第九十一話 あともう少し
フレアがまだ増援を探して走り回っていた頃。
市民の避難は殆ど完了し、街の中心部辺りになると人っ子一人も見えない。
はずなのだが……。
「うぅ……ママ、パパ……」
偶然遊びに出かけていた所で避難指示が出され、パニックになって動けなくなってしまっていた少年が一人。
まだ小さな子供だから焦ってしまい避難出来ず街の中に取り残されていた。
ようやく物陰から出て動き始めた少年にやって来たのは誘導を任された学園の生徒や駆け出しの冒険者ではなく。
一匹の魔物。
少年を見つけた魔物は一直線に襲い掛かって来て、当然子供が逃げられる速度ではない。
{嫌だ、、怖い。誰か……}
足がすくみ上手く走ることも出来ず、パニックで声もあまり出ない。
そんな中で小さく言葉を漏らす。
「助けて……!」
当然誰かに届く声量ではなかった。
無慈悲にも襲い掛かってくる魔物を前に蹲る事しか出来ない。
怖くて頭を覆って下を向いていたが、近くまで迫っていた影が突然消えた事に気が付く。
何が起きたか分からず前を見れば、見た事のない珍しい服を着た男が立っていた。
「行け、あっちに人を見た。保護してもらえ」
その男は振り返りもせず告げる。
「あ、あの、ありがと」
気遣いだとか温かさなどは一切感じない言い草と振る舞いだが、助けてくれたのも事実で。
たどたどしくではあるが礼を伝える。
「……さっさと行け」
普段は見る事など無い袴を着て、刀を持っているその長い黒髪の男はそれだけ言ってどこかに消えた。
「……」
何が何だか分からない少年だったが彼が助けてくれた事だけは理解して。
あっちだと指で指していた方角へと走り出す。
雰囲気も喋り方も冷たい、でも確かに彼の優しさを感じたからか。心が少しだけ落ち着いたように見えた。
{何をしてやがる……あいつはどうやって処理するつもり……っ}
騎士団や冒険者を始めたとした連中に文句が出始めたところで、それに気が付く。
離れているこの場所でも存在が探知できるネヴィスドラーゴ。
その反応がたった今消えた事を。
結局男はまたどこかに行ってしまい、姿は見えなくなった。
ミナトがその男と再会する時のはまだ少し先の出来事……。
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アイクとゼノの緊急共同戦線が組まれ暫く。
戦況は正直良いとは言えなかった。
「っ!ぶな……」
格上相手に果敢に挑んでまともな負傷無しはよくやっているが、後衛の援護でようやく成り立っているギリギリのアイク。
負傷が酷く、気を保つ事にも意識を向けなければならなくて。連続使用の影響で魔力も半分以下となっているゼノ。
「気を付けろ……今のは本当にマズかったぞ。速度を落とすな」
「ごめん、タイミング調整する。もうちょっとの辛抱だ、頑張ろう」
フレアが増援を呼びに行った事と、最悪ベル達が来てくれる予定だと言う事を伝え。
二人の目的はそれまでひたすら耐える事。を共有し、安全第一で動いて来ていた。
{正直もうフルスピードは出ないけど、、やるしかない。
ミナトならそんな言い訳絶対しない!}
再び自信を奮い立たせ接近。
後ろに攻撃が行かないよう注意を引き付ける。
特に足の負傷が酷いゼノでは逃げながら戦うという戦法も取れない。
どうしてもアイクは接近していく必要があった。
{毒!これは絶対避け……っ!}
絶対に避けなくてはならない。
その意識は確かに重要だ。だがそれ故に、どうしても後の行動まで思考が追い付かない。
僅かな遅れが致命的となる。
口から吐かれた毒を避けた先にあったのはやつの尻尾。
ゼノが深手を負った攻撃手順と同じであるが、アイクの方が僅かに反応が速く防御の姿勢をとる。
それに加え常に攻撃が当たらないよう神経を集中させ続けていたゼノの援護の影響もあり。
攻撃自体は当たり民家に押し付けられるがダメージは先程より遥かにマシ。
大量の出血等は見受けられず打撲程度で済んだようだ。
{ゼノ君の魔法がもしなかったら確実に致命傷の威力だった。
速く立て速く立て!折角拾って貰った命だろ!}
なんとか次の攻撃が来る前に立ち上がり再びゼノの元まで撤退。
その間の移動でさえさっきの負傷と疲労の蓄積によって痛みが全身に走る。
「大丈夫、まだやれる。やってみせるよ」
言われるよりも先に自分から言う。
「……そうか。
最後までやり切るしかないよな、ここまで耐えてきたんだ。最後に一泡位……」
もしかしたら諦めが入っていたかもしれない。
敗北を覚悟したうえで最後に一矢報いようと言おうとしていたのか、しかし最後まで言いきる前に言葉は止まった。
「な!全然効いてねぇ!リーダーあいつめっちゃ硬いっすよ!」
突然矢がギフトシュランゲに飛んで行ったが、鱗に弾かれる。
その直後に後ろから男たちの声が聞こえてきた。
「言ったろあいつにゃまともな攻撃は効かねぇって!」
「じゃあどうするんすか、倒せないなら勝てないですよ!」
「うっせぇそれでもやるのが冒険者だろうが!学生があんなになるまで頑張ってんだお前が弱音吐いてんじゃねぇ!」
本当に頼りになるのか、と疑いたくなる会話だが。
待ち望んでいたものには変わりなく。少し場違いな会話も今は安心感を覚えたりも……。
「ごめんお待たせ!連れてきたよ!」
なにより彼女が選んで来たのなら任せられるだろう。
アイクはそう思い、安堵の気持ちが来たのか笑みを浮かべていた。
「ちゃんと出来るんだろうなこいつらは」
怪しむような目つきで尋ねるゼノに喧嘩腰で返そうとする男達。
間を仲介するのは当然フレアだ。
「大丈夫だよ、ちょっとだけど一緒に戦ってみたし……あ、来るよ皆!」
悠々と話している隙は無いが、最低限情報を交わす必要はある。
戦いになりながらも会話をしなければならない場面。
「あんた随分酷い怪我じゃねぇか、一旦遠くまで運んでやろうか?」
「いい。俺は後ろから援護を飛ばすから、前衛は頼んだ」
「リーダーこいつため口っすよ!舐められてますって!」
「うっせぇ馬鹿野郎それ言うのは今じゃねぇ!集中しやがれ!」
このリーダーと呼ばれている男はその役割に相応しい風貌と実力を兼ね備えていて、今も攻撃をなんとかいなしながら怒号を飛ばしている。
少し情けなさそうな弓使いの彼もなんやかんやで攻撃を躱しつつ弾かれはするものの矢を打っていたりと。
他の連中もそこそこ出来るようで、ゼノも実力を疑う事はもう辞めていた。
「ここは俺が指揮を執らせてもらう、悪いが説明している程余裕もないから納得してくれ」
使えるのなら、と早速指示を飛ばし始める。
「俺とあんたは後衛だ、他の皆はこっちに攻撃が来ないよう防いでくれ。
ただフレアとアイク。二人は積極的に前線に出てもらう、いいな?」
いつもはベルが指示を出しているからなかなか見られない場面だが本来彼もかなり優秀な人材。
指示が的確なら従うまでと先程は軽く言い合いをしていた男達も聞き入れ。
元から優秀さを知っている二人も互いにアイコンタクトを取って更に接近していく。
「アイク君来てたんだね、、ちょっとビックリしたよ」
「偶々ね。
こっからは一緒に頑張っていこうか!」
主に相手の意識を引き付けるフレアと、機を見て削りに行くアイク。
この二人の連携能力も今は必要となる。
{これだけ人数が集まれば耐える事は出来るはず、ベル達が来た時一斉に叩く!}
「あと少し耐えれば更に援軍が来る!それまで持ちこたえるんだ!」
普段はあまり出す事のない大声を出して士気を上げる。
戦いも終盤、長く苦しかったこの王都防衛線も終わりが見え始めていた。
この戦いもあと数話。
ずっと潜在能力を褒められてきた。悪く言えばこれからだと言われ続けていたアイクが輝く時が遂に。




