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忘却の勇者  作者: くろむ
後生一生編
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第百六十七話 変わり続ける

長かった授業が終わり。

漸く自由の時間となる放課後だが。


アイクにとってはここからがもう一つの本番。第二フェーズと言っていい。


理由は勿論周知の事実となっている例のあれである。


「よし、今日は委員会もないしこのまま行くぞアイク」


「今日もよろしくね!」


ミナトに声を掛けられ席を立ち、いつもの練習場へと足を運ぶ。


「お、頑張ってなーアイク」


「今日は歩いて帰って来いよー」


最早恒例となった光景を前に、クラスメイト達も応援の声を投げ掛ける。


「ありがとう!じゃあ皆また明日ねー」


まだ他の生徒が教室を出るよりも先に二人は歩き出して行く。


「歩いて帰ってこいだってよ」


「き、今日こそはね!」


「まぁ安心しろ。いざとなったら寮まで運んでやるから」


「ちょっと?洒落にならないんだけど。というかちゃんと自分で帰るから!」



なんて話をしながら校内を歩き。



軽い準備運動とウォーミングアップを済ませながらミナトが語る。



「もう一度確認するが、これからやっていく事は三つ。

基礎である体力作り、魔力による身体強化を使いこなす、そして森羅自天流の二つの瞑想の強化。

この三つだ」


「えっと…三つ目の瞑想はやらなくていいんだっけ?」


「ああ。そもそも数ヶ月程度で前二つが出来る事が有り得ないからな。本来数年、それこそ最低でも三年以上やって基礎がようやく固まる位だ」


「先は長そうだね……」


かつて魔王軍とバチバチにやり合っていた頃は、短い期間で無理やり修業をつけて貰ったり。本来なら完了していい筈のない段階で師匠の元を離れたりと。

はちゃめちゃしていたミナトだが、今は当時と状況が何もかも違う、


焦らず確実に。

一つ一つ丁寧に積み重ねていくのが修業方針となっている。


「剣術は同時並行だ。基礎中の基礎はもう叩き込んでるからな、後は実戦形式で磨いていくぞ」


「そ、それなんだけどさ。実は聞きたい事があって」


「ん?どうした」


「この前ホワイトワイバーンと戦った時思ったんだけど、やっぱり僕は火力が足りないなって思って。

勿論先にやる事があるのは分かってるんだけどね?その…また不測の事態が起こる可能性もある訳で、そうなった時同じ様な事になったらと思うと……」


当人がどう思っていたかは分からないが、少なくくとも言った方は緊張していた様子で。

無言で考え込むミナトを見て同じ様に黙って答えを待つアイク。

自分の言った言葉が合っているのかどうかはおいておいて、疑問をぶつけてとやかく言うタイプでないのは分かっている。だが返答がどんなものになるかは気になるようだ。


「……そうだな」


暫く静かにしていた後、答えたが出たミナトは結論を聞かせる。


「先に言っておくと、前回の事を反省して次の改善に繋げる姿勢は良い。それも理由は大方誰かを守る為の力が欲しいからそんなとこだろ?なら尚更だ」


良い返事にも聞こえるが、先に言っておくという言葉がこの先の言葉をなんとなく物語っている。

それは理解しながらアイクも耳を傾け続きを待つ。


「だが火力不足に対してなら、魔力による身体強化は一つの解決策になるだろうと俺は思っている。

基礎となる体作りを続けていって素の速度を上げれば、攻撃時に魔力を集中させられるようになるし。剣術を伸ばしていく事での威力アップもあるがな。

それに、もしも火力が足りないと言うのならそんな相手と戦う事自体が間違いでもある」


「っ……」


「戦うべき相手を見極めるのも強さの一つだ。それこそホワイトワイバーンとかもそう言えるかもな」


痛いところを突かれるし、どれもその通りと言うしかない。


「……じゃあもしさ、どうしても戦わなくちゃならなくなった時はどうしたらいいの?」


だがそれでもアイクはもう知っている。

自分の実力が足りなければ死んでしまう人が居ると。自分以外に。


「状況による。とだけ言うのは流石に酷だが……事実その時による。戦って時間を稼ぐのか、逃げるのか。最適解が何かを判断する必要がある。

それでも一つ言うとするなら……」


火力不足。

ミナトも全く同じ悩みを、もう数百年と抱えて生きている。

そんな彼が辿り着いた結論は至極シンプルであった。


「仲間に頼るんだ」


意外、という顔でいまいち納得していない様子のアイクを前に、もう少し言葉を続ける。


「まぁな……そもそもどんな相手とも戦えるように、なんてのが傲慢な考えだ。

やりたい様にやるのにも、誰かを守るのにも、願いを叶えるだけの実力が必要になる。そしてそこに求められる強さってのは際限がない。

だから言っちまえばそうだな……一人でどうこうするとか誰かを守るとかは、今のお前には烏滸がましいって話」


「……」


命を賭した程度じゃどうにもならない事態はあるし、人生を掛けて強くなっても敵わない相手はいる。

どれだけ強く願っても悲惨な結果になったり、どれだけ抗っても無駄に終わったり。


現実が無情である事を誰よりも知っているミナトは伝えようと思っていた。

平和な時代を生きるアイクに対し、万が一の事が起きる前に。

いつかこの世に絶望する様な事が起こったとしてもその時再び立ち上がれるよう。


少しオブラートに包みはしたが、言っている事はそこそこ厳しい物言い。


「……」


二人の空間に静寂が満ちる。


自らキツイ言い方を選んだことに後悔や負い目は感じていないミナトはもうこれ以上何かを言う事はない。と口を開くつもりがない以上。

アイクが何かを言わなければ状況はずっと変わらない。


分かっている、彼の言っている事が正しいのだと。

自分がまだ誰かを守れる程。願望を押し通せる程の実力を持っていない事も。

これまでのピンチだって、いつも誰かが助けて来てくれたこと。自分一人では決して敵わない相手だったこと。

死が最も避けるべきもので、相手を倒す事より優先される。


「……そう、、だね」


理屈として正しいのは分かる。

彼が自分の為を思ってキツイ言葉を選んでいる事も。


ミナトもミナトで、アイクが納得しきれない部分があるのも理解しているので。多少の反論や落ち込み等が来ても受け止めようと決めていた……そんな時。


「でもさ……そう言うミナトも結構無茶してるよね?」


「!?」


予想外。完全に予想外の反撃。


「最初はさ。いつも背中で、行動でそれを見せて来てくれたよね……とか言おうと思ったけど、よくよく考えればミナトも危ない橋渡ってきてたよね」


そんな事はない!と言い返す事は出来ない。

思い返してみよう。

入学以来起こって来た様々な事件において功績を上げてきたミナトだったが、そのどれもかなりの危険を冒してのことであった。


「クラスが誘拐された時だって結局クロム君が来てなきゃ危なかったって聞いたよ」


「そ、それはな!一応敵の想定戦力を考えての行動だったし、あいつが来なくても最悪どうにかなる策は……」


「じゃあ王都防衛戦の時はどうなのさ!あの時魔族は二人居たんでしょ?その時も途中でクロム君と合流してたとかいうけどそれって作戦だったの?偶然じゃなかったの?」


図星を突かれ言い訳にも聞こえる発言をするミナトに対しアイクは言葉を遮って続ける。


「う……!」


恐らく彼にとって一番痛いところを的確に突く。

その時も、クロム。の二つのワードが更に強烈だ。


「合宿の時だって祟り神には有効打がないって分かって向かって行ってたし、本当に僕に言える立場なの!?」


「ぐっふ!」


(言い返せねぇ……何も反撃出来る部分がねぇ……)


昔は散々無茶をしてきた~なんて玄人ぶるどころか、割と最近でも無茶をしてきたミナトにとって。

こう言い返されては師匠面して教えを与えるなんてとても出来ない。


「……でもね、ミナトが言いたい事は分かってるよ。ほんとに」


痛いところを突かれて頭を抱えていたところに、アイクがさっきよりも少し締まった顔で告げる。


「経験も実力も対応力も、知識も判断力も僕は劣ってる。

それにミナトは僕達よりも飛びぬけて強いからその分負担も役割も重くなるんだと思うし。少なくともミナトより弱い僕にあれこれ言われても響かないとは思うけど……」


続きを言われる前に、ある出来事が脳裏に過ぎる。

正確には過去にあった記憶が掘り起こされ、姿が重なる様に見える。

そしてその過去は、そう遠い話しではない。


「ミナトが僕達を大事に思ってくれるように、僕達もミナトを大事に思ってるんだよ?」


(同じ……だな)


学園祭にてフレアに言われた事。それと同じ。


「だから……!」


「大丈夫」


最後まで言い終わる前に、被せて言う。


「それはもう、ちゃんと伝わってるから」


「!……フレアさんかな?」


本人に聞いた訳ではないが、フレアとは二学期以降接点がちょくちょくあったので。

そこで知った性格から考えて言ったのかと推察。


「よく分かったな……二人はちょっと似てるから、同じような事考え付くのかもな」


「似てる?僕とフレアさんが?えぇー…あんま分かんないけど」


「だろうな。ある人にほんの少し似てる人に似てる人にちょっとだけ似てると言われてもな」


「な、なんて?似てる、似て…え?」


「っはは。分かんなくて大丈夫だ」


もうずっとずっと昔の話しだ。


だからそんな事よりも、ミナトは今に目を向ける。


「分かった分かった、俺はアイクに偉そうに言える程高尚な人間じゃねぇ。だからさっきの話はもう勘弁してくれ。師匠としての面目が丸つぶれもいいところだから」


いつの間にか和やかな雰囲気になっていたところから、少しだけ真面目なモードに切り替えて話す。


「でも一応頭の片隅に残しておいてくれ。生き残る事が何よりも重要な事だって。

時には仲間を頼るのも手だし、撤退も恥じゃないってさ」


「うん、それはちゃんと分かってる。厳しく言ってくれた事に関しては感謝もしてるし。でも……」


「そっちも分かってるよ!もう二回目……あー、、何回か言われて来たしな。本当に気遣わせたりして悪かった」


言っている最中に何か思い出したそうだが、それも過去の事。先程同様今に意識を向け話す。


「どうやらお互い、自分一人でなんとかしようと思いがちみたいだな」


「だね……ちょっとは戦略的な事も考えられるようになってきてたのに」


「ルチアに頼り切った例の作戦の事か?」


「しょ、しょうがないでしょ?あの時は最適解だと思ったんだよ」


「別に悪いと言ってる訳じゃない。寧ろ俺でも似たような作戦にしたよ、同じ立場だったらな」


案外、この二人は似ている部分が多い。

生きてきた時代も、年数も、生き方も何もかも違うが。

どこか似ている。


「そんで最初言ってた事に関してだが……火力不足に関してはまた考えとくよ」


「!いいの?」


「考えとくだけだからな。それにお前の最大の武器はスピードで、仮に速度を捨てて威力に割り振ったとしても大して火力は上がらない」


「分かってるけど凄い言う……」


「だから弱点の補強策ではあるだけで、強みに変わる事もないし。本当の意味で万能になる事はないってのは覚えとけよ」


「はい!肝に銘じておきます」


「命じとけ、俺らみたいなタイプは一生火力に困っていくんだからな」


(ま、お前ならいずれそれも克服出来るだろうけどな……)


甘やかさないという意思の元、全ては言わずにおいておく。


「じゃあお喋りもそこそこにして、今日もやってくぞ」


「うん!お願いします!」


「じゃあ先ずは全力疾走三十分からだ!行くぞ!」


こうしてまた今日もくたくたになるまで、二人の特訓が続く。

当然ですが、超高速でタックルすればとんでもない威力になる様に。

アイク程の速度で駆け抜けざまに一閃、なんて出来たら威力はエグい事になります。

ただ今はその速度を活かした斬撃をする程の技術が追い付いていないから火力不足になる訳です。

しかし元々体も小さく魔力量も特別多くないアイクでは、どれだけ技術を付けても止まった状態での火力はそこそこにしかなりません。ミナトの言っていた通りに。

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