第百五十八話 課外授業
それは授業が始まり、暫く経ってから。
各班の進捗で言うと丁度中盤辺りでの出来事だった。
「ゴブリンの大群?」
トロールが率いる四班で、探知に優れているソニアが報告したところ。
どうやら二つの班が近い距離でその大群に追われているのだとか。
「多分進行方向的にそろそろお互い合流しそうだけど、結構数が多い」
{数が多いか……スタート位置から考えると、恐らくアイクの一班とフレアさんの二班だよな。
あそこなら大人数戦でも対応出来そうだけだが、、、盾役は少し不在気味か}
今回の班分けは主力として据えているメンバーと相性の良い者を均等に振り分けられている。
なのでアイクの班には遠距離魔法、且つ広範囲で扱えるオーズが配置されているし。
フレアの班には攻撃的なメンバーが比較的多く配属されている。
{仮に二班とも逃げ切れたとして、俺達の方にその大群が流れてきたら面倒だな。いっそ協力して片付けるのもありだな……}
今回の授業では、一応班分けこそしているものの。各班協力は許されている。
状況を見て救援を待つのも実戦ではあり得る事であるし、そういった判断能力を養う目的だ。
なのでここは二つの班に加勢しするのもアリだ。
「…もし大群とかち合ったらこっちもマズい。逃げてる所に協力して戦うという選択肢もあるが、皆はどう思う」
一通り思考を巡らせると、トロールは他の班員達の意見を聞く。
自身の指揮能力が差ほど高くないと理解している彼は、ミナトの様に自分で決めるのではなく。
皆の意見を募って正解を模索していく方針に決めていたのだ。
「俺は良いと思うよ。大群って言ってもどれ位居るのか分かんないけど、確かに面倒になりそうだし」
「大群……いっぱい」
「いっぱい……数えるとかは無理なレベルって事ね……。
じゃあ私も賛成!と言うか、ぶっちゃけ固まって行った方が楽できそうだし」
「楽かどうかは置いておいて皆意見は同じみたいだな。
よし、じゃあそっちに向かおう。ソニア、案内頼む」
「はぁ……探知続けるのめんどくさいんだよね……」
授業が開始される前から、何かあったら皆で話し合って決めようと伝えていた事が良く。
お陰で方針決定はスムーズに行われた。
{面倒くさいと言いながらやってくれる辺り、ルチアにも近いものを感じるが……なんとなく似てはないんだよな}
面倒くさがりの魔法使いである二人は、共通点も多い事から似たもの同士と言われたりする事もあるが。
それを言えば分かってない奴扱いを受けるのだとか……。
魔法をこよなく愛しているルチアに比べ、ソニアは特別魔法に愛着がある訳では無かったり。
魔法に関してなら意外と教えてくれたり話を聞いてくれるルチアと、何に対しても面倒くさがるソニア。
等以外でも。
時々ツンツンしていない様子を見せるのと、一切ツン以外を見せないのだとか。
比較的同性平均よりも身長の高い彼女と、少女と呼んでも差し支えない……どころか学年最低慎重であったり。
性格に難があっただけで容姿だけなら王都でも屈指のモテ度を誇っただろうと言われたりとか。
最後の方は何か話が変わって行ったし、本当の最後に関しては共通点なのだが……まぁこの話はいいだろう。
兎も角。この少女ソニアはあのルチアとも比較されるような人物なのだ、性格面とか。
そんな面倒くさがりで難しい性格をしている彼女ですら今回はちゃんとトロールの要望に応えている。
普段はあまりの棘のある発言と冷たい態度に氷の魔女(氷魔法は使わない)と言われたりはするが。
自分が後々面倒な目に遭いそうになったり、危険が呼びそうならちゃんと面倒くさくてもする。
そういう人物なのだ。
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一方、ゴブリンの大群に追われている方はと言うと……。
「アイク!これどうすんだよー!」
「取り敢えず逃げる!まともに相手出来る数じゃない、せめて迎え撃てそうな地形に着くまでは走ろう!」
あまりの数に迎え撃つのは厳しいと判断しひたすら逃げる為に走り続けていた。
{数が流石に多過ぎるな。他の班と合流とか出来たら何とかなるか?ルチアさんとオーズ君が揃ったら……っと、それは理想論だ。
先ず考えるのは確実に打てる手から}
アイク一人ならば、大群相手を振り切る事は出来る。
だがこれは班行動……グループ作戦だ。当然見捨てて自分一人、なんて事はしない。
{いや、僕が近くの班に協力を求めに行くのはナシではないのか?その間が少し不安だけど……考えろ。
こんな時ミナトだったらどうする、思考を止めるな、考え続けろ!}
もし自分がここから抜けるならその時に起こり得るリスク、そしてリターンがキチンと見合うかどうか。
必死に現状で打てる手を考え続けた結果……。
「……僕が他班の所に行って増援を呼んでくる!それまで皆は持ちこたえててほしい……んだけど、どうかな?」
ここで言い切らず、意見を聞く方に舵を切るのが如何にもアイクらしい。
もしルチアなら、クロムなら、頭の中に思い浮かんだミナトなら。
決めた考えを述べ切り、皆を納得させるようなものを出すだろう。もし反論があろうとも、その時はその時に対応するが。
あと一歩の自信の無さとも言えるこの言い草も、見方を変えれば驕りがないとも言える。
常に謙虚で居続ける彼だからこそ、周りの意見を素直に受け入れ吸収していく事が出来る。
長所も裏返せば短所になり得るように、一件弱く見える部分も場合によっては強みに変わる。
今回それが良いものなのかそうでないのかは結果が出てからしか分からない訳だが。
「おっしゃ任せろ!ぶっちゃけ怖いけど……いざとなったら俺がぶっ飛ばしてやらぁ!」
「ぼ、僕も大丈夫です!どっちかと言えば速く助けが来てほしいですし」
「賛成ー」
班員の意見は、全員賛成。
「っ……直ぐ戻ってくるから!」
{やろう、僕に出来る事を全力で!それだけでいい、それだけでいい…!}
この選択が本当に正しいのかどうかはまだ分からないが、受け入れてくれたと言う事実と。
ならばやり通さなければならない。選んだ道を正解にしなくてはならないという思いを胸に。
更に速度を上げ駆け始める。
「……速」
瞬く間に視界から消える程の速度で駆け抜けていく後姿に、呆気に取られそうになるも。
こちらも足を止めてはいられないと自分に言い聞かせ走り続ける。
{はは…やっぱあいつ凄ぇや}
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そこから数分程経過し、未だなんとか逃げおおせてい班員等の元にアイクが戻ってくる。
「皆、そのまま僕に着いて来て!」
詳細は分からないが、とにかく言われた通り彼らは着いて行く。
ゆっくりと話を聞いている暇もないからだ。
「合流地点で一気に迎え撃つ事になったから、そこで攻撃を合わせてほしい!」
だが伝えなければならないポイントもある、そこだけは手早く伝える。
彼の作戦を信じて更に走り続け。
恐らく合流地点であろう場所が見えてくる。
{洞窟?確かにここなら入り口も狭いし、迎え撃つには良い地形だ}
漸く見えた希望に、歓喜を覚えつつ自身の立ち回りも考えておく。
オーズの魔法は大人数相手に極めて高い効果を発揮するがその分使い方は考えなければならない。
事前に班員達と決めていた合図を脳内に思い出しておきながら、ラストスパートを駆け抜ける。
洞窟の入り口を通る直前、アイクが連れてきたと大声で伝えていた為連携はスムーズに行われた。
先ず、全員が入ると同時かほんの僅か前に上から飛び出してきた二班……フレア率いるメンバーが登場。
そのまま狭い入り口で少数しか入ってこれないゴブリンを各個撃破していく。
メインとなり攻撃をしていたのは、やはり各班の主力メンバーのアイクやフラジオ。フレアも最前線で攻撃を行っていた。
剣の攻撃音や、防ごうとするゴブリンらの爪が激突する音が響き渡る中。
「退け!!」
オーズの声が突如として全員の耳に入る。
瞬間、深呼吸を始める彼と別にアイクも声を出す。
「入り口側開けて!」
短い言葉だけで他班の者も気付く。
彼が魔法を発動するのだと。
巻き添えを喰らわないように、且つゴブリンが発動準備中の彼に向かわないような絶妙のタイミングで皆が退き。
絶好の角度とタイミングで魔法が炸裂する。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
咆哮が響き渡り、魔力に乗ったそれがゴブリンらの鼓膜を破壊する。
実質的な脳への直接攻撃にも近いそれの効果は正に抜群の一言だ。
耳を、頭を押さえる奴らを見て今がチャンスだと分からない奴は居ないだろう。
皆が一斉に攻撃へと掛かる。
さっきと違い完全な攻勢に出て、ここで勝負を終わらせる程の勢い。
「奥の奴等には効き目が薄い!気緩めないで!」
混沌とした戦場ではもう彼の魔法は使えない。
後出来る事の忠告をし、オーズは皆を見守るしかない。
{あれだけ数が居たなら効いてない個体がそこそこ居てもおかしくない。他のが回復する前に今叩く!}
音波魔法は音に魔力を乗せて攻撃する魔法。
その都合上、音が通りにくい後方には効き目が薄かったり完全に効いていなかったりもする。
オーズが言った事を踏まえ、更には今の状況を整理し、アイクは最適解を探し出す。
ゴブリン達以外の魔物が乱入があるやもしれないのなら、今のうちに魔法の効いていない個体。
つまり現状の脅威を排除しに掛かった方が良いのではないかと判断。
幸い他班と合流できたことで戦力は充分だ。
それにオーズの魔法により相手の過半数はダウンも同然。
自分一人が裏を取りに行っても特に問題は無いと考え群れの奥へと駆け始める。
頭を押さえている個体が少なくなった辺りで踏み込み。
駆け抜けざまに複数同時に切り付ける。
そして距離が開いたら再び踏み込み、またしても駆け抜けざまに攻撃を仕掛けるだけ仕掛けて走り去る。
得意のスピードを活かしたヒッド&アウェイの戦法だ。
さて、もう一度駆け抜けざまに……と足にぐっと力を入れた途端。
彼の視界に突如移るのは火の玉。
一瞬新手の魔物か何かかと思ったが、次に見えたものによりその不安は一瞬で安心へと変わる。
「ちょっと遅かったか?」
大きな盾を構えた、見慣れた人物。
「トロール君!?
いや、良いタイミングだよ」
その後続々と現れる四班の者達の加勢により、一気にゴブリンの軍団を制圧する事に成功。
漸く危機を乗り越えられたことに安堵しながら互いの苦労を語り合った。
互いにずっと走りっぱなしだった事での疲労から、休息をとる時間でも同時にあるが。
「ビックリしたよ、急に魔法飛んで来たんだもん」
「ソニアとはタイミング合わせようって話しててな、だがあそこまで事が上手く運んでたとは……」
「こっちもフレアさんとこの班と合流出来てたからね」
「……」
「?えっと、、どうかしたの?」
「ん、いや別に」
{合流云々もそうだけど、俺はただ処理の速度が……いや、よく考えるとこれ位やれるか}
急に黙ってしまったトロールを不思議そうに見つめているアイク。
暫しの沈黙が続くと、そこにフレアとフラジオがやって来る。
「やぁやぁ二人共!協力感謝するよ、本当にね」
「お陰でなんとか助かりました」
「いやいや、助かったのはこっちもだから。困った時はお互いさまって事で」
色々とお互い感謝しあったり、凄いねーなんて褒め合ったりしてると。
話は合流時へと移って行った。
というよりは、トロールが質問したのだ。
「どうやって合流したか?えっとー、、僕達が大量のゴブリンに追われてて。迎え撃つのは難しそうだったから、僕が他班に協力を仰ごうと走ってたら…」
「丁度同じくゴブリンの対処をどうしようかと悩んでるこちらと偶然会ってね」
「フラジオ君がこの洞窟見つけてくれて。ここで迎え撃とうって決めてくれたんだよね」
「よくこんな都合の良い場所見つけたな」
「ふっ!まぁこれでも合宿中森の中を駆け回ってたからね、こういう地形の戦闘はお手の物さ!」
喋り方も身振り手振りも癖はあるが、やはり優秀は優秀であるこの男。
恐らく得意の立体機動力を活かして高所から適切なスポットを探していたのだろう。
洞窟で迎え撃つ際の作戦も考えたのは彼だ。
いざという時は頭が周り頼りになる彼に、皆が関心を寄せる中。ある事に気が付く。
「ん?そう言えばフレアさんのとこもゴブリンに追われてたんだよね?」
「そうだけど……急にどうしたの?」
それに最初に気が付いたのはアイクだった。
「僕達みたいにギリギリのところって訳じゃなかったけど、振り切れてもしない位の距離で居たはず……」
{あれ?ゴブリンの群が本当に追い続けてたなら、さっきの数はちょっと少ないんじゃ?だって多少群れたところである程度の数なら処理出来るだろうし}
感じた違和感は。
先程倒した群れの数。
自分達を追って来ていた分は倒せただろうが、フレア達が処理しきれないと判断する様な数が追加で居たかと言うと……。
「……少ない」
ポツリと呟くと、三人はまだ分かっていない様子でアイクの顔を覗生きこむ。
「少ないよ、おかしい。フレアさん達を追ってたゴブリンが僕達の方のと合流してたなら、数がもっと多くても不思議じゃない。
それに僕は洞窟に向かうまでの最中他のゴブリンの気配は感じなかった。
タイミング的に直前でかち合っても不思議じゃないのに……」
最初はよく分からなかったが、皆徐々に理解が進みハッとしだす。
「あ……確かに最後の方は後ろなんて気にしてなかったから、どこまで追われてたかと言うと覚えてないかも……」
という事はまだそう遠くない所にゴブリンの群が居る。
皆がその事実に気が付き、一気にゾッとし全身に緊張感が走る。
「ど、どうする?かち合う前にもう移動始める?」
「いやでもこのままのペースだと後半息切れして尚更体力持たないかも……」
「僕もそうだと思うね。焦って動くのは賢くない気がするよ」
「大体意見は揃った感じか、でもこのまま外でってのもなんだし……この洞窟入るか?」
各リーダー格が話し合いで方針を相談し合う。
「良い案だと思うけど、、、万が一中に魔物が居て同時に外からもゴブリン達が来たら……」
怖くはあるがあり得なくはない事態をアイクが話す。
「だったら、分割しよう。
中を探索する組と、外で見張ってる組。間に連絡係を入れれば連携も取れるだろうしね」
「じゃあ俺達も半々位に分けるか。分割はどうする?」
フラジオの提案から話は進み、そう長くない時間で結果が決まる。
洞窟内を探索する組には、アイクとフレアの二名のみを送り。
残りの見張り組にトロール、そしてオーズを攻撃役に配置。
フラジオは両者の間に位置取りを続けつつ、いざという時はフォローに周る役割に。
最初はアイクが、僕一人で走って確認してこようか?と言ったがそれが却下され。
途中から話に入って来たオーズが、取り敢えず中に魔法ぶっ放してみる?と提案され却下となり。
意見を出したり潰したりしながら話は進んで行き。
洞窟内に入る前に、一度ソニアが中に探知を掛けるところからと決まった。
「一応反応は無いけど……中の形状とか魔物の種類によっては探知効きにくいから。もし中に居ても私責めないでね」
「勿論勿論!ありがとうソニアさん!」
{中に反応は無し……でもここ結構デカそうだから、探知に掛からなかった奴らが居る可能性は充分あるか。
どっち道警戒は必要だ、気を引き締めて行こう}
気怠そうにだが一応探知を掛けてくれた彼女に感謝しながら、気持ちを切り替え始めるアイク。
これからまた戦闘になる可能性があるのだ。
油断は禁物。常日頃師匠に言われている事なので体に染みついている。
「じゃあ、そろそろ行こうかフレアさ……」
そう言いかけたところで、言葉は遮られる。
「待って」
さっきよりも少し気力の入った声でソニアが突然口を開く。
「何か、来る」
彼女からの報告により、事態は急変の一途をたどり始める。
ソニアの探知は細長いタイプで、ミナトの様に広い範囲を探る。ではなく。
一定の箇所や方向に対する探知を得意とした、超遠距離攻撃を得意とする彼女らしいものとなっています。
彼女曰く「ミナト?あんなの別、化け物。比べる頭の方がおかしい」との事。
一応彼さえ除けば学内でも探知魔法はかなり上澄みの部類である。