石じじいの話・陸(おか)を走る魚(朝鮮)
石じじいの話です。
じじいが朝鮮で経験した話です。
朝鮮南部の山を歩いたときの出来事です。
陸を走る魚がいたそうです。
じじいが、沢を登っていたとき、数メートル離れたところで大きな水しぶきが上がりました。
大きな魚が跳ねたのかと思ったのですが、そこには「魚が立って」いました。
じじいは、「立っている」と思ったそうです。
最初、野犬か?虎ではないか?と焦りましたが違いました。
それは、「四肢の長い魚」のように見える動物でした。
尾が長く色が黒い。
非常に大きく、肩までの高さは、ゆうに1メートルはありました。
からだには鱗も毛も無く、大きな眼には、まぶたがありません。
その「魚」は、大きな眼でじじいを睨んで微動だにしません。
じじいは、うかつに動くと襲われるかもしれないと思い、目をそらしたまま身構えていました。
山登り用に使っている杖を握って。
そうしているうち、その「魚」は身を翻して川の浅瀬を上流側に走り去りました。
「おいおい、そっちは、わしがこれから行くんやっ!」
じじいは、その日の山登りを諦めて麓の村に戻り、遭遇した「魚」について話をしました。
高齢の村人が、その「魚」のことを知っていました。
その老人(老婆)が言うには(以下の証言は、口語を改めています。):
その「魚」は、山岳地帯の山に生息していて、この山にもいるようだ。
昔から、目撃例は少ないので数は多くないのだろう。
この数十年、目撃例がないので、もう死に絶えたかと思っていので驚きだ。
「あなた(じじいのこと)、良い経験をしたな。」と老女。
このあたりの山でみられる「魚」の大きさは、1メートルほどだが、それ以上の大きさのものがいるのも驚きだ。
「あなた(じじいのこと)、珍しいものを見られてよかったな。」
じじいは、オオサンショウウオではないか?と尋ねましたが、彼女は否定しました。
あれの四肢はとても長いし陸上を素早く歩く。
だから、サンショウウオではありえない。
ワニではないか?とたずねたところ、「ワニ」とは何か?と老女。
彼女は、ワニを知りませんでした。
「まあ、ワニも、あんなに手足が長くないし頭の形がまるで違う」と、じじいは、自分の考えを否定しました。
老女はつづけます。
その「魚」は、凶暴で、水を飲んでいる鹿を襲うことがある。
大昔、泳いでいる子供を襲ったことがあるらしい。
あれは、木の枝や落ち葉が沢山沈んで積もっている川底を歩くようにして素早く移動するのだ。
その素早い動きはサンショウウオの比ではない。
だから、捕まえるのは不可能だ。
たまに陸地に上がって「甲羅干し」のようなことをしていることがある。
陸に上がって他の動物を襲うことはないようだが油断はできない。
音には敏感ではないようだが地面の振動には敏感で人が近づくと逃げる。
まず捕まえられない。
むかし、遠くから銃撃して仕留めた人がいたようだが、それが唯一の捕獲例である。
その肉は薬になるとかならないとか。
「あんたも、気をつけんさいよ。やつに食われんようにな。もし捕まえることが出来たら、そいつの肉を少し持ってきてくれんかのう。食うて長生きしたいけんね。」と、その老女*1。
「もう、十分長生きしただろう、あんた。」とじじいは思ったそうです。
彼女の話によると、朝鮮北部にも生息しているということでしたが、そこでは、じじいは見たことがないとのことでした。
*1 老女の発言は、日本の方言で表現しています。




