【第22話 公開、アレは監査——見える化の反撃】
朝、空気は澄んでいる。灰の匂いは薄い。
今日は“公開監査デー”。盤面をこちらで作る日だ。
教会跡の前に、板を三つ立てた。
一枚目「焼印の角度」。正規印の型板を透明板に描き、問題の焼印に重ねる。内角は正規45度、焼印43度。外輪の太さも違う。見ればわかるズレ。
二枚目「聖灰の組成」。石灰分、木灰、香草粉末の比率。公認灰の標準比と、現場採取灰の偏り。数字は大きく右揃え。
三枚目「時系列」。糸鈴途絶→襲撃→聖灰散布→焼印→拉致→追跡→救出。時刻と場所を線でつなぐ。
通路はロープで区切り、見学線を設けた。標識はでかい字で三行以内。
骨は“視界外”。林間で自然体。どや立ち、厳禁。今日は本当にやめて。
午前、商会の顔、町の評議、見物の人がぽつぽつと集まる。
黒外套——査察官カリスが前へ出た。
「本日の監査は公開で行う。まず焼印。これは正規神殿の紋ではない。角度と線幅が一致しない。聖灰も公認と配合が異なる。——記録に載せる」
ざわつきが一段落したところで、俺が板を指す。
「次に、こちらの運用。『骨は視界外』『町内投入ゼロ』『植え戻し二倍』『作業事故ゼロ継続』。襲撃はあった。けれど、作業事故は切らしていない。
今日からの再建、段取りは公開する。隠すものはない」
手が挙がる。粗い外套の男。15話で縄に転げた顔だ。
「……俺は、あの夜、やった側だ。腹は減って、冬が怖くて、押した。だが、この板を見た。二倍植えて、事故ゼロで、火を止めた。
——俺は、昼の雇いに来た。日銭2銅でいい。植え戻しは3銅だろ?」
「来い。規格は厳しい。守れれば、続く」
別の手。神殿の若い助祭が顔をこわばらせている。
「骨は、やはり不浄では——」
「宗旨はそれぞれ。でも今日の議題は“安全と合法”。町へ出さず、視界外で土木と物流に限定する。恐怖を増やさない運用を、数字で担保したい」
助祭が言葉を探す間に、商会の代表が前へ出た。「供給は段階復帰で合意済みだ。炭10袋、薪50束。護送は週二、費用折半。——“道”は守る」
評議の書記が板に文字を落としていく。「当街として、暗黒教団の炭薪搬入を条件付きで容認する。骨は視界外、町内投入ゼロ。護送は暫定の通行証に拠る」
文字の音が、釘みたいに静かに打たれていく。
「最後に——ここは祈りの場でもある。弔いを行う。見学は一時中断。静かに、立会ってもらえると助かる」
人の輪が一歩下がり、空気がやわらかくなる。
マーラの祈り布を清水で湿らせ、名を呼ぶ。言葉は短く、まっすぐ。
ニナが肩に手を置き、セラが低い声で祈りを添える。ルークは目を閉じ、ボルンは帽子を胸に当てる。
リベルティアは幼い声で、でも静かな調子で言った。
「まーら、ありがとう。ここで、いのりは、つづく」
骨は林間にいて、腕を下ろしたまま立っている。——よし、今日は完璧だ。
弔いが終わると、人の列がまた動いた。
質問は実務に移る。「水は」「用水路は」「窯は」——答えやすい球だ。
「用水路は220から250mへ延長。沈殿槽を常設化、濾過は3基を交互運転。
仮窯は2基を先に上げる。炭“上”の歩留まりは当面60%。“特上”は試験再開後に。
小市は再開、規模は半分。公開監査と動線を共用する。数は壁に貼る」
助祭が今度は落ち着いた声で聞く。「事故ゼロは、続けられるのか」
「続ける。『火の10ルール』『水の10ルール』は町にも貸す。手順を声に出すと事故は減る。指差し呼称、笑われるけど効く」
夕方、公開監査の記録が読み上げられた。
『焼印は正規印に非ず。聖灰は標準比と異なる。襲撃は純化会印を名乗る者による。
骨の運用は視界外・町内投入ゼロで条件付き容認。護送は暫定通行証に拠る。』
カリスの声は短く、言葉は重い。紙の下端に印が落ちる。
人の波がほどけていく。
俺は板に今日の数字を足した。
・公開監査:完了(焼印角度差43/45、聖灰配合差、時系列公開)
・合意:搬入条件付き容認/護送=週二(暫定通行証)
・再建:用水路250m計画/沈殿槽常設/仮窯2基稼働へ
・雇用:日雇い2銅/植え戻し3銅、募集告知
・作業事故ゼロ:継続66日(襲撃死は別記)
日が山に落ちる。
弔いの花の匂いと、炭の匂いと、紙の匂い。
積み上げたものは一度壊れた。けれど、見せれば戻る。数字で、板で、声で。
リベルティアが小さく欠伸をして、俺の袖を引いた。
「けい、きょうは、よくやった」
「まだ途中。明日も見せる。数字は逃げない」
オーシが角で肩をコツン。
糸鈴の切れ端が、風に一度だけ鳴って、静かになった。
(つづく)




