【第11話 2カ月後、アレは黒字——はじめまして移住希望】
2カ月、経った。
窯は4つ。炭は週に40袋。薪は週に120束。用水路は180mまで延びて、畑には芽が並ぶ。壁板のKPIは黒でいっぱい、端から端まで数字の線だ。
月の売上見込みは1,000銅を越えた。もちろん手数料や材料費で削れるけれど、現場がちゃんと食べていける数字。最初の頃の張り詰めた空気は、だいぶ薄くなった。
廃教会の祭壇で、糸鈴が小さく鳴る。
風じゃない、気配だ。リベルティアが一瞬だけ現れて、こちらを見る。背が……ほんの少しだけ伸びた気がする。いや、伸びた。目線がすこし高い。
「けい、がんばってるね〜。きょうは、ひとがくるよ。じゆうを、さがしてるひと」
「知らせてくれて助かる。受け入れの段取り、準備しておくよ」
「やくそく、やぶらないでね。しろいのは、まだ、こわがられちゃうから」
「わかってる。見せ方は気をつける」
頷くと、彼女は安心したように笑って、ふっと消えた。神さまの在庫は相変わらず薄い。可用性の話は、また今度な。
昼過ぎ。門の糸鈴がチリリと鳴いて、町からの荷車と護衛、それに人影が5つ。
商会ギルドの使いが書状を差し出す。「供給安定、評価上々。つきましては——移住希望者が数名」
「ようこそ。まず、ここでの決まりを一緒に確認させてください」
門横の誓約板を示す。伐採1:植え戻し2。事故ゼロ継続。外周の火気管理。——そして「骨は視界外で運用」。
読み上げながら、顔を見ていく。緊張している目、覚悟を決めた目、子どもたちの大きな目。順番に、ゆっくり息を合わせる。
「私はテッサ。鍛冶見習い。女だと道具握らせてもらえないなら、ここで握りたい」
「来てくれてうれしい。鍛冶場はまだ仮だけど、治具づくりから一緒にやろう。火の管理はちょっと厳しめにするけど、私もそばで見るから安心して」
「上等」
短い返事に芯がある。腕の古い火傷が語るものが多い。
「私はセラ。薬草と乾燥棚、少し。子どもが2人います。働くし、学ばせたい」
「ちょうど畑と乾燥枠は人手がほしいところ。救急箱の管理もお願いしたい。読み書きは夜に小さな教室を作ってあるから、よかったら一緒に」
子どもが、背後で“自然体で立っている”骨を見つけて固まる。——ごめん、骨。今日はほんとに自然体でお願いします。胸は張らない。
「僕はルーク。会計の見習い。上司の不正を言ったら席が消えた」
「勇気が要ったよね。数字の仕事ならたくさんある。単位と書式を揃えて、KPIボードをもっと見やすくしていこう。わかりやすい数字は、現場の味方になる」
ニナが後ろで小声。「数字の人が2人になると、ちょっと騒がしくなるね」
……反省します。静かにやる。静かに。
「ボルンだ。車輪工だ。酒は……やめたい。ここでやり直せるなら」
「来てくれてありがとう。荷車の整備は命綱だから、あなたの手が心強い。禁酒のことは、ここ全員で応援する。無理しそうな日は、私かローヴェンに声をください」
4人と、子ども2人。人が増えれば段取りは複雑になる。でも、最初に丁寧に合わせれば、回りはいい。
「最初の7日は“お試し期間”にしましょう。食事は1日2回、日銭は1銅。わからないことは、いつでも止めて聞いてください。
それから——骨については、視界の外で動かします。命令は短く、合図は統一。怖く感じたら、距離を取って大丈夫。慣れても、距離は取りましょう」
「骨は、怖い」とミオが小さく言った。
「そう感じるのは普通だよ。だから、君に見せない運用をする。骨のことは大人たちが責任を持つ。君はここで、安心して学べばいい」
配属を決める。テッサは資材・修理「カツグ君」班。セラは畑「モクモク」改と救急箱。ルークは帳簿「コン」兼任で“単位統一”から。ボルンは荷車・車輪、麻縄バネの改良。
初日から小さなズレは出る。テッサは手が早い分、釘を力でねじ込みがち——「最後は木が痛むから、半回転だけ優しく」で合意。セラは乾燥棚の影の動きを読むのが上手い。ルークはKPIボードに方眼を描いて「数字は右揃えで」と提案。そう、それ、ずっとやりたかった。
ボルンは昼過ぎにそわそわしていたけれど、夕方までがんばってくれた。外の空気を吸いに出た先で骨と鉢合わせして、肩をすくめて戻ってくる。「禁酒の見張りにされるところだった」と真顔で言うのはやめてくれ。怖いから。
夕方、糸鈴が1回。森の端に、見慣れた黒外套の影。王都教会の査察官だ。次の月例チェックが近いのだろう。
人が増えるほど、秘匿運用は難しくなる。動線を切り直そう。人の通路には「骨出没注意・通行止」の札を立て、骨のルートは林間限定。青タグの“班長骨”は二重巻きにして識別を強く。誤侵入があれば木笛2吹きで全停止。
「ケイ、全部回るの?」とニナ。
「うん、みんなで回そう。打ち合わせは短く、効果は長く。困ったら、私に投げて」
夜。新しい寝床の毛布を数えて、夕食の器を数えて、銅貨の残りを数える。
窯は静かに吐息をつき、畑の芽は夜露で光る。
糸鈴が、風に二度鳴った。
自由を探してここに来た人たちが、肩の荷を一つ下ろせるように。私は段取りで支える。数字で守る。祈りの場を、少しずつ広げていく。
(つづく)




