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石じじいの話・母の針箱
石じじいの話です。
母親の葬式が終わった日。
亡くなった母が使っていた座机の引き出しを開けると、中に裁縫箱がありました。
蓋はなく、針山や縫い針、握り鋏、指ぬきなどがきれいに整理されて入っていました。
針山には、紺色の糸を通した縫い針が刺さっていました。
その糸は、ズボンのかぎ裂きを縫ってくれた糸でした。
床についている母親の横に正座していたとき、その破れに気がついて、病床で母が縫ってくれたのでした。
そのときに使った糸の残りです。
母親は、その後すぐに病状が悪化して亡くなってしまったので、ズボンの破れを縫ってくれたのが、母親がくれた最後の愛情でした。
針山から、その縫い針を抜き取り、通してある残りの糸を握り鋏で切りました。
少しずつ切りおとしていきました。
最後まで切り詰めたとき、「ああ母は死んだんだな」と思い、これからの母のいない生活を覚悟したそうです。
じじいの母親が死んだときの話です。




