石じじいの話・役に立たなかった祈祷師
石じじいの話です。
この話は、詳しく書き残されていたのですが、じじいが話してくれたものかどうかの確証がありません。
内容が、小中学生の当時の私にはそぐわないような気がするのです。
他の人から聞き取った話かもしれません。
この点、ご承知ください。
迷信は、人の生活に悪影響を与えるものでしょう。
その女性は、正直でしたが、内気で、単純な思考の人でした。
健康状態は良かったのですが、子宮炎や内膜炎を患いました。
それでも、三人の子供をもうけていました。
このときは全治したのですが、その後、子宮がんをわずらい卵巣を摘出したのです。
ある時、肛門から出血するので、痔だろうかと思っていたのですが、その病歴の多さに悩んでいた家族は、治療のために行者の祈祷にたよったのです。
行者が言うには:
鬼門に便所がある;
古井戸を埋めているだろう;
と。
行者の指示で、庭の片隅に水神の祠を立てて、そこで行者が祈祷を行いました。
「罪障消滅」の祈祷だったそうです。
それで、体調は回復したように思えたのですが、彼女の精神状態が変化してきました。
短気になり、いらいら、独り言、空を見つめて罵る、手足が麻痺する、電気が走る、という状態になりました。
彼女は、これは、神仏のお告げに違いないと主張しました。
そして、夫の不貞を疑うようにもなったそうです。
寒くても、縁側でろうそくを立てて線香をくべて、合掌し祈念するのです。
時々、独り言を言いました。
彼女が、放火するかもしれない、また、自殺するかもしれないので、あぶなくて一人にさせられない状態でした。
彼女の妄言の例は以下のようなものでした。
・自分は両親の実子ではない。貰い子だ。本当の親はわからない。
・自分は双子で、男の弟がいる。彼はどこにいるかわからない。
・xxx陛下から近いうちに、私たち双子に下賜金があるはずだ。この金が入ったら神殿を造営する。
・自分を迫害する者たちは、三匹の蛇を使って苦しめているのだ。
このような状態で、例の行者は、「こんなはずではなかった」と責任逃れの言い訳ばかりをしていたそうです。
冷静な人が言うには、彼女は、精神病、または、早発性痴呆ではないか?
その発病の契機となったのが、行者の祈祷を信じた当人の迷信への惑溺だったのかもしれない。




