表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神を奉る暗黒教団の教団長は、管理職から逃げてきた俺です  作者: 安威要


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/30

【第18話 ターニングポイント——焼き印と空白】

 戻り道の風が、いつもと違った。

 乾いているのに、匂いが濡れている。灰の匂い。音が少ない。糸鈴の細い声が、どこにもなかった。


 森を抜け、見晴らしに出た瞬間、胸の奥がひやりと落ちる。

 ——廃教会の輪郭が、欠けていた。屋根が半分落ち、扉は黒く歪み、誓約板は地面で割れている。

 土の上に、白い筋が何本も走っていた。聖灰の筋。扉の中心には、焼き印。円と十字を組み合わせた紋——主神派の印に酷似した意匠。周囲に炙り書きの文字。「清めよ、邪の影」。


「けい……」


 リベルティアの声が震えた。幼い輪郭のまま、瞳だけが深い。

 オーシが一歩だけ前へ出て、角で俺の肩を小さくたたく。戻れ、と言うように。けれど、戻る場所はもうない。


「証拠保存。——踏むな」


 自分の声が、驚くほど静かだった。

 見取り図を板に描き、時間を書き入れる。侵入の角度、破断の向き、灰の筋の重なり。

 骨たちが立っていたはずの場所には、細かい白粉が山になっていた。関節の形を辛うじて留めた“残骸”。対アンデッドの聖句で、結節をほどかれたのだろう。


 扉の片方を押し上げ、内側へ回り込む。焦げと水の匂い。それから——祈りの香。

 足元の焼けた床から、淡い色の布がのぞいた。手に取ると、縁に小さく刺繍がある。マーラの祈り布。

 喉の奥がきしむ。息が浅くなる。目の端で、崩れた梁の影が静かに横たわっていた。彼女が、いた場所だ。


「……マーラ」


 名前を呼ぶと、リベルティアが目を閉じた。

「けい。ごめんね。いまのわたし、うしなわれた“いのち”は、もどせない。わたしの力は、ひとのじゆうを、うらぎらないように、できてる」


「知ってる。——だから、順番どおりやる」


 外へ。

 石段の脇に、小さな靴が片方。ミオのもの。縄の繊維が短く千切れて落ちている。地面には、複数の足跡と車輪の跡。北東へ向かっている。

 ローヴェンは祈り場の柱の陰で見つかった。頭を打っていたが、息はある。応急で止血し、オーシの脇に寝かせる。


「弔いと救出、同時に動かす」


 板を三枚、地面に並べ、チョークを握る。

 ——証拠保存SOP。

 1)立入線を張る(紐・木杭)/2)写真板(図)に時刻と方位/3)足跡・車輪・灰筋の採取(布袋・封緘)/4)焼印・文言の拓本/5)聖灰の化学反応テスト(炭水・水)

 ——弔いSOP。

 1)遺体の尊厳を守る(覆布・名の確認)/2)祈りの言葉を記す/3)埋葬仮地の確保(灰の流れから外す)/4)清掃は“後”にする

 ——救出SOP。

 1)生存痕跡の追跡(小物・繊維・足跡の向き)/2)追撃は二段(先行2/後衛3)/3)町・査察官へ緊急監査の申請/4)商会へ供給停止と被害報告/5)使用制限:神の力は“三箇条”適用


 書いている間、手が震えなかったのは、たぶん怒りが形を持つのを待っていたからだ。

 リベルティアが、そっと指先で空を撫でる。視界の端で、足跡の一部がふっと浮かび上がった。生きている者の気配だけが、わずかに濃く見える。


「これ、だけ。すこしの、めがね。うしろは、けい」


「十分だ。——追える」


 焼き印の線を指でなぞる。

 主神派の正規印と似ているが、輪の内側の角度が違う。純化会——過激派の印、と仮定できる。

 扉の破断は外へ向いている。内側から押し開けられた痕跡。最初の衝撃で鍵を断ち、次に聖灰を撒いて骨を落とし、祈り場を荒らし、焼き印を刻んだ。作法が早い。訓練されている。


「ケイ、どうする」


「制度で戦う。まず、査察官に緊急監査。現場の保存と、純化会印の真正を照合する。商会にも打ち上げる。供給は一時停止、理由は“襲撃”。

 ——同時に、救出に出る。先行は俺とオーシ、保全はローヴェンが回復しだい。神の力は三箇条の範囲で。今はまだ、使わない」


「つかうときは、言って。わたし、できるぶんだけ、だす」


「ああ」


 祈り布を折り、胸に当てる。

 俺は、誓約板の割れを二つ持ち上げ、土の上に並べた。——伐採一:植え戻し二。事故ゼロ継続。外周の火気管理。

 焼けた文字の欠片に、今日の日付を書き足す。

 破られたルールを、もう一度ここに立てるために。


 ローヴェンが目を開け、かすれた声で言った。「行け。わしは、ここを見ておく」

「頼む。戻る」


 オーシの角が、いつものように肩に当たる。コツン。

 俺は頷き、焼き印を一度だけ見返した。

 数字は、祈りを壊さない。——その言葉を、ここから先で証明する。


 足跡は北東。乾いた風が、灰を少しずつならしていく。

 空白を埋めるのは、復讐の衝動じゃない。手順と証拠と、連れて帰るという約束だ。


 俺は板を背負い直し、オーシの手綱を握った。

 リベルティアが小さくうなずく。糸鈴の切れ端が、風に揺れた。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ