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2.空と海の街 シエロマール

 愛と情熱の国アルカベリャの中で、最も発展した都市の一つにシエロマールが数えられる事に異論のあるものはいないだろう。


 メルカド・バルはそんなシエロマールの巨大なマーケット、マール市場の一角にて、多くの冒険者達に愛される立ち飲みバーだ。


 薄切りにしたパンの上にアルヴェラとシャロン──この地域では多くの家庭に親しまれている香草で、花も食べる事ができる──の上に縞模様の美しい海の魚が乗った料理をつまみに、乙女の涙と親しまれるマールワインを楽しむのは、この街の楽しみの一つである。


 「いやぁ、危なかったなぁ」


レオカディオは先程の野党を思い出しながらワインを煽る。


マールワインのすっきりした飲み口に豊かに広がる甘みは女性には好まれるものであったが、レオカディオには少し甘すぎるように思えた。


顔を渋くしてワインを見つめていると、隣のフードを目深に被ったグラシアナが白い指を伸ばしてグラスをなでる。


「私が飲もうか?」


 もちろん無視して、レオカディオはワインのすべてを煽る。

 何度も言うように、グラシアナに酒を飲ませてトラブルが発生しなかった試しはない。

 触らぬ神にたたりなし、グラシアナに酒はなし、である。


「しっかし、野党が出るほど荒れているようには見えなかったけどねぇ」


 隣のテーブルでは地元の漁師であろう、日に焼けたがたいのいい男達が並び、各々浴びるように酒を飲んでいる。羽振りはかなり良さそうに見える、とレオカディオが首を傾げると、つまらなそうなグラシアナは尖った口を開いた。


「漁師の羽振りはいいだろうね」


「へぇ…その心は?」


「簡単な事だよ。」


グラシアナはシエロマールの地図を机に広げる。


「シエロマールが、空中都市アルトシエロと合同都市になる事で、この国有数の巨大都市になった事は君も知っているよね?」


白い指が海上を指差す。


「そりゃあな。ガキでも知ってるだろ。確か50年前くらいの事だな。」


「うん。じゃあアルトシエロがどんな都市かは知っているかい?」


「そりゃあ、ええと……、空中都市……かな?」


グラシアナはにこり、と笑ってその答えを黙殺した。


「……。まぁ、これだけ遠い場所の話なんて知らないか。花と工業……魔石とスチームギアを動力に浮かぶ都市。それがアルトシエロだ。


空に浮かぶ為の技術をアルトシエロはシエロマールに持ち込んだんだ。


昔ながらの農業と漁業の街だったシエロマールにね。」


「その話、難しい言葉はいい感じに端折ってくれるか?」


釘をさしておかないと、専門用語はわからん、とレオカディオは口を挟む。頭がいい人間の例に漏れず、グラシアナは他人が何をわからないのかがわからない時があるからだ。


「最初から、そのつもりだよ。


そうだな、端的に言うと技術革命が起きたんだ。

漁業は機械……スチームギアで労力を削減した分、より多く、より遠くまで漁に出る事ができるようになった。


だけど、農業はそうはいかない。効率よくなった所で、農地として使える土地は限られているからね。


この領地、大半が山なんだよ。さっきみただろう、あの崖を」



「ああ、確かにな。標高が狭い範囲で大きく変わる土地が多いってことか」

レオカディオは頷いた。



「そういうこと。

そして、狭い農耕地の中の効率がよくなって、今まで必要だった人数を必要としなくなった。

そうなれば職を失った農民は生きていけない。

……後はわかるだろう?


私としては、他の職を手につけるだけの事だと思うけれどね。」


冷めた口調でグラシアナは地図を閉じる。

頭の回るグラシアナからすれば、先のない産業に力を入れる程理解し難い事もなかった。


そんなグラシアナを諫めるように、レオカディオは口を開く。


「そんな簡単に捨てられるもんじゃねぇんだよ、思い入れってのは。


お前が俺を見捨てないのと同じさ。」


レオカディオが微笑みかけるとグラシアナは眉をしかめる。


「……。それはちがう。君は私のせいで……」


「はは、難しい顔すんなって」

グラシアナのしかめた顔を伸ばすようにレオカディオは頬を摘まんだ。


「おんなじだって。お前が諦められないように、そいつらだって、故郷の風景を捨てられないのさ。」


 二人が話をしていると。


「お二人は、この街に詳しいのですか?」


 高くかわいらしい声に二人が目を向ければ、うさぎのような髪飾りをつけた、青い目をした少女が立っていた。


「私はアガーテと申します。あなた達は?」


 アガーテと名乗ったその少女は透き通るような白い手を迷う事なく握手の為に差し出した。 


二人は顔を見合わせたが、それはほんの一瞬の事で、すぐに視線を外したと同時に、レオカディオが差し出された手を握った。



「俺はレオカディオ。


連れはグラシアナ……あまり人と話すのが好きなタイプじゃないから、こいつが黙っていても気にしないでやってくれ。

俺に話しかけてくれて嬉しいよ、人と話すのは好きなんだ。


…ところで、お家の人はどうしたのかな?」


 レオカディオの説明に思うところがあるような顔をしたグラシアナは、しかし、肩をすくめるだけに留めた。


 グラシアナは人と話す事を好むタイプではない。その説明で損をしていない事に間違いはなかった。


 対して、アガーテは、レオカディオの名乗りに対してあからさまに顔をしかめる。


「失礼でしてよ!私はもう14、大人のセニョリータですの!」


その説明に、思うところがあったらしいグラシアナは少し興味深そうに彼女を見たが、特に何か話す事はなく、中指を口に寄せるように手を組み、考え事を始めた。


 対してレオカディオは微笑みを絶やさない。

 愛と情熱の国、アルカベリャの男として、女性の相手をするのはやぶさかではなく、また、元来子ども好き──彼の名誉の為に補足するならば、好みの女性は艶やかでなまめかしい、大人の女である──であったので、この小さなレディをなんとかなだめすかして、親元、ないし安全な場所まで連れて行かねばならない、と考えるのは自然な事だった。


「あー、確かに俺が良くなかった。許してくれるかい、麗しいお嬢さん。」


レオカディオが素直に頭をさげれば、アガーテはすぐに機嫌を直した様子で笑顔になる。


「もちろん、謝罪を受け入れますわ。

所で…お話はそれでおしまいですの?」


「話?あぁ、この街の?」


「ええ。私、市井からみた街の話にとっても興味がありますの」


アガーテは小さな両手を合わせ、興奮で頬を赤くしながら話す。


「私、実際にみて回るのが初めてなのです。よろしければ案内していただけませんか?」


「あー……悪いんだけど、俺たちも今日ここに来たばかりで」


街には詳しくない、と続けようとしたレオカディオの発言を、グラシアナが遮った。



「いや、それなら案内させてもらおうかな。麗しいお嬢さん。」



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