石じじいの話・死体を流す
石じじいの話です。
ある島では、死後、死体を海に流す風習があったそうです。
戦前、じじいが朝鮮に移住する前の話ですが、普通、これは死体遺棄罪に問われたでしょうね。
村人のあいだの厳重な秘密だったのでしょう。
それでも、秘密というのは漏れるものですから、官憲は、この風習を黙認していたのかもしれません。
死体は流してしまうので、村の土葬の墓には遺体は埋葬されませんでした。
死体は、葬式後に海へ流します
波打ち際から押し流すのは無理なので、海岸から小舟で漕ぎ出して、沖合までいって流しました。
この時、小舟の出発点は、決められた特定の海岸でした。
海流の関係で、沖合に向かう強い流れが起きるときに流すのだそうです。
その島は本土から離れて太平洋に浮かんでいたので、うまく流れに乗ると、そのまま大海原に運ばれていくのです。
しかし、流してからが大変でした。
流した日の夜から数日、その海岸一帯では、その流した死体が再び海岸に寄りつかないように、幾人かの村人が見張ったそうです。
死体が海岸近くに漂いもどってくると、また小舟で沖へ運んでいきました。
なぜでしょう。
村人が言うには、死体が海岸に寄りついたまま一昼夜過ごしてしまうと、その死体は「島に住み着く」のだと。
その後、死体を処分しても、その「死体の心」は島に残る。
そうなると、厄介なことになるのだそうです。
住み着いたその死体(というより霊魂でしょうか)は、島に災いを起こしたり、また、良いことを起こしたりするということでした。
良いことを起こしてくれるのなら、別にかまわないとも思われるのですが、死体によって起こされることの吉凶は選べないので、怪しげなものによって人間の生活が左右されるようになるのはけしからん、というのが、村人たちの考えでした。
じじいは、その死体流しの儀式に立ち会ったことはありませんでしたが、流す死体にかぶせるための青色の網は見たそうです。
死体は、裸にして、その網をかぶせてしっかりとしばって流したのです。
衣服を着せてはいけない。
なぜなら、死体が腐乱するとガスが体内や衣服にたまって浮かび上がってしまうからです。
なんだか、犯罪小説のようです。
島に住む、じじいの友人によると、実際には、言われているような「海に流すこと」はせず、死体に石の重しをたくさんつけて沖合で沈めるのだ、ということでした。
ますます、犯罪的です。




