石じじいの話・列車の婦人
石じじいの話です。
じじいが戦後すぐに知りあった女性が話してくれた体験談です。
戦前のできごとでしょう。
その女性が18歳のとき結核を患ったのですが、医者に見放されてしまいました。
絶望した彼女は、仏門に入りました。
人に喜んでもらえるような人生を送ろうと考えたのです。
ある日、彼女は汽車に乗っていました。
彼女の向かいの席に品のある婦人が座っていました。
どこかの大家の奥様らしい。
やさしそうなおばさんだなと思って、ちらちらと見ていると、その婦人が話しかけてきました。
「あなたは、どこかお悪いの?」
その優しい口調と婦人の上品な物腰につられて、彼女は、自分の身上について話しました。
その話を聞いた婦人は同情して、よい薬がここにあるから、これを飲みなさいと一服の粉薬をくれたそうです。
彼女は感謝し、その場で、その薬を飲みました。
そして、婦人を見ると、死んだ母親の顔になっていたのです。
彼女は、「おかあさん!」と思わず叫んで抱きつきました。
婦人は、「おお、気がついたかい。よしよし。」と、頭を撫ぜてくれたそうです。
彼女は、そこで目が覚めました。
向かいの席にはだれもいませんでした。
それから、不思議に、彼女の病状は重くはなくなったそうです。
じじいに、この話をしてくれた女性は、しばらくして結核で亡くなったそうです。




