第八十六話 助っ人参戦
「っ!……どうしよう」
王都内の見回りを一人でしていたフレア。
その彼女を襲ったのは、ギフトシュランゲという魔物。
先程教員が数人がかりで相手をしていたモストロオークと同等の討伐難易度とされ。
上級冒険者パーティでも下手すれば壊滅しかねない相手だ。
当然、フレアが敵うような相手ではなく。
例えここにフラジオやオーズが来たとしても勝ち目は無いと言い切れる程の差がある。
そんな相手に彼女は逃げることも出来ず、当然だが倒すことも出来ず。
持ち前の動体視力による抜群の回避力でなんとか持ちこたえている状況だ。
{私一人で敵う相手じゃないし、本当は先生たちとか騎士団の人達を呼びたいけど……}
助けを呼ぶことすら出来ない。
もしそうするには、誰かが彼女を見つけその後でどちらかがこいつを足止めしておく必要がある。
しかしそんな事を考える人間でもなく、現状打てる手はない。
ただ只管攻撃を躱し続けて耐える事しか出来なかった。
「っ!あっぶない……」
ギフトシュランゲとは、蛇系の魔物の最上位種にあたり。
その系統の特徴である毒が非常に厄介である。
体長は非常に長く、最大まで伸びれば五メートル近くあると言われている。
更に鱗はしなやかな上に非常に硬く並大抵の攻撃ではダメージをまともに与えることすら出来ない。
主な攻撃手段は四つ。
喰らえばほぼ即死の噛みつき、頻度こそ少ないがこちらも当たればほぼ即死の体当たり。
時折やって来る尻尾の攻撃は意識から外れた奴から死ぬ、という教えがある。
そして最も警戒すべき毒の粘液の吐き出し。こちらも当たれば余程の僧侶がいなければ即死クラス。一瞬指の先が触れるだけでもその手は使えなくなる可能性すらある程の威力だ。
その四つの攻撃をなんとかではあるが躱しているフレアだが、打開する策も能力もない。
ここまで躱せている時点で彼女の回避能力が異常な程高い事は冒険者なら誰でも分かるレベル、しかしそれが手一杯。
{下手に誰かが来てももしかしたらその人が犠牲になるかもしれない。
私の能力じゃ自分が生きられても誰かを守ることは出来ない}
行き詰った状況の中、思い浮かんだのは。
{こんな時、ルチアさんならどうするかな。自分じゃ倒せないような相手が出てきた時。
ミナト君ならなんて考えるかな。
私には……何が出来るんだろう……}
一瞬。
思考が戦闘中では絶対にあってはらならない方向に傾きかける。
その一瞬さえ、今の状況では致命的だった。
眼前に迫る尻尾の攻撃。
躱す事は最早不可能な距離。
死を意識した彼女の目の前まで迫っていたその体は、次の瞬間後方まで下がっていた。
何があったのか分からないフレアは、視線の端に映った魔法が撃たれた方向。
自身の後ろ側を振り向くと、何故ここに居るのかという言葉が真っ先に出てくる相手が見える。
「ゼ、ゼノ……さん?」
第一魔法学園生徒。
聖魔祭で戦った二人が再び相まみえるのがまさかこんな時であるとは考えもしなかったが、命を助けられた事には違いなかった。
さっきの魔法でギフトシュランゲとの距離が少し開けた事で、ゼノの方まで後退するフレア。
「本当に助かりました、でもなんであなたがここに?色々と分からないんですけど……」
感謝と同時に疑問をぶつけるが、困惑する彼女に説明する時間などない。
目の前の相手が去った訳でもなく、一瞬で葬り去る事が出来るほどの実力者でもないからだ。
「説明は後だ、来るぞ」
そう言いながら地面に手を置いたら、得意の土属性魔法を発動。
牽制として石を飛ばしつつ岩を隆起させて相手の後退を図る。
だが相手は蛇の魔物。
障害物を抜けて移動する事など容易、少しの間の足止めにすらならない。
{このままじゃ勝つのは無理だな、だったら……}
「こいつは俺が止めておく、増援を呼んできてくれ」
即座に判断を下すが言われた方が直ぐはい分かりました、と聞き入れられる提案ではない。
「そんな事出来ません!ゼノさんを置いてなんて……時間稼ぎなら私の方が得意です、あなたが呼んでくる役割の方が!」
実際この言葉自体は正しい。
事実ギリギリとは言えフレアは一人で交戦を続けていたし、ゼノは特別相性が良い訳でもない。
足もあまり速くないと自身の能力をよく考えた上での提案拒否だが……。
「いや、ここに残るのは俺だ」
「どうしてですか!?今だって余裕なさそうじゃないですか」
どういう訳か頑なに意見を変えようとしない。
先程から二人で応戦しているが、フレアが前で気を引いているからゼノも比較的安全に魔法が撃てているのも事実。
現状の二人の能力を考えればどちらが残るかは明白である。
「……俺にも意地ってやつがあるんだよ」
寡黙かつ見た目が厳格そうなゼノだが、校内では狂犬という異名が付けられている。
元々は気に入らない事は例え誰が相手が誰であろうと反抗する性格で。
ベルと出会うまでは問題児として使われていた。
{俺の戻りが遅ければこっちに来る手筈だ、どの道耐えてりゃ増援は来る。
だがそれだけじゃまだ確実な戦力じゃない、出来るならまだ欲しい}
来週からの授業に間に合うよう早めに行動していた第一魔法学園は、今回の防衛戦に遅れながら参戦していた。
生徒の指揮はベルに任されており、その彼の指示でゼノは王都内の状況を調べてくるよう言われたのだ。
もし合流が遅れれば緊急事態だと判断し増援を送る。と事前に決めていたのは良い判断だった。
だが第一の生徒が数人増えても倒せる相手かどうかが分からない以上、戦力は出来る限り欲しい。
耐えてさえいれば増援は約束されているが、それだけでは足りない。
だからリスクを承知で増援を呼ばなければならない。
{い、意地?なんかそういう事言うの意外だけど……今はそんな場合じゃ……}
「行ってくれ。頼む」
自分でも分かっていた。
合理的な判断でない事くらい。
{試合の出来事だったし、そうせざるを得なかったとはいえ。かなり乱暴な事をしてしまった。
どこかでこの胸の中にあるもやもやと取っ払っておきたいところだったんだ、丁度いい機会だ}
気にしていたのは、聖魔祭での決着の仕方。
彼女の異質とも言える回避能力を上回るには、圧倒的な範囲で攻めるしかなかった。
ルールの範囲内ではあるし、全く持って気に病む話でもないのだが。どうにも引っかかっていたらしい。
「ここでやらなきゃ、男が廃るんだよ」
彼には彼なりの正義感と倫理観がある。
それを曲げる事を極端に嫌っていた結果狂犬などと言われた居た訳だ。
そんな彼が信念を持って言っている事を曲げるなんて事は、絶対にしない。
何となくでだがそれが分かったフレアが折れるしかなかった。
「……分かりました。直ぐ戻ってきますから!」
増援を呼ぶための撤退すら容易な相手ではないが、そこはゼノの援護で乗り切り。
彼女は走り出した。
{そう言えば前、アイク君も似たような事言ってた気がする……今頑張らなきゃ一生後悔する、とかだったっけ}
何故ミナトとの特訓にそれだけ精を出すのか、と聞いた時の答えを今思い出していた。
{男の人にはそういうのがあるのかなぁ……私とは違って。
いや、ルチアさんにはある。だったらこれは性別だとか実力とかじゃなくて、私自身の問題だ。
そこ勘違いしちゃ駄目だよね}
走り出したフレアと、駆け付けて足止めを試みるゼノ。
戦場に参戦していると言うベル達第一魔法学園の動きは分かっていないが。
各地へのフォローが期待できるだろう。
ただ、未だ誰も相手に出来ておらず。北側で猛威を振るい続けているネヴィスドラーゴが最も危険な存在である事に間違いはない。




