石じじいの話・ミルクタンクに映るもの
石じじいの話です。
じじいが石探しのために北海道を訪れたとき、山間の酪農農家で経験した話しです。
ある農家に立ち寄って、いろいろと話しをしていました。
目当ての石がとれる場所についての情報を収集するために、じじいは、よく地元の人と話をしていました。
こういうときに、よく、不思議な話を聞くことがあったのです。
ある酪農家を訪ねたとき、そこのご主人(男性)が、ジュラルミンのミルクタンクをいっしょうけんめい磨いています。
よく磨かれて、ピカピカです。
搾乳した牛乳をためておく大型のタンクです。
自分の生産資本を大事にするのは事業主として当然ですが、そのケアは度を越しているように、じじいは感じたのです。
じじいは、たずねました。
「どうして、そんなに、きれいに磨くんですか?」
酪農家のご主人は答えました。
「幽霊が映るんだよ。死んだ家内のね。」
その人の奥さんは、数年前に病没されており、それからは、彼が一人で営農されていたのです。
彼は続けます。
「妻は、タンクの右側から歩いてきて、私の後ろに立ち止まって微笑むんだ。毎日。」
「でも、振り向くと、妻はいない。とうぜんだな。」
「タンクに映った妻は、私にほほえみかけてくるから、私も、ほほえみ返すんだ。」
「声もかけるが、妻の声は聞こえない。彼女の口は動いているようなんだが。」
「だから、妻の顔がはっきりと見えるように、こうして毎日磨いているんだ。」
と。
いっしょに苦労して牧場を軌道にのせた妻の顔を毎日見ることが、彼にとって、苦しい酪農経営の支えだったのです。




