第五十七話 本心で言えば
一組が誘拐されてから直ぐの事。
突然人が消えた教室の周りには多くの生徒や教師が集まっていた。
そりゃいきなり人っ子一人居なくなれば騒ぎにもなる。
教師陣は魔法の痕跡を調べていたが、周りの生徒達はそこまで調べる事が出来ない為ただ騒いでいるだけ。
誰も居ない教室に、割れた窓ガラス。
すると偶々クロムも現場の前を通る。
何の騒ぎかは分かっていなかったが、ただ事ではない事位は認識していた。
しかしそれを解決するのは教師の仕事だと思い、騒ぎは無視して自分の教室に向かおうとした時。
「校門から出てそのまま南だ」
大勢の人がいる中でクロムにそう囁いたのはミケーレ。
「…どういう事ですか」
突然何のことだと聞こうとするも、その暇はないと早口で説明を始める。
「転移魔法であいつらは居なくなった。方角は南、恐らく近くに行けば場所も分かる。悪いが向かってくれないか」
短い説明で大方の事情を理解したが、「それは貴方の仕事なのではないか」と返す。
そりゃ事件の現場に生徒を向かわせるのは褒められたことじゃない。
「頼む、私は直ぐに騎士団を手配する。大丈夫君も被害者だとすれば現場に居ても咎められん」
そういう問題ではない、と言いたくなったクロムだが彼女の目を見てこれは言っても無駄か、と判断し諦めて現場に向かう事に。
急いで校門を出て言われた南の方角に走るが、本当に場所は分かるのかと疑問を抱く。
だが決して足を止める事だけは無かった。
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「何でお前がここに…」
突然現れたクロムに、ミナトは驚きを隠せない。
仕方のない事だが。
「……お前の担任はどうなっている」
その一言だけでこちらも大方の事情を察す。
(あの人マジか、こういうのって寧ろ止められて行けないって流れじゃない?)
とも考えたが今この情況ではとても頼りになる助っ人がやって来た。
「やぁ、、ビックリしたねぇ……まさかクロム君とも会えるとは思わなかったよ」
流石にトロフィムも驚いている様子だが、頭は回っており転移発動までの時間を計算していた。
{大丈夫、あともう少しなんだ。それまでは耐えられる}
しかし、それを許すような相手ではない。
「まぁ来た理由は後で聞く。今は時間がねぇ、速攻で片付けるぞ」
「……」
団体戦では陣形的に位置が真逆であったことから殆ど初の共闘であるが、クロムはここでも基本無口。
(何か喋れよ)
心の中でそうツッコんだが、これも後でいいかと流して再び構える。
二対一は分が悪いと踏んだトロフィムがとった行動は再び人質戦法。
しかし今回は最初から撃つ気満々の様子。
{多少怪我してもこれ位なら死にはしない!}
この戦法を見て流石のクロムも動揺……する事は無かった。
相手が魔法を撃ちだすよりも先にミナトの魔法がそれを妨害。
確かに向こうもかなり撃ちだしが速い方だが、速度だけならやはりこちらに分があった。
そして魔法を撃って直ぐに再び人質戦法を使われても対処できる位置に移動を開始しており。
本人にはクロムが接近。
「ふふ、イイね!正面対決と行こう!」
高らかに声を挙げながら剣を交えようとする所を見て、ミナトは同情すら覚える。
(防げば良いとか思ってんのか?残念だったな…)
勝負は一瞬だった。
魔力を集め威力を高めたクロムの剣がぶつかった瞬間、防御なんてなかったのかのように粉砕。
トロフィムをぶっ飛ばす。
{ば、馬鹿な……!}
その攻撃は明らかに聖魔祭当時よりも威力を増しており、彼の想定を遥かに超えていた。
壁に激突した後、一応姿を確認してみれば案の定気絶。
ミナトがフラジオの精神操作魔法を解除したり、念の為気絶した男を拘束などしたりしていると直ぐに騎士団がやって来て。
一組誘拐事件の最後は意外にもあっさりと終わった。
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「で、なんでクロムを向かわせたんですか」
事件から数日経ち、久しぶりのミケーレとの対談。
「一応あいつも生徒だと思うんですけどねぇ、、行かせて良かったんですか?」
「そら良くはないさ。だが私の判断は間違ってなかっただろう?クロムの到着がもう少し遅れていたら更に転移していたって話じゃないか」
トロフィムは、騎士団の事情聴取に素直に答えた。
お陰で事件は直ぐに全てが解明したが、白状した褒美を要求していたらしい。
全て却下されたそうだが。
「それは本当に助かりましたよ、でも理由はあるんでしょ?」
理由なくこういう判断をする人ではない、その理由が例え勘だとしても。
ミナトも少しは彼女の人となりが分かって来ていた。
「……ただの勘だよ」
やっぱり勘なのか、と思うよりも先に言葉を付け足していく。
「最近は色々と物騒だからな、将来有望なお前らには強くなっていって自分の身は自分で守れるようにしてもらわないと」
結局また理由は勘。
だが彼女の勘はよく当たる。
それに今回は入学当初と違って、ミナトにも心境の変化があった。
「本当に、、、そうですね」
最初はなんとも思ってなかったのに、ただ呪いの為だけに来たこの学園。
だがここで過ごした数ヶ月間は彼にとって想像以上に居心地の良いものだったらしい。
{お前も変わったなミナト。前はただ興味本位でしかなかった風だったのに、そんな成長を見守る兄みたいな顔をするようになって}
感慨深いものを感じるミケーレに、ミナトはこれだけは言わなくてはと一つ告げる。
「先生」
「ん、どうした」
「前回の件も今回も、先生に助けられました。本当に感謝してもしきれません」
深く頭を下げる。
直接助けて貰ったライコウの一件と、直接ではなかったが素早く事態を察知し的確な行動で助けた今回。
本心では、何度も同じ人に守られているという事に悔しさはあった。
だがそれは感謝を伝えない理由にはならない。
深く頭を下げているから見えなかった両の拳が、強く握られていたのがその悔しさの証だ。
(もしかしたら死人が出たかもしれない、皆の将来を奪ってしまう事態になりかねなかった。
それを防ぐ為に、誰かを守るために強くなったのに。結局俺は人に助けられてばかりだ。
いつまで経っても、、、どれだけ鍛錬を積んでも俺は……)
いつまで経っても頭を上げないミナトに、ミケーレは語りかける。
「…お前は何でも自分一人でやろうとするのが悪い癖だ。誰もお前に完璧なんて求めてないよ」
その言葉でようやく顔を見せた時、「それに」と彼女は言葉を続ける。
「私はお前の先生だ。幾らお前が強かろうが関係ない。
教師が生徒を助けるのは当たり前だろう?」
この時ミナトは、良い先生に巡り合えて幸運だったと、再度痛感させられる。
「はは、そりゃ頼もしいや」
久しぶりに彼は、笑ってみせた。




