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3.マール市場

「シエロマールと言えば、やっぱり伝統的なゴンドラ、バルセータだね。君と乗ることができるのは実に幸運だった。


ほら、あれをご覧。この街で知らない人のいない、歌う橋、プエンティ・カンターティだよ。」


 ご機嫌なグラシアナをレオカディオはまるでゴーレムを奥歯で噛んでしまったかのような顔で見ていた。


 「グラシアナさん?あのー、バルセータは銀貨一枚は必要だから、停留所からナビエッタを使うって言ってなかったっけ?」


 アルケミストの例に漏れず、グラシアナは金に極めてうるさい。


 錬金術というのが、そもそも金のかかる技術なのが、その理由の一つだ。


 とはいえ、自然物に働きかけて加工できるアルケミストが、生活に困る事はない。


 グラシアナも、昔は大量に卸していたものだ。作成速度・作成量は他のアルケミストの追随を許さなかったし、作ったものは1日もたたずに売れた。その純度から王に献上品にも選ばれたほどに。


 ただ今は、卸す先がない。


 知らない土地で商売を行う場合、商品の質を担保するため、専用のギルドを通して鑑定してもらうのが一般的だ。そのままギルドに卸す事もできるし、鑑定書さえ発行してもらえれば、商店に買い取ってもらう事もできる。


 ただし、鑑定書の発行には、ギルドに加入している事が求められる。当人の技術や積み上げた実績という信用を積んでようやく、ギルドは信頼できる商品として、鑑定書を発行してくれるのだ。

 鑑定書がギルドの信頼を担保に発行されるのだから、信頼されていないものが鑑定書の発行を受けられないのは、当然といえば、当然である。


 なお、所属ギルドがそれなりに大きければ、自分のギルドでなくても鑑定書を発行してくれることが多い。所属ギルドへの信頼が担保になるからだ。


(賞金首には世知辛い世の中だねぇ)


 清貧とは無縁のレオカディオは左手の手袋をなでながら肩を落とした。

 


 そんなレオカディオの悲嘆を知ってか知らずか、グラシアナはコロコロ笑い声を立てる。 


 「どうしたの、レオ。

 ため息なんて君らしくない。

いくら私だって、こんな愛らしいお嬢さんと出かけるのに、ナビエッタなんていうでかいだけの相乗り定期船は使わないよ。


 アガーテさん、船頭の観光案内まで含めてこの船の楽しみなんだ。あなたさえよければ最前席でこの風景と共に堪能してほしい。


 もちろん、アガーテさんの愛らしさを前にすれば、この街の美しさなんて添え物に過ぎないだろうけれどね。」


 まぁ、と手を頬に当て照れてみせるアガーテは何も知らない。


 レオカディオが有り金全部を博打ですった時、乗合馬車と併走して走るようにグラシアナが告げた事。

 レオカディオが麗しの踊り子に高額チップを払った時、洗っただけのジャガイモ一つを二人で分けて夕食にしようかと言い出した事。

 あれは案外いけたな、とは当人達の談である。

 



 「私、ゴンドラに乗るのは初めてなんです。わくわくしますわ」


「おい、グラシアナ」

景色と船頭の歌に夢中のアガーテから隠れるようにレオカディオはグラシアナを呼んだ。


「なにかな、レオ」


「なにって…随分な大盤振る舞いじゃねぇか。あの子、一体なんなんだよ」


 あぁ、と長い睫をパチパチと閉じたグラシアナは、レオカディオに顔を寄せて呟いた。


「まず一つ。気づいてると思うけど、彼女は北の血がかなり強い。あれほどの白い肌をこのあたりで見ることは少ないだろう?」


 確かに、とレオカディオははしゃぐアガーテを見る。

 自分もそうだが、この辺りの人間は日に焼けた褐色の肌の持ち主が多い。それと比べると、アガーテの肌は雪をおもわせるような白さだ。


「次に、あのお嬢様の靴だ。傷ひとつないエナメルシューズ。しかもレースのあしらわれた靴下と来た。君だってレースの価値くらい想像できるだろう?あれは糸を手編みして作るものだ。

 あの小さなサイズでさえ、どれだけの時間がかかることやら……。


 こうなってくると彼女のボタン一つの価値すらおそろしいよ、私は。


 乗合船のようなスリの温床地帯に彼女を連れて乗り込めないほどにね。」



 「……気づかなかった。よく見てるなぁ。」  

 

 レオカディオは改めてアガーテに目線を向ける。

 もちろん、女性の足をあからさまに凝視するような真似はしない。アルカベリャの男として女性を不快にさせない所在が身につくくらいの経験はレオカディオにだってある。


 ベッドに入った後ですら、注視するには許可を願うものなのだ。


 前の街でのお楽しみを思い出したレオカディオを、冷めた目でグラシアナはみていた。


 「なにを考えている?

君の女好きも大概だな……。」


「違う、まて、誤解がある。

あのお嬢さんはさすがに下すぎるって」


「信用できない……。ゆりかごから墓場まで、あらゆる女が好きじゃないか、君は……。」


「へへ、まぁ、色恋が絡まなきゃな。あらゆる花は愛でるもんだろ?」


 これを屈託のない笑顔でいってのける所は大物というのか、なんというのか、とグラシシアは頭をおさえた。相応に痛い目を見ているのに懲りないのだから、筋金入りだ。


グラシアナは首を振り、きりがない、話を戻そう、と仕切り直した。


「 最後に。旧・空中都市アルトシエラははるか北方より亡命する為に飛んできた都市でね。


 都市合同の際、アルトシエラ代表の一人娘をシエロマール領主に嫁がせている。


 そして、アルトシエラ代表と、シエロマール領主の間に生まれた娘の名前は、アガーテというんだ。」



「なるほど、領主の娘なら、保護した感謝の報奨金をたんまり。違っていてもいいご身分の娘さんなら報奨金をそれなりに、ってことね」


 報奨金目当てであることを咎めるような善性のある人間は、残念ながらここにはいなかった。



「ふふ、もしかしたら、砂糖をもらうことだってできるかもしれないよ。」



「いいねぇ!」


 甘味は貴重だ。持ち運びできるならなおさら。一部の魔物や植物、虫、一部の錬金術師などから入手以外の手段がない。グラシアナは南の方で手に入る葉などから稀に作っているが、これも材料がなくてはなんともならず、それも砂糖ほどの甘みは出すのはむずかしい。


 何を作ろうか、と舌なめずりをしたレオカディオだったが、グラシアナの一言で打ち砕かれる。


「鑑定書付きの砂糖、金貨何枚になるかなぁ」


 「あ、売っちゃうのね…」


甘味付きの旅の夢に、別れを告げるレオカディオであった。





 

とりあえず10万文字を目指して、2000文字以上を二日に一度更新、を目標にしています。


お正月は私事が立て込むので、少し更新が遅れる可能性がありますが、何卒ご了承いただければ幸いです。



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