第六十八話 運命
「小さいしなんも無い家だけどゆっくりしてってくれ」
そう言いながら家のドアを開ければ本当に物が殆ど無い部屋が見える。
「お、お邪魔しまーす」
続けて入ってくる三人が最初に思ったのは、本当になんいも無いなぁ、というもの。
ある物で言えば、台所にある調理器具と最低限の来客用に置いてある机と椅子。
後は小さな棚がある程度。
しかしその棚でさえ元から部屋に取り付けられていたものなので、本当に必要最低限の物しか存在しない。
「そこ座っててくれ、今から作るから」
そう言って台所へ向かうミナト。
言われた通り椅子に座ったフレアは、少し周りを見渡した後アイクにこっそりとある事を聞く。
「ミナト君ってなんで一人暮らししてるのか知ってる?」
大抵の生徒は寮に入る、入らない生徒は元々王都に家を持っているか、親に家を買ってもらう貴族連中位。
この家からして一人暮らしなのは明白、しかも育ちが特別良い訳ではないこと位は知っていたのでこの質問。
もし仮に家族が居なかったとしても、寮に入れば済む話。
家を持つよりもそっちの方がよっぽど金銭面的にも助かるからだ。
この質問にどう答えたらいいものかとアイクが悩んでしまうのもまた当然で。
理由は単純に事情をそこまで詳しくは知らないから。
昔に家族が無くなっている事は聞いたが、寮に一度入ったりもしたのに何故一人暮らしに戻ったのかは分かっていない。
「……僕もよく知らない。
でも、家族がもう亡くなってるとは言ってたかな」
「!……」
その一つの事実を知っただけで、フレアのミナトに対する理解は大きく変わった。
ミナトは話しかければちゃんと答えてくれるし、ちゃんとした理由があれば頼み事も聞いてくれる。
誰とでも仲良くなるわけでもないが、誰かを拒むこともない。
だが、誰とも深くは関わる事はしない。
一番仲の良いアイクでさえ、下校時以外で街中で会う事はないし。事情も周りに比べれば知っている程度。
困った事があれば隣に立ってくれて支えてくれる。
でもいつも一歩引いていて、後少し触れられない。
これは違和感とか、考えすぎなだけで片付けることも出来るくらいに些細な事。
恐らく今現在それに気付いているのは。
アイク、ミケーレ。そしてそこにフレアが今加わった所だ。
疑念が確信に変わり、これまでとはまた少し違った見え方がする。
{……きっと怖がってる、また誰かを失う事を。
だから深く入り過ぎないように気を付けて、でも遠ざかることも出来ない}
そうフレアが考えていると、ミナトの異変……というかいつもと違うところを丁度目撃する。
「!?」
台所で野菜を切っている彼だが、普段は見せない程笑顔だった。
{すっごい純粋に笑ってる!なんで!?}
穏やかな笑み、という言葉が世界一似合う顔だろう。
普段の彼を知っていればいるほど驚いてしまうような表情。
「ア、アイク君あれ」
直ぐにこそっとアイクにそれを知らせる。
椅子の角度的に振り替えなければ見えない位置だったが、指をさされた方向を見てみればそれに驚き思わず椅子から滑り落ちる。
ドカ、っと音がしたので何があったのかとミナトが振り返れば、少々情けない倒れ方をしてしまったアイクが未だに顔を見ていた。
「ど、どうしたんだよ……大丈夫か?」
「あぁごめん、大丈夫大丈夫」
手を差し出される前に自力で起き上がり、頭を整理する。
{なんだったんだろ今の。もう普通に戻っちゃったけど}
「……」
立ち上がったのはいいもののその場でただ突っ立っているだけのアイクを見て不思議に思うミナト。
そりゃ普段どんくさくない友人が突然椅子から落ちたと思ったら今度はその場で直立不動だったらそう思っても仕方ない。
不思議な目で見られている事に気付きなんとか誤魔化そうと逆に話しかけに行く。
「あ、そうだ!今は何作ってるの?」
台所の方に近づいて切られたものを覗きながら質問する。
「よくある煮込み系だよ、割と早く出来るやつだからもうちょっと待ってて」
そう言うと再び手を動かし始めたがその動きにまたもやアイク驚愕。
「速!剣だけじゃなくて包丁捌きまで速いなんて……」
あまりの手際の良さに驚く。
「これ位出来なきゃ時間かかりすぎるからな。ちんたらしてると暗くなって手元が見え辛くなるし」
「?灯りつけてるでしょ?」
その一言ではっとする。
「……確かにそうだな」
一瞬動きは止まったが、その後はさっきまでのスピードで調理を進めるミナト。
しかしその顔は少し寂しそうに見えた気がした。
きっと思い出していたのは、かつての仲間達との思い出。
(俺、ちょっとは追い付けてるかな……)
ちなみに今の間、ルチアは部屋を物色していた為一連の流れはアイクが椅子から落ちのを横目でチラリと見た程度しか知らない。
その部屋を物色した成果だったが特になく。
棚に幾つか入ってあった本を開いてみたが、どれも良くある魔導書や伝説の勇者のおとぎ話の本ばかり。
舌打ちをしてから椅子に座って料理を待った。
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「待たせたな、召し上がれ……なんつって」
そう言って出された料理は、、、至って普通の物に見えた。
いただきます、と言って一口食べた後。
最初に口を開いたアイクが一言だけ。
「うま……!」
フレアも食べた瞬間目がいつもより大きく開いて、顔を見るだけで感想が分かった。
さしものルチアも今回は少し驚いた様子で、無言で次々と口に入れていく。
「ミナトこれめちゃくちゃ美味しいよ!こんなに美味しいの初めて食べたかも!」
子供の様にはしゃぎながら感想を告げられると、流石にオーバーだと思いつつ自身も食べてみる。
(ん、確かに今日は良く出来たかも)
どうやら自分でも上出来と思ったらしい。
作った本人が驚いていた。
そんな中フレアが、一言漏らした。
「あったかい……」
静かに、柔らかい笑みを浮かべながら言った。
にこやかに笑いながら言った何の変哲もない一言。
そのただの一言が、ただの一言だったはずの今の一瞬が。
「…ミナト君?」
何かあったのかと隣に座っているアイクが顔を覗き込めば、さっきとは比べ物にならない衝撃を受ける。
「……」
言葉が出てこない程に。
「なんで、、そんな顔してるの?」
ミナトはそう言われて初めて自身の顔がいつもと違う事に気が付く。
「え?あ……えっと、、なんだろ」
本人も言葉が見つからない様子。
アイクとはまた別の意味で何も言わなかったルチア、今回ばかりは純粋な疑問を抱く。
大丈夫なのか、という。
(俺そんな顔してたのか……まぁでも、、、そっか。
そうかもなぁ……なんか納得いくかも)
先程の自分の顔と感情について考える。
決してこの世の言葉では表せない表情をしていた。
強いて言うのなら、怒りと憎しみ以外全ての感情が籠っていた顔。
喜びと嬉しさと、切なさと悲しさと、寂しそうなのに満足そうにも見える。
そんな顔だった。
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突如行われたミナト宅での昼食は、その後特に何もなく終わり。
三人は寮への帰路についていた。
その時は皆無言だったが、考えていた事は一緒で。互いにそれは察して無言のままだった。
あのミナトの顔は、なんだったのか。
考えても到底分かる事ではない事は理解しつつも、気にしないという選択肢は無い。
そう言いきれる程に強く印象に残るあの表情。
「……」
ずっと続いていた無言を最初に破ったのは、アイクだった。
「僕さ」
一生懸命考えたのだろう。彼の事を考えて、これまでの事を思い出して。
それが直ぐに分かる程真っ直ぐな目をして。
「ミナトの事全然知らないや」
「……そうだね、、私も」
「……」
三人の中で、ここから何かが生まれ始めた。
何を考えているのか分かりにくいルチアも、心の中ではさっきの事を思い返していた。
それと……。
「大丈夫だよ、、フレアなら」
隣で少し暗い顔をしていた彼女に声を掛ける。
「ふふ、初めて読んでくれたね。名前」
「なんだよ。嫌ならもう呼ばない」
照れくさそうに言っているが、さっきの言葉がただの根拠のない励ましだとは思えない。
そこからは微笑ましい会話が続き、そこからの帰り道は少しだけ賑やかになった。
一つの大きな影を抱えながら。
全く関係がないはずなのに。そんなはずはないのに。
そう思ったのはきっと……。




