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邪神を奉る暗黒教団の教団長は、管理職から逃げてきた俺です  作者: 安威要


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【第20話 合流、アレは所在——痕跡と潜伏地】

 子ども2人を後衛に引き渡して、息を一つ。震えは、帰ってからにする。今は手順。


「追跡、再開。方角は北東キープ。足跡は成人8、革鎧2は残留。搬送は2名ぶん」


 板に走り書きし、土の“語り”を拾う。草の寝方、枝の戻り、土の潰れ。

 リベルティアが横で小さく指を鳴らす。視界の端で、土の擦り目がほんの少しだけ濃くなる。——“めがね”の加護。助かる。


「けい、こっち。すこし、血」


 苔の上に、雨粒みたいな暗い点が3つ。乾きかけ。歩幅は短く、斜面では手を着いた痕。

 人の手の跡が、指3本分だけズレている。矢羽根の切れ端。——ニナの矢筒の端材だ。


「ニナは……逃げた、じゃない。退きながら誘導した」


 沢沿いを少し下ると、低木の枝に麻縄の細い結びが掛けられていた。印。うちの“フィールド合図”。

 そこから斜め上へ獣道。足裏の土が新しい。奥へ入ると、古い狩人小屋が見えた。扉は半分開き、内側に“矢の尾羽”が二本、斜めに刺さっている。——味方、在。


「ニナ、入るよ。武器は見せない」


 扉を押すと、薄暗い中でニナが振り向いた。肩に布を巻き、顔は青いが、目は生きている。

 床に背を預けていたテッサがこちらを見上げた。両手は縛具の擦り痕。——でも、いない。テッサじゃない。

 布をどけると、帽子の少年が小さく息を呑んだ。見張りだ。テッサは連れて行かれている。


「遅れてごめん。生きててくれてありがとう」


「こっちはまあ、なんとか。矢を3本、外套の裾にくれてやった。……でもテッサは——」

「移送中。搬送2名の片方はテッサで、もう片方は……“汚れの女”って言われた。セラだろうな」


 ニナの目が細くなる。「あいつら、言葉の刃が一番鋭いね」


「言葉は制度で折る。体は俺らで取り返す」


 応急。ニナの肩は深くない切り傷、消毒と圧迫で止血。少年には砂糖と塩の水を少し。

 小屋の壁板に、簡易の段取りを書く。


 救出SOP(夜行・非致死・撤退二重):

 1)先行:俺+オーシ。後衛:ニナ(弓)+少年(合図)。

 2)非致死手段:麻縄罠×4/抱え袋×2/鳴子×6。

 3)撤退線:沢側(下)と尾根側(上)を二重化。

 4)介入基準:子・非戦闘者の解放を最優先。武力交戦は“視界遮蔽→離脱”が基本。

 5)奇跡:三箇条の範囲。今は不使用。Clause1に触れたら“霧の合図”を検討。


「オーシ、体は?」


 鼻息。コツン。良好。角の根元で肩を小突く“了解”はいつもどおりだ。


「ニナ、動ける?」


「走らないなら。射はできる」


「十分。少年は合図役。糸鈴がない場所では、これを」

 小さな木笛を渡す。1が“ここまで”、2が“全停止”、3が“集合”。間違えない音量で。


 外は夕方の色へ向かいつつ、風が変わり目。降灰は薄い。追うなら今夜の涼しさが味方。

 リベルティアが俺の袖をつつく。「けい、“めがね”、すこしだけ強くする。ながくはもたない」


「そこまででいい。ズルは、混ぜすぎると現場がバカになる」


「うん」


 小屋の外、落ち葉の上に足跡を取る。外套の裾が擦れた跡が低く続いている。搬送者の肩の位置が入れ替わったのか、足の沈みが途中で左右逆転。

 担ぎ手が疲れている。——追いついて交渉の糸口にできる。


「行く」


 夜の入口、森の影。

 前に俺とオーシ。後ろにニナと少年。リベルティアは音を立てず、小さな気配でついてくる。

 森の匂いが濃くなって、足の裏で地図が広がる。枝のしなり、石の角度、土の水気。足場は口ほどにものを言う。


 半刻ほどで、火の匂い。灯りが1つ、風で揺れる。

 声は2人分。……いや、3人。見張りが交代の間延びした声で文句を言っている。緊張がほどけてる。

 灯りの位置と足音の間隔から、配置は——


「見張り2、中央に搬送2、奥に杖持ち1。合計5。外套の息が荒い。革鎧は1」


 囁きにニナが頷く。弓の弦が柔らかく鳴る。

 ここで、非致死の段取り。


「影絵は使わない。今日は正面の“実”で行く。——帆布2枚、背から回す。鳴子は3つ、ずらして鳴らせ」


「了解」


 俺とオーシは低く回り込み、ニナと少年が逆側へ散る。

 帆布を木の間に張り、オーシが曳き具で湿った布の帯を引く。火の粉が飛んでも燃えない。

 鳴子が一つ、少し遠くで鳴る。見張りの目がそちらに向く。二つ目は逆側、三つ目は頭の上。探す目が散る——割れ目。


「今だ。行く」


 影じゃなく、声と板。

「緊急監査継続中。搬送者、止まれ。手を見せろ。武器を下ろせ。——記録する」


 杖持ちが反射で聖句に息を吸ったので、俺は間髪入れずに上書きする。


「教会法第7条“監査妨害の禁止”。今、唱えれば“妨害”扱い。——やめておけ。数字で負ける」


 息が詰まった音。革鎧は半歩引く。外套の肩が落ちた。

 ニナの矢が焚き火の縁の土に“トン”と刺さる。威嚇、正確。

 オーシが鼻を鳴らし、角の影が帆布の端で小さく揺れた。今日は“どや”はしない。静かに、重く。


「条件は簡単。非戦闘者の解放。そして“清めの実演”の中断。あなたがたの顔は立てる。監査の記録に“引いた”と残す。——それが今夜の最適解」


 沈黙。火がひとつ、はぜる。

 外套のひとりが縛具に手を伸ばし、ためらい、ほどいた。吐く息で言う。「……持って行け」


 荷の紐が外れ、体が二つ起きる。一人は——セラ。腕に擦り傷、目は怒っている。

 もう一人は、布の下で息が震えて——


「テッサ」


「来んの、遅い」


「ごめん。遅刻は1回で許して」


 縛具を解きつつ、手を握る。体温が確かだ。

 杖持ちが歯をきしませる。聖句の前置きが喉で揺れる。


「言ったろ。唱えたら“妨害”だ。数字で潰す」


 背後の木陰から、黒外套が一歩だけ出た。カリス。

「緊急監査は継続中だ。純化会の印は正規印ではない。——ここでの行為は、記録に残る」


 杖は下がった。

 俺は短く息を吐き、合図。撤退——沢側へ。

 子どもを先に、セラとテッサを中、俺とオーシが最後尾。ニナが後ろを見ながら下がる。鳴子が一つ、静かに鳴って、森が味方をする。


 沢に出て、走らない速度で離脱。

 小屋の前で一旦止め、全員の傷を確認。セラは擦過、テッサは手首の擦り、ニナは包帯の交換。

 板に数字を足す。

 ・救出:セラ/テッサ確保(非致死)

 ・交戦:なし(監査介入・法文提示により中断)

 ・負傷:軽傷3(処置済)

 ・奇跡:未使用(Clause1未発動)


「戻るぞ。——帰って、弔いと再建と、そして公文の拡散だ」


 夜風が一段冷たくなって、糸鈴の切れ端が、誰かの手元で小さく鳴った気がした。

 帰路の段取りを書き足し、俺はオーシの角を軽く叩く。コツン。

 現場は問いに答える。答えは、まだ山ほど残っている。


(つづく)

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