【第21話 交渉、アレは布石——公文と安全通行】
夜明け前に拠点へ戻った。
灰は薄く、空気は冷たい。崩れた屋根の影の前で、全員並んで一礼。まず弔い。手順は昨日書いたとおりにやる。
マーラの祈り布を清水で湿らせ、名を呼び、布で覆う。祈りの言葉は短く、声はまっすぐ。泣くのは止めない。止めると詰まるから。
「次。制度」
板に今日の段取りを書く。
・緊急監査:午前に一次、夕方に二次。立会い=査察官カリス/商会代表/町評議の書記
・証拠提出:焼印の拓本/聖灰サンプル/足跡の写し/時系列
・安全通行の交渉:“護送文”の発行を要求
・供給の扱い:一時停止→“再建計画と安全確保の合意”後に段階復帰
セラが鼻をすすり、でも目は強い。「墓穴は私が見る。傷の人は座って。……ケイ、交渉は任せる」
「受けた。数字で押す」
午前。監査一次。
カリスが印の角度差を読み上げ、「正規印に非ず」と記録する。聖灰の組成は“公認の聖灰”と微妙に違い、成分比の数値が並んだ。
商会と評議会の顔が曇る。ここまでは予定どおり。ここからが今日の本番。
「安全通行の話をしよう。うちは“護送文”を欲しい。内容は三つ。
一、監査往還時の襲撃禁止と通行保障。
二、再建資材の搬入保護。
三、救急搬送の優先通行。
——代わりに、供給は段階復帰にする。炭は当面10袋/週、薪は50束/週。数字で約束する」
商会代表が眉を上げる。「いま止めるなら、市場が冷える。損だ」
「だから段階復帰。“安全が担保された分だけ出す”。温度は下げすぎないほうが傷が広がらない」
評議の書記が口を挟む。「護送は兵を要する。費もかかる」
「費用対効果はこうだ」
板に書く。
・護送人件費=4人×日当3銅=12銅/回
・事故率低減による損失回避=平均便の価値(炭10袋+薪50束≒総受取約190銅)×過去2カ月の事故率0%→今0.5%へ上振れ想定=約1銅回避
「見た目は赤字。でも“信用の価格”は別モジュール。暴発一回で市場は3週冷える。値下げ圧力で10%飛ぶ。それを防げるなら、護送の12銅は安い」
商会代表が腕を組む。「数字を出すな。逃げにくい」
「出すのが仕事なんで」
テッサが袖をつまむ。「手首は動く。現場は私たちが回す。通行だけ確保して」
ニナは静かに周囲を見る。「狙いは『見せしめ』だった。今度は『見せられないように』する番」
カリスが咳払い。「護送文は私の名でも発行できる。ただし、王都教会の正式印は後日になる。暫定でよければ——今日付けを出す」
「暫定でいい。今日動けば、明日が変わる」
ここで一息ついて、賠償の話を**出さない**。今は通路を確保するのが最優先。賠償は“記録が固まってから”でいい。
商会代表が折れた。「段階復帰、飲む。護送は便合わせで週二。費用は折半」
「合意。文字にする」
午後。監査二次。
記録の公開。焼印角度差、聖灰、時系列。
“骨は視界外運用”の規定を再掲。今回は骨が倒されゼロ行動だったことも、逆に透明化の材料にする。
評議会の書記がまとめる声で言う。「当街として、暗黒教団の炭と薪の搬入を容認する。骨は視界外——従前の条件を再確認。通行に関しては教会の暫定護送文を参照する」
紙に文字が落ちる音が聞こえた気がした。これで“道”が一本、戻った。
「再建計画を告知する。段階は三つ」
板に書く。
1)土木:沈殿槽と濾過の常設化/用水路220→250m/仮窯2基再稼働
2)居住:仮設住居の規格化(幅2.4m×長3.6m×高さ2.1m)×6棟
3)市:小市の再開(規模縮小)/公開監査デーの導線共用
「人手は足りるか」と評議。
「雇う。日雇い2銅、植え戻し3銅。昨日の彼らにも、昼に来いと伝えた。敵を“敵のまま”にしないのがコスパ最強」
セラが小さく頷いた。「あの人たちも冬を怖がっている。数字で守れるなら、それがいい」
夕刻。護送文(暫定)を受け取る。
『安全通行証:暗黒教団の炭薪搬入・監査往還・救急搬送について、当面これを護る。王都教会査察官カリス——』
印は黒。色は軽いが、重みはある。
帰りの坂で、オーシが角で肩をコツン。「今日は、よくやった」の一回。
俺は笑ってうなずく。泣くのは夜にする。
拠点に戻り、板に数字を足す。
・護送文(暫定)取得/週二の便護送=教会・商会折半
・供給=段階復帰(炭10袋/薪50束/週)
・再建計画:土木/居住/市の三段
・奇跡:未使用(Clause1未発動)
「遅い夕食にしよう。温かい汁を多めに。——明日、動く」
糸鈴の切れ端が、風に一度だけ鳴った。
積み上げたものは壊れた。けど、道は戻る。数字で、紙で、人の足で。
“布石”は打った。あとは、盤面を動かすだけだ。
(つづく)




