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石じじいの話・だいじょうぶ、だいじょうぶ
石じじいの話です。
幼いじじいが、川で泳いでいました。
川の真ん中あたりで背泳ぎをしていると、眼前に広がる、白い雲が浮かぶ青空に、とつぜん母親の顔が浮かんだそうです。
おどろいたじじいは、おもわず、溺れそうになりました。
水面から顔を出すと、母親の顔は、もうどこにもありませんでした。
空にも、まわりにも。
川の流れの中に立っていると、どこからともなく、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と母親の声が聞こえてきました。
じじいは、その声を聞き続けようと、川の中に浸かったまま、流れる水の感触を肌に受けて立ちつくしました。
体が冷えて震えが来て唇が紫色になるまで。
母親が病気で亡くなった次の年の夏でした。
じじいの母親は、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と、彼に、やさしく言いながら亡くなったそうです。




