表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/27

【第11話 2カ月後、アレは黒字——はじめまして移住希望】

 2カ月、経った。

 窯は4つ。炭は週に40袋。薪は週に120束。用水路は180mまで延びて、畑には芽が並ぶ。壁板のKPIは黒でいっぱい、端から端まで数字の線だ。

 月の売上見込みは1,000銅を越えた。もちろん手数料や材料費で削れるけれど、現場がちゃんと食べていける数字。最初の頃の張り詰めた空気は、だいぶ薄くなった。


 廃教会の祭壇で、糸鈴が小さく鳴る。

 風じゃない、気配だ。リベルティアが一瞬だけ現れて、こちらを見る。背が……ほんの少しだけ伸びた気がする。いや、伸びた。目線がすこし高い。


「けい、がんばってるね〜。きょうは、ひとがくるよ。じゆうを、さがしてるひと」


「知らせてくれて助かる。受け入れの段取り、準備しておくよ」


「やくそく、やぶらないでね。しろいのは、まだ、こわがられちゃうから」


「わかってる。見せ方は気をつける」


 頷くと、彼女は安心したように笑って、ふっと消えた。神さまの在庫は相変わらず薄い。可用性の話は、また今度な。


 昼過ぎ。門の糸鈴がチリリと鳴いて、町からの荷車と護衛、それに人影が5つ。

 商会ギルドの使いが書状を差し出す。「供給安定、評価上々。つきましては——移住希望者が数名」


「ようこそ。まず、ここでの決まりを一緒に確認させてください」


 門横の誓約板を示す。伐採1:植え戻し2。事故ゼロ継続。外周の火気管理。——そして「骨は視界外で運用」。

 読み上げながら、顔を見ていく。緊張している目、覚悟を決めた目、子どもたちの大きな目。順番に、ゆっくり息を合わせる。


「私はテッサ。鍛冶見習い。女だと道具握らせてもらえないなら、ここで握りたい」


「来てくれてうれしい。鍛冶場はまだ仮だけど、治具づくりから一緒にやろう。火の管理はちょっと厳しめにするけど、私もそばで見るから安心して」


「上等」


 短い返事に芯がある。腕の古い火傷が語るものが多い。


「私はセラ。薬草と乾燥棚、少し。子どもが2人います。働くし、学ばせたい」


「ちょうど畑と乾燥枠は人手がほしいところ。救急箱の管理もお願いしたい。読み書きは夜に小さな教室を作ってあるから、よかったら一緒に」


 子どもが、背後で“自然体で立っている”骨を見つけて固まる。——ごめん、骨。今日はほんとに自然体でお願いします。胸は張らない。


「僕はルーク。会計の見習い。上司の不正を言ったら席が消えた」


「勇気が要ったよね。数字の仕事ならたくさんある。単位と書式を揃えて、KPIボードをもっと見やすくしていこう。わかりやすい数字は、現場の味方になる」


 ニナが後ろで小声。「数字の人が2人になると、ちょっと騒がしくなるね」

 ……反省します。静かにやる。静かに。


「ボルンだ。車輪工だ。酒は……やめたい。ここでやり直せるなら」


「来てくれてありがとう。荷車の整備は命綱だから、あなたの手が心強い。禁酒のことは、ここ全員で応援する。無理しそうな日は、私かローヴェンに声をください」


 4人と、子ども2人。人が増えれば段取りは複雑になる。でも、最初に丁寧に合わせれば、回りはいい。


「最初の7日は“お試し期間”にしましょう。食事は1日2回、日銭は1銅。わからないことは、いつでも止めて聞いてください。

 それから——骨については、視界の外で動かします。命令は短く、合図は統一。怖く感じたら、距離を取って大丈夫。慣れても、距離は取りましょう」


「骨は、怖い」とミオが小さく言った。


「そう感じるのは普通だよ。だから、君に見せない運用をする。骨のことは大人たちが責任を持つ。君はここで、安心して学べばいい」


 配属を決める。テッサは資材・修理「カツグ君」班。セラは畑「モクモク」改と救急箱。ルークは帳簿「コン」兼任で“単位統一”から。ボルンは荷車・車輪、麻縄バネの改良。

 初日から小さなズレは出る。テッサは手が早い分、釘を力でねじ込みがち——「最後は木が痛むから、半回転だけ優しく」で合意。セラは乾燥棚の影の動きを読むのが上手い。ルークはKPIボードに方眼を描いて「数字は右揃えで」と提案。そう、それ、ずっとやりたかった。

 ボルンは昼過ぎにそわそわしていたけれど、夕方までがんばってくれた。外の空気を吸いに出た先で骨と鉢合わせして、肩をすくめて戻ってくる。「禁酒の見張りにされるところだった」と真顔で言うのはやめてくれ。怖いから。


 夕方、糸鈴が1回。森の端に、見慣れた黒外套の影。王都教会の査察官だ。次の月例チェックが近いのだろう。

 人が増えるほど、秘匿運用は難しくなる。動線を切り直そう。人の通路には「骨出没注意・通行止」の札を立て、骨のルートは林間限定。青タグの“班長骨”は二重巻きにして識別を強く。誤侵入があれば木笛2吹きで全停止。


「ケイ、全部回るの?」とニナ。


「うん、みんなで回そう。打ち合わせは短く、効果は長く。困ったら、私に投げて」


 夜。新しい寝床の毛布を数えて、夕食の器を数えて、銅貨の残りを数える。

 窯は静かに吐息をつき、畑の芽は夜露で光る。

 糸鈴が、風に二度鳴った。

 自由を探してここに来た人たちが、肩の荷を一つ下ろせるように。私は段取りで支える。数字で守る。祈りの場を、少しずつ広げていく。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ