石じじいの話・母を待って
石じじいの話です。
じじいは、汽車を待っていました。
夕闇が迫る田舎の駅の待合室です。
石探しの旅の途中でした。
誰もいない待合室に男の子がやってきました。
白い大きな犬といっしょに。
犬は、その子にさかんにじゃれついていました。
その子は、ベンチに座ってホームのほうをじっと見ています。
じじいは、話しかけました。
「どこか、汽車で行くんかな?」
「いえ、母を待っているのです。」と、その子。
その男の子は、流暢な「標準語」で話しました。
こんな田舎では、めずらしい。
「おかあさんは、仕事から帰ってくるのかい?」と、じじい。
「いえ、旅から帰ってくるのです。」と、男の子。
白い犬は、彼の脚にじゃれつきます。
「どのくらい旅に出とりんさったのかな?」
「二年ぶりに帰ってくるのです。」と、男の子。
「それは、さびしいかったのう。」
白い犬は、彼の脚にじゃれつきます。
この時刻では、この駅にとまる列車は、あと数本しかありません。
「何時の汽車かな?」
男の子は、答えません。
白い犬は、彼の脚にじゃれつきます。
それから、上りと下りの列車が一本ずつ来ましたが、その子の母はおりてきませんでした。
「おかあさん、おらんかったな。次の列車かねえ。」
男の子は、答えません。
白い犬は、彼の脚にじゃれつきます。
もう、あたりは真っ暗でした。
気がつくと、次の列車が最後の上り列車です。
じじいは、それに乗らなければなりません。
それまでの列車にも乗れたのですが、この子が母親と対面するところを見たかったので、それらをやり過ごしていたのです。
この子の母親は、上り列車で旅から帰ってくるのだろうか?
どこから?
じじいは、すこし疑問に思いましたが、まあ、それはありうることです。
「おかあさんは、終列車で帰ってくるんやねえ。おっちゃんは、次の汽車で行くけんね。おかあさんと会うたら、うんとあまえんさいや。」
男の子は、答えません。
白い犬は、彼の脚にじゃれつきます。
最終列車が来ました。
じじいは男の子に別れを告げて、列車に乗り込みました。
窓から見ると、だれもその駅におりません。
男の子は、じじいの方を見て、手を降っていました。
白い犬は、彼の脚にじゃれつきます。
じじいが、手を振りかえしたその時、列車は出発しました。
ホームは遠ざかり、その子と白い犬は、闇に消えたそうです。




