黒外套。カリスが腕章を指した。「兵站従事者、確認。衛生標章、確認。——監査記録に載る」
若い隊長の顎が少し下がる。列は横へ切れ、沢沿いを遠巻きに回り始めた。渡河点はずらされる。こちらの線は守れた。
午後、遅滞は継続。こちらは物資線A便を予定どおりに出す。
炭“上”10袋、薪50束。護送二と院母の使い。
通りがかりの民が「骨は?」と聞く。
「視界外。林間5m。——見せないのが約束」
戻り道、遠くの町から煙柱。嫌な色の黒。
夕刻、商会の使いが駆け込む。「市で荷車が燃えた。旗を掲げていた——教会旗だ。犯人は“白い軍勢”だと騒ぎが」
喉が一度鳴る。
だが、板の上に運行表と時刻、腕章名簿、護送の印。全部“ここにいた”証拠だ。
カリスも息を短く吐く。「記録を集めろ。偽旗の可能性が高い。——だが、世論は……」
「傾く。わかってる。だから今日の“線”を崩さない。崩すと負けだ」
夜。
停戦線の札を点検。衛生標章の布を雨除けに一枚足す。
ニナが見張り台から降りてきた。「火は町側で落ち着いた。けど、言葉は火より消えにくい」
「だから、明日は“紙”を増やす」
ボルンは座り仕事で車輪を見ていた。顔色は戻っている。「禁酒、98」
「あと2つ。勝ったら“ボルン式”で印字する」
「やめろって」
骨は看板を抱えて自然体。どや立ちの肩がうずきそうに見えたので、指で×。
オーシが角で肩をコツン。合図は一回。今日は“よくやった”。
板に今日の数字を書く。
・境界運用:停戦線(白縄・札)/衛生線(標章導線)/物資線(戦時ダイヤ)
・遅滞:渡し石再配列・砂利帯・丸太止め→渡河点の“ずらし”成功
・救護:荷車救出(子ども1、黄タグのまま)/搬送=オーシ+担架
・渉外:兵站従事者証・衛生標章、監査記録へ追記
・外勢:町で教会旗の荷車炎上(偽旗疑い)
・運行:A便完了(炭10袋・薪50束)
・事故:作業事故ゼロ71日(襲撃・市中火災は別記)
・奇跡:未使用(Clause1回避済/2・3該当せず)
「線は守った。けど、火は言葉に乗る。——明日は、反証の段取りだ」
糸鈴の二鳴りが、風に短く重なった。
夜は長い。でも、道は太い。線は、紙で太くできる。
(つづく)




