第百五十七話 何が
異様過ぎる雰囲気で立ち上がるライコウと、遂に目の合う二人。
(なんだ……これ)
窮地に追いやられ、最後の執念を見せる獣……なんて次元の話ではない。
おおよそ一生物が抱いていい感情を超えた怒りの権化。
それが目を覚まし始めたのだ。
次の瞬間、ミナトは宙に浮いていた。
「!?」
向こうの顏が上がってから睨み合った数秒後、感覚的にマズいと感じ刀を構えたところ。
目視出来ない程の超高速斬撃が飛んできて。
なんとか防ぐ事に成功したが宙に飛ばされ、体勢が整っていない。
(は、速い!魔力強化の一点突破だとしてもこれはあまりに……)
まともに思考する間もなく、次の攻撃がやって来る。
宙に浮いたままの彼に追撃を掛ける為の、踏み込み。
衝撃で地面に抉られたような足跡が残る程強烈な一歩目から繰り出される、神速の一撃。
受けるなんて不可能だと思い、またしても勘で発動を準備していた魔法を放つ。
踏み込む前から撃てる状態にしてあったのでタイミング的な問題は無く。
一度これで勢いを止めてから……と考えたのが彼のミスだった。
目の前に放った炎からライコウが飛び出し、そのまま斬りかかってくる。なんて予想出来ずとも仕方なかろう。
確かに致命傷にはならないとは言え炎の中に突っ込むのは正気の沙汰とは言えない。
驚愕はしたが油断していた訳ではなく、なんとか次の攻撃も刀で受ける事に成功したが。
攻撃の向き…振り下ろす動きを下から受けた衝撃でそのまま地面に叩きつけられる。
(反応遅れた、急げ!立て!)
更なる追撃は寸でのところで回避する事に成功し、一度距離を取る。
魔力を足元に集中されば爆発的な初速を生み出す事ができ、それでバックステップを踏み回避したのだ。
恐らくライコウのこの速すぎる攻撃もそれを使ったものであるだろうが。
当然強力な技にはそれなりのデメリットが存在する。
今回のは単純で、魔力消費が激しい事。
魔力で体を強化して戦う剣士にとって魔力の急激な消費はよろしくない。
そもそも魔法使いほど魔力量に優れたものが少ないからだ。なので魔力量が元々少ないミナトはあまり使いたくないのだが……仕方のない時もある。
ライコウの方も、詳細は分からないが魔法使い程の量ではないだろう事からこの連続使用は賢明な判断とは言えない。
特に今は疲弊状態で万全でないのに、だ。
(クソ、今のだけで刃毀れか…急に乱暴な戦い方しやがって)
この刀は元々耐久性に難がある。
普段は熟達した技術によって刀へのダメージを最小限に抑えているが、今回のような事態ではそこまで気を遣ってもいられない。
(怒りでパワーアップなんて現実的じゃねぇが……思わず信じちまう程の威圧感。
これがあいつの本性?というより、まさかここまでのを抱えてたとはな……)
目の前に居る人物から発せられる怒りの感情は。
本当の意味で、見ているだけで分かるものだ。
感情とか細かい仕草とかの話しではない。纏っている雰囲気が、通常の人間のものではないと告げている。
例えこれを見たのがミナトでなく、普通の一市民であったとしても確実に理解出来る。
(って!悠長に考えてる場合じゃねぇ!)
ライコウが今どんな状態なのかと考え始めたミナトに、またしてもとんでもない速度で踏み込んでくる。
流石に三度目となると備えてもいたので受ける事は出来たが、力の差でやはり押されてしまう。
その後は連撃の打ち合いとなるが……。
怒涛の攻撃を仕掛ける相手に対し、ミナトは非常に冷静に対処が出来ていた。
最初こそ意表を突かれ後手に回ってしまったがそれも二度味わった。そのまま三度目、なんてなるような人間ではない。
変わり始めた相手の動きに対応していける……はずだった。
「!?」
(また動きが変わった?攻め方がどんどん自由になってるような…)
斬撃の他に、蹴りや肩での突進といった体術を織り交ぜるようになり。
動きが変わったのはそうだが、ミナト曰くリズムが独特になった。とも感じたらしい。
元々隙あらば体術だろうがその場に落ちている物だろうがなんでも利用するスタイルではあったのだ。
それを多用し始めた、頻度が増えたのだ。それでリズムなのかもしれない。
二人の戦いはそこからしばらく続いた。
次々と動きが変わっていき、予測不能を更新し続けるライコウに。膨大な経験と極まった技術で対応し続けるミナト。
最初は深夜だったはずが、気付けば陽が上り始めるまで戦いは続いていた。
美しい朝日を背景に行われるは死闘……なんとも言えぬ光景だ。
(こいつ……あんだけ無茶な動きしてまだ動けるのか?どーなってやがる…!)
魔力切れや体力の限界等、この動きがいつまでも続く事はないと踏んでいたミナトだったが。
ライコウは未だ動き続けていた。
勿論徐々に鈍くなってきているが、それは両者どちらも。の話しであり。
全くの想定外の展開が繰り広げられていたのだ。
「お前……いいのか?そろそろ追ってた奴が参戦して来るかもしれねぇぞ?もう余力残ってないだろ」
息を切らしながら突然告げる。
そもそも今回は倒す事を目的にしている訳ではない。
下手に戦いが良い所までいき、第三者に疲弊した所を捕まり法の下に引きずり出されるような事になる位なら。
逃がしてしまおうとも考えていたから。
しかしこのままでは最悪の事態可能性が高くなってきている。
正直ここらで逃げてもらい、また巡り合った時に決着を。というのが理想なのであるが果たして。
「……」
返事はなし。
このまま考え無しに戦闘続行するのを避けたいのは向こうも分かっているはずだ。
言い分からしてミナトが逃げる事を推奨しているのも。これまでの会話から恐らくそれを止めない事を。
(マズいな……こうなったら最悪俺が街から離れて追って来させるか?兎に角戦い続けるのは絶対NGだ。
近い内に騎士団なんかも介入してくるだろうし、、、ゆっくりはしてらんねぇな)
強引にでもライコウをここから引き離そうと考え出した時、ようやく向こうが口を開く。
「……お前は、、何が目的だ」
「……は?」
突然の問い。
「どうして俺に構う。何故止めようとする」
暫し間が開く。
先程の事から安易な発言は避けるべきと考え言葉を選んでいるのだ。
「見てられないってのが一番かもな……お前を見て、お前の事をほんの少しかもしれないけど俺は知ってしまった。
そうなった時点で何もしないって手はなかったんだよ」
(俺みたいな人はもう、増えなくていい……)
最後の一言だけは心の中に留めておいて、間違いのない本音を話す。
「俺は別にあんたを打ち負かしたい訳じゃないし、捕まえて罪を償わせたい訳でもない。
だからここは退いて貰えるとありがたいんだが……」
言葉を交わそうとしてくれた事は大変嬉しいが、悲しい事に今は時間がない。
会話が聞こえる範囲に人が居ない事を確認してから更に本音を告げ。
素直に退いてほしいと伝える。
「……」
またしても間が出来る。
どちらも喋らない、静寂が二人を包む。
「……ふん」
それを打ち破ったのはライコウの方であった。
「分からぬ奴だ」
最後にそう吐き捨てると、どこかへ向かって歩き始める。
どうやら願いは届いたようだ。
「はーー……」
疲れからか、大きなため息をつきながらその場にドカッと座り込むミナト。
一応魔族の拠点突入からほぼ立て続けという連戦であったのだ。
長い一夜……というには陽がもう登っているが。
ともかく戦いは一旦幕を閉じ、ようやく肩の力を抜く事が出来た。
(何があそこまであいつを……)
大きな謎を残したまま、ライコウは去って行った。
結局被害者の事を調べたところで推察出来る事はまだまだ少ない。
何故人斬りとなったのか、何があれば一体あそこまでの怒りを抱けるのか……。
まだ知らなければならない事は幾らでもある。
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その後は、駆け付けた騎士団からの事情聴取を受ける事になったが。
元々ライコウと戦っていた一団を見て、加勢しなければと思い自分も参戦した。
必死に喰らいついて先程まで戦っていたが最終的には逃げられてしまった。
自分の失態です……と俯きながら言えば、向こうはこちらを変に勘ぐる事なく返してくれた。
一応「若いんだから無茶するもんじゃないよ」と注意はされたが。
指名手配犯と命懸けで戦った勇気を称賛して今回はそこまで、としてくれたようだ。
後怪しまれなかった理由としては、聖魔祭で俺を見たと言う人物が居たため。実力や身元の保証が出来たのも幸運だった。
騎士団との話も終えてから、ようやく彼は眠りにつく。
今日一日はダンとロウも休ませて。明日解散とする事にした。
二人は、今日の夜からもう稼働しようとしていたが。
我儘を聞いて貰ったからと言って、ミナトが無理やり休暇を取らせた形だ。
そんなこんなで一連の流れは終わった。
週末に合わせての遠征だったので、次の登校日はそこまで焦る事なく登校する事が出来た……のだが。
教室にて。
(……なんか皆雰囲気変わったか?)
自分が居なかったのなんて精々数日のはずだが、何やらクラスメイト達の様子がおかしい。
別に何か嫌な事があった風でもなく、逆に嬉しい事があった風でもない。
強いて言うなら……シュッとしている。
ふざけているのではなく、本当に皆の顔がシュッとなっているのだ。
何が何だか分からないミナトは、取り敢えずアイクに事情を尋ねようとしたところ。
丁度朝のHRの時間となってしまい。ミケーレが教室へと入ってくる。
時間を確認するのを忘れる程皆の様子が気になっていたのだろう。
少々らしくない感じだ。
まぁ本来らしくないのは他の皆の方なのだが……。
「では、連絡事項を話していくが、、、先週言っていた通り、今日の午前は個人面談となる。
以前と同じ様な形で一人一人呼び出していく形だ」
(聞いてねぇ……)
以前と同じ形とは、留学前に行われた時のもの。
授業中に一人一人順番に呼び出して行き、先生と一対一で話していく。
前回は留学に行くか否かの確認や、度重なる事件や事故による精神的な問題の為であったが。今回の目的は……。
「先生に聞きたい事があります」
例によって例に如くか、面談で最初に呼ばれたのはミナトだった。
テーブルを挟んで向かい合って座る二人なのだが、今彼は身を若干乗り出す形で問いただす。
「お、おぉどうした……」
これまで見た事がない程身を乗り出す彼に、こちらも若干押される形で受ける。
「俺が居ない間何があったんですか。正直に、且つ詳細に教えて頂けると嬉しいんですけど」
内容はクラスメイト達の異変について知る為のものだ。
「そうだな……お前が聞きたい事は分かる、だから何があったかも単刀直入に言おう」
やはり話の早い二人の会話。
ミナトがじっと答えを待つと、飛んで来た答えは……。
「課外授業、あれで少々イレギュラーが発生してな。
具体的には……ホワイトワイバーンと交戦した」
(ほわいとわいばーん?……ホワイトワイバーンだと?)
「いや、、いやいや。いやいやいやいや、交戦?てことは、戦ったんですか?」
「そうだ」
本当なら、一通り文句を叫び散らしてもいい名前が出てきた。
だが彼はそれを堪え。なるべく知的に、合理的に話を進めようと心を沈める。
大きなため息をついて、暫く自分を落ち着かせる時間をとってからまともな言葉を捻り出す。
「……経緯をお願いします」
ホワイトワイバーン。
レイドボスであるネヴィスドラーゴ程ではないが、天災の類のモンスターであり。
最高クラスの冒険者チームが複数集まって討伐されるのが基本。
討伐難易度は最上級に分類される、まさしく化け物だ。
学生なんかが相手にするなど言語道断。
絶対あってはならないのだが、そこはミナトも分かっている。
うちのクラスが普通ではない事も、実力が確実について来ている事も。
しかしだからと言って、はいそうですかと流せる話でもない。
「どの道話しておくつもりだったからな。
と言っても本当の詳細は私もあいつらから聞いたものなんだが……」
そうして彼女は語り始めた。
ミナトの居なかった課外授業で、何があったのかを。