石じじいの話・汽車の窓からハンケチふれば
じじいの話には、鉄道に関連する不思議な話がよく出てきます。
線路を疾走する少年、通ると気絶するトンネル、獅子舞の自殺、轢死事故を見た子供の発狂など。
これも、鉄道関連の話です。
「汽車の窓からハンケチふれば」という歌詞をごぞんじでしょうか?
昔の流行歌「高原列車は行く」(昭和29年)の一節です。
作詞は、丘灯至夫、作曲、古関裕而。
じじいの故郷には国鉄が走っていました。今はJRです。
朝の通勤・通学列車の窓から、毎日、ハンカチをふる少女がいました。
小学生高学年の女の子のようでした。
毎朝、線路脇の田んぼや畑で農作業している人たちにむかってハンカチをふってくれるのです。
農作業の人たちは、それを見て和み、手をふりかえしていました。
そのあたりは、田舎でしたから、毎日汽車に乗って通学するというのはめずらしかったので、というよりほとんどありませんでしたから、どこの子だろうと、皆で話をすることもあったそうです。
彼女は、ハンカチをふり続けました。
春から、夏へ、秋になってもふります。
毎朝。日曜日や祝日も。
少女に手をふり返していた人たちも、ちょっと不思議に思い始めました。
毎日、手をふっている。
沿線に人がいなくてもふっている。
だれだろう?
なぜ?
しかも、服装もかわらない。
小学校の制服でもない。
その地域の小学校は、中学校も、すべての学校は制服着用です。
例外はない。
ある日、田んぼから手をふりかえしている人が、同じ汽車で町の工場に働きに通っている知りあいにたずねました。
ちょうど、あの車両に乗って、ハンカチをふっている女の子を見てみてくれ。
どんな子か、確認してくれ?
その知りあいは、翌朝、その車両に乗りました。
その座席に、そんな少女はいませんでした。
そのまわりの席にもいません。
次の日、少女はいなかったと、田んぼの友人に伝えると、
いや、そんなことはない。
きのうも、少女は、あの窓からハンカチをふったと。
その後も、何日か、その車両で確認したのですが、少女はいませんでした。
しかし、その後も、少女は、その車両のその窓からハンカチをふりました。
当時は、携帯電話などないので、少女の存在を、汽車の内外で同時に確認することはできなかったのです。
それがわかってから、農作業をしている人たちは、あいかわらず窓からハンカチをふる少女を見ないようにしたということです。




