石じじいの話・眼を洗う
石じじいの話です。
じじいが山中で出会った人についての話です。
(1) じじいが山を歩いていると、小川の岸に女性が座り込んでいました。
横には、大きな荷物が置いてありました。
水でも飲んでいるのか、と思って、声をかけながら近寄ってみると、彼女は自分の眼球を洗っていたそうです。
白い眼球を。
声をかけられた女性は、それを自分の顔に丁寧におさめて、じじいに振り向いてにっこりと笑いました。
じじいは、ギクリとしたのですが、何も見なかったように装って彼女とあいさつをかわしました。
彼女は、竹製の箕や籠の行商をしていたそうです。
(2) 山の中の大きな石の上で人が焚き火をしていました。
その石は、その場所には不自然なほど大きな岩であり、ドルメンのような人工物ではないかと、じじいは思ったそうです。
その石の上で焚き火をしている人は、山道から反対の方向を向いて座っていました。
その人は、じじいのかけた声には反応せず振り向きもしませんでした。
そのため、顔も見えません。男性か女性かもわかりませんでした。
その人は、身動きひとつしませんでした。
焚き火の煙は、風のない森の中をまっすぐにたちのぼっていました。
じじいは、これは関わらないほうが良いなと思い、急いで歩き去ったそうです。
(3) じじいが、河原の広い葦原の手前を歩いていると、急に、女が、生い茂った葦原から出てきました*。
予想しなかったので、おどろいたじじいが声をかけそびれていると、女はスタスタと葦原の端に沿って歩き去っていきます。
じじいが、それをながめていると、彼女が出てきた方向から火炎が立ちのぼりました。
葦原が急に燃え上がったのです。
これは放火だ、と思って、じじいはその女を誰何しましたが、女は答えず、急ぎ足で葦原に入り込みました。
じじいは、女を追いかけて葦原に入りましたが、女はどんどん葦をかき分けて河の方向へ進んでいきました。
それはかなりの速度で、じじいが女を見失いそうになったとき、女が歩き去ったと思われる方向から急に炎が上がりました。
そこの葦原も燃え始めたのです。
これは危ない、と思って、じじいは葦原から脱出して、延焼しないか注意深く見守っていました。
女性は、ふたたび葦原から出てくることはなかったそうです。




