石じじいの話・じじい X 海賊
石じじいの話です。
じじいは、仕事で同僚と船旅をすることになり、平壌近くの港で汽船を待ったのですが、船の故障でいつ出港できるか見当がつかない状態でした。
それで、ジャンク船で行こうということになりました。
当時は、すでにジャンク船は、非常に珍しいものだったそうです。
船の乗組員は、朝鮮人とシナ人で、メリケン粉や雑貨を積んでいました。
他には、商人と思われる朝鮮人数名とシナ人が同乗していたそうです。
長く降り続けていた雨がやみ、曇った空から薄日が射す天気でした。
船では、波をかぶったときのために、荷物に防水の覆いをかけていましたが、乗客はむき出しです。
乗客たちは、波をかぶったらずぶ濡れだろうと話し合っていました。
すると、朝鮮人の船頭が、
「ジャンクはめったにしずみませんよ、大波をくらっても沈没はしない」と。
いやいや、俺たちが濡れてしまうって言ってるんだよ。とじじい。
それに吃水が水面すれすれじゃないか?
荷物の積みすぎじゃないか?
ジャンクは、停泊している大きな船と船との間を器用にすりぬけて湾の外へ出ました。
雨の後の海岸は太陽光に輝いて、とても美しかったそうです。
海岸の漁村の家を見ながら陸の近くを進み、そのうち、湾から沖合にでました。
沖合では大きなうねりがありましたが、船は順調に進みます。
朝鮮人の老船頭は、じじいの近くに来て言うには、
「この付近では捕鯨会社の船がクジラを20頭ほど捕ったそうで、えらい儲けましたな」と。
「お前たちも、こんな商売しているよりクジラを捕ったほうが儲かるんじゃないか?」とじじいは、言いましたが、老船頭は、「クジラ捕りは命がけだからな。それに他人に使われるのは嫌だ」と。
陸地から4,5里ほど離れて沖合を走っていると、波頭の間に黒い点がぽつんと見えました。
島か?と船頭に尋ねると、「いや、このあたりに島はない。これは船だろうね。煙が上がっていないから汽船ではないな」と。
それは、どんどん近づいて来ました。
自分たちの船よりも大きいジャンクで、じじいの船と並行して走り始めたのです。
若い船頭が、あの船はおかしいと騒ぎ始めました。
老船頭は、「舵を切って陸地に向かえと」叫びましたが、その船も追跡してきます。
その船に十人くらいの人がのっているのがわかるまで近づいてきたとき、彼らは、小銃を撃って威嚇してきました。
「おいおい、やつらは海賊だろう。この船も命がけじゃないか?!」とじじい。
じじいたちも銃をかまえて応戦の準備をしましたが、多勢に無勢ということで応戦は諦めて降伏したそうです。
海賊は、じじいたちの船に乗り込んできました。
そのなかの首領と思われる人物が朝鮮語で話しかけてきました。
その朝鮮語は、あまり上手でないので、おそらくシナ人だろうと思われました。
しかし、ちょっとロシア人の風貌です。
彼は、シナの古い警察官の服を着ていました。
彼らから奪ったものだったのでしょうか?
彼は、「お前たちは海賊討伐のための役人か?」と糾問してきました。
「いやいや、そういう役人はこんな船は使わないだろう。調査に出かけるものだ。」とじじい。
「そうか、それなら許してやる。役人なら海へ投げ込むところだ。」と海賊首領
そして、朝鮮人の商人たちに向かって、
「金を出せ!金をっ!」
海賊たちは、見逃してくれと懇願する商人たちから金袋をとりあげました。
じじいたちの荷物やポケットも抜け目なく細かく調べられて金目のものは盗られてしまったそうです。
もちろん、ジャンクに積んでいた荷物も奪っていきました。
「朝鮮の海上警察にも言っておけ!俺たちの仕事のじゃまをすると役所を襲撃するからな!」と海賊。
「おまえらも、金のために命を捨てないようにしろよ!」と、じじいたちに捨て言葉を吐いて海賊は去っていきました。
この間、20分もかからず、海賊の仕事は早かったそうです。
海賊船は、すばやく船から離れて夕靄の中に消えていきました。
それを見送りながら、じじいたちは、ため息をつきながら顔を見合わせたそうです。
「けっきょく、みんな命がけやったね」とじじい。




