【第15話 盗伐と野盗、アレは見せ方——無血退去】
昼過ぎ。空気はまだカサついてるけど、朝よりは落ち着いた。
壁板に今日の続き。防火帯:3m×200m済。糸鈴ノードをさらに2つ、東北の尾根に追加。合計18。警戒レベルは“黄”→“黄の上”。妙に具体的だけど、現場はこういうノリが効く。
夕方前、東側の糸鈴がチリン、間を置いてチリンチリン。鳴り方が違う。ニナが駆ける。
「樹間の向こう、男が10人前後。荷車2台。斧と鉈。……あと、革鎧が混じってる」
盗伐か、野盗を装った強奪か。どっちでも、被害ゼロで返すのが目標だ。
「四段構えでいく。紙→影→縄→証。流れはこう」
紙=まずは言葉と掲示で誤解を剥がす。
影=怖がらせる見せ方で“踏み込み”を止める。
縄=非致死の罠で最前列だけ絡め取る。
証=合法の証文と数字で落とす。
——あくまで“人間に勝つ”んじゃなく、“状況に勝つ”やり方で。
「影はあれ、使える?」とニナが目をキラつかせる。
「使える。“どや立ち”合法使用の時間が来た」
帆布を2枚、森側に高く張る。焚き火を手前で炊いて、背後に骨。直接は見せない。影だけ巨大に。
骨には胸を張ってもらう。今日は“どやOK”。めずらしい日だ、楽しめ。
縄はボルンの出番。足元の草に低いロープ、引くと起き上がる麻袋の抱え罠。金属は使わない。刺さない、切らない。
“鳴子”は糸鈴の枝分かれを使って複層化。音で距離と人数がなんとなくわかるように。
「セラ、救急セット準備。念のため。ローヴェン、監督に回って。ルークは証文。伐採地の地図、商会の検印、誓約板の写し。全部一式」
「了解。右揃えで持っていく」
「そこ右揃えは関係ない」
日が沈みかけるころ、彼らは森の陰から現れた。
先頭は粗末な外套の男。目が泳いでる。後ろに革鎧の肩が2つ、あれは本職だな。
「そこまで。火の向こうは立入禁止区域」
声は柔らかく、でもはっきり。俺は掲示板を指す。
『伐採1:植え戻し2』『事故ゼロ継続』『外周禁火』『骨は視界外で運用』。文字はでかい。読める相手にはこれで十分。
「森は、誰のもんでもないだろう!」と革鎧の一人。
「それ、わかる。だからこそ、こっちは“誰のものでもない森”を長く保つために、数字でやってる。伐採は記録、植え戻しは二倍。商会の検印もある。ほら」
ルークが板を差し出す。革鎧は鼻で笑って手を払おうとしたけど、外套男が先に手を伸ばした。読み書き、できる顔だ。
「……本当に二倍植えてるのか」
「今日だけで苗床に120。今月は1,000超える。見に来るか、明日明るい時間に」
「今、だ」
「今は火の管理中。今日は無理」
押してくる空気から、革鎧の主導がわかる。外套組は迷っている。
ここで“影”。合図。帆布の後ろで焚き火を強め、骨に“胸を張れ”。影が伸びて、帆布に巨大な骨のシルエットが三体、並ぶ。
革鎧の顎が止まった。外套連中は一歩下がる。想定どおりだ。
骨の踵打ち(カカトをコツンと地に当てる)に合わせ、オーシが低く鼻を鳴らす。角の影が帆布の隅にかすめる。演出過多? いい、今日は“見せ方の日”。
「邪教の軍勢!」と革鎧の片方が叫んで、踏み込もうとして——足がロープを踏んだ。
ぴょん、と麻袋が起き上がり、膝から下を抱え込む。見事に転がった。
もう一人も足首にロープ、手をついたところに丸太ストッパー。派手にすっ転んだ。痛いけど、切れたりはしない。
「殺しはしない。帰れ。森は、長く使う前提で対話する相手だけにもつ」
革鎧は歯をむく。外套男が視線を落として、うなずいた。「……俺は、帰る。こいつらは知らない」
いい判断だ。俺は頷く。
「手当して、送る。次、必要なら昼に来い。案内する。仕事がほしいなら、日雇いで2銅から出す。植え戻し班は3銅。数字は黒字で回す」
「雇うのか」とニナが小声。
「雇える相手は、雇ったほうが被害は減る。反対側のコストを下げるのも運用だ」
転んだ二人のうち一人は足首をひねっただけ。もう一人は膝に打撲。セラが手際よく包帯を巻く。
革鎧の片方は毒を吐き続けたが、もう片方は目を閉じて黙った。どっちにしろ、血は出てない。目的どおり。
「検印の写し、渡しておく。これを持って商会に行け。うちの伐採は合法で、値も正規だとわかる」
ルークが書付を外套男に渡す。男は深く頭を下げた。
「……すまない。冬が怖くて、急いだ」
「わかる。だから、明るい間に来い。冬の段取りは、数字で一緒に作ろう」
退く気配が固まったところで、帆布の火を落とす。影は消える。骨は林間に下げる。
鳴子が小さく鳴って、森がまた静かになった。
「無血退去、達成。縄、回収。罠は全部畳む。証文は控えをルークが持つ」
「了解。右揃えで——」
「だから右揃えは関係ない」
夜。
全体ミーティングは10分。今日の良かったを3つ挙げて終わり。
テッサ「帆布と火、影がきれいに出た」
セラ「怪我ゼロ」
ルーク「証文の効果、即効性あり」
ボルン「罠、誰も切ってない」
ニナ「どや立ちが合法で使われた」
骨は——胸を張ったまま固まっている。「はい終了、どや解除」
ゆっくり腕が下りた。おつかれ。
板に数字を足す。
糸鈴ノード:18。侵入:1件。被害:0。捕縛:2(治療後送還)。雇用提案:日雇い2銅/植え戻し3銅。
事故ゼロ継続:63日。防火帯“黒帯”は明日350mへ延長予定。
火事はまだ来ていない。でも、来ても勝てる準備が、今日ちょっと厚くなった。
現場は問いに答える。俺は、見せ方と数字で、まず一回勝った。
(つづく)




