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邪神を奉る暗黒教団の教団長は、管理職から逃げてきた俺です  作者: 安威要


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【第25話 調停、アレは書面——崩れる橋】

 今日は“調停デー”。板と紙を増やす日だ。


 朝会。壁板に今日の欄を足す。

 ・公開調停:午後、町会堂(教会・商会・評議・救護院・鍛冶組合・一般)

 ・提出書面:運用SOP/事故ゼロ推移/品質票と歩留まり/護送実績/通報箱の処理表

 ・合意文案:骨=視界外・町内投入ゼロ・用途は物流土木限定・違反時自罰7日・監査立会

 ・安全:拠点は通常運転、夜は警戒“黄の上”


「書面は“短い日本語で長く効く”やつを」とルーク。

「任せる。右揃えはお前の趣味だ」


 午前いっぱいで資料を束ねた。

 事故ゼロ曲線は68→69日をまたぐ見込み線を描く。品質票は鹿角印、“コン”二重丸の説明を添える。通報箱は“恐怖2件→返答済/評価1件”の表。

 セラが救急箱を整え、ニナは弓ではなくメモ帳を持つ。「今日は言葉で抜く日だから」


 午後。町会堂は石の壁で、声がよく返る。

 前列に評議、横に商会、黒外套のカリスは中央少し後ろ。その向かい、純化会の外套が3、革鎧が1。傍聴の民が壁沿いに立つ。


 評議の書記が開会を告げる。

「本日の議題、“骨の運用に関する是非”。一律禁止草案と、条件付き容認案。まず条件付き容認の説明を」


「うちの案は、ここに尽きる」

 俺は板を立てる。

 1)視界外。町は境界で止める。

 2)用途は物流・土木に限定。

 3)違反時は自罰7日+納品停止。監査が立ち会う。

 4)品質票・事故ゼロ・通報箱で見える化。

 5)護送は暫定通行証に拠り、週二で運行管理。


「数字はこうだ。歩留まり“上”55%、次週60%目標。事故ゼロ69日(襲撃死は別記)。炭10袋/薪50束の段階復帰で、冬の燃料は確保できる」


 商会代表がうなずき、「供給は安定する」とだけ言う。

 救護院の院母は椅子から立って、「煮沸用の“上”袋、週5は確かに届いた」と加える。

 鍛冶組合の親方は腕を組み、「刃の替えは規格が効く。女の鍛冶も手順が通るなら歓迎だ」と短く。


 そこで、純化会の杖持ちが進み出た。

「邪の働きを、数字で飾るのか。——子を誘惑し、死者を歩かせ、祈りを汚す。おまえたちの板は、心を計れない」


「心は計れない。でも、死傷は計れる。水の透明も、火の事故も、計れる。祈りを守りたいからこそ数字で運転してる」


「殉教を、知っているか」と杖持ち。声が低く、場の空気が粘る。

「正義は、ときに血で洗われる。恐怖を消すために、汚れたものを焼く。その痛みを知らぬ者が、棚に上げて数字だと——」


「その“痛み”で、子を連れて行ったのはそっちだ。昨日、返ってきた。——次は数字の番だ」


 静かなざわめき。

 評議の書記が両案の紙を掲げる。

「一律禁止草案」「条件付き容認案」。

 眉間の皺は深い。二枚の紙の間で、橋がきしむ音がした。


 カリスが前へ一歩。

「焼印は正規印ではない。襲撃は純化会印を名乗る者の仕業——記録済みだ。

 私は暫定の護送を保証する。……だが、評定は“恐怖”に傾きやすい。双方、言葉を短く」


 短く、だ。

「俺の仕事は“祈りを壊さない運転”。骨は見せない。町へ入れない。事故を出さない。

 一律禁止が通れば、冬の燃料が減り、病が増える。怖いのはわかる。だから、運用で遮る。——それが現実的だ」


 杖持ちも短く返す。

「汚れは、根から絶つ。数字は、祈りの言葉ではない」


 沈黙。石の壁が、息を呑む。

 評議の書記が、砂時計を見て頷く。

「今日は——結論を出さない。三日後に持ち越す。文言の調整を双方に求める」


 橋は、落ちなかった。けど、継ぎ目が割れた音がした。

 会は流れ、紙は束ねてしまわれ、人も散った。

 外の風は少し冷たい。俺は息を吐いて、今日の板を丸める。


「崩れなかったけど、踏み外したな」とニナ。

「橋脚にひび。見に行くのは明日。今日は、門を固める」


 夜。拠点は“黄の上”。

 見張りは二人×30分。糸鈴は多層。骨は林間で自然体。——どや立ち禁止。

 灯を落とす。風の音、虫の声、遠くの水。


 その時だった。

 糸鈴がひとつ、短く千切れて鳴る。異音。

 間髪入れず、ニナの声。「北側!」


 俺は木笛を二。全停止——と、考えるより先に、影が走った。

 仮住居の影、布の音、短い息。刃が月を掠めて——


「テッサ!」


 声より早く、影の中で別の影が動いた。ボルンだ。

 彼は躊躇なく体を滑らせ、テッサと刃の間に肩を入れた。鈍い音。息が潰れる音。布が裂ける音。


 焚き火の光が、彼の横顔を斜めに照らした。

 大声は出ない。代わりに、膝が落ちる。暗い色が、服の下からじわっと広がる。


「止血!」

 セラが飛び込み、布を押し当てる。俺は圧迫線を指でなぞり、手を替わる。

 刃は浅い。だが、角度が悪い。出血は速い。

 ニナが犯人の影を追い、骨は“音のするほうで立つ”だけ。追撃は人。——ルールだ。


「ボルン、聞こえる?」


「……おう。禁酒、今日で、96。あと4つで100だった」


「4つ、勝とう。今日も、勝ちに入れる。呼吸は浅く、速くしない。数えて。3で吸って、7で吐く」


「まいったな。輪の治具、明日、直すって……」

「明日もある。治具は明日だ」


 テッサは震える手でボルンの手を掴んで、歯を食いしばった。「ごめん。私が——」

「謝るな。治具は、お前が、できる」


 セラの声が落ち着く。「圧迫、効いてる。動かさない。温める」


 追っていたニナが戻る。

「逃げた。足が軽い。後で、足跡を拾う。今は——守る」


 夜が長い。

 ボルンの呼吸は浅く、でも、リズムを取り戻した。脈は少し速いが、指に返る。

 俺は板に新しい欄を立てた。


 夜警5ルール:

 1)灯は風上に一つ、風下に一つ。影を作らない。

2)見張りは二人で一組、30分交代。

3)音の異変は木笛2→“立つ”だけ(追うのは人)。

4)仮住居の入口は内開き、掛け棒2点。

5)夜間の出入りは“声かけ→合言葉→灯を一つ”。


「合言葉は?」とニナ。

「『コン』」「返しは?」「『二重丸』」

 テッサが泣き笑いの声を出した。「そんなの、ずるい」

「ずるくていい。覚えやすいほうが勝つ」


 明け方、セラが小さく頷く。「持った。朝まで行ける」

 オーシが角で肩をコツンと一度だけ。

 俺はゆっくり息を吐いて、紙に今日の数字を書いた。


 ・調停:結論持ち越し(三日後)。双方に文言調整を求む。

 ・反応:純化会は“殉教”の物語で対抗。商会・救護院・鍛冶組合は条件付き容認寄り。

・夜間:刺客1(逃走)。負傷=ボルン(切創・圧迫止血で安定)/テッサ無事。

・安全:夜警5ルール制定。掛け棒を2点化。

・事故ゼロ:69日(作業)。襲撃は別記。

・奇跡:未使用(Clause1=回避、応急で代替可)。


 橋は、崩れてはいない。けど、ひびが入った。

 紙で補修する。道で支える。——それでも、折れる日が来るかもしれない。

 その時、何を使うか。使わないか。線は、今日も引き直す。


 糸鈴の切れ端が、薄明かりで小さく揺れた。

 ボルンの呼吸が一定になる。テッサが目を閉じる。

 朝が来る。数字は、逃げない。俺は、逃がさない。


(つづく)


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