第百五十五話 見えないところ
「はぁっ…はぁっ……ぁあ?」
息を荒げるボリックは、左肩に負った深い傷跡を右手で庇うようにして。
完全に追い詰められた者の風貌であった。
まだ残っている一人のお仲間も既に諦め状態のようなものであり、ただ突っ立っているのみ。
対してこちらは無傷、消耗もあまりしていない三人。
差は歴然。
しかしここで追い詰められた敵が思いもよらぬ行為に走る。
突然ボリックが最後に残った味方を攻撃。
「!?」
血を操る系の魔法だろうか、腕から生やした赤黒いモノで体を突き刺し。
命でも吸い取る様に片方は力を増し、もう片方は生命力を失っていく。
最初はうめき声を挙げていたが次第にその声すら出なくなり、体が萎れていたかと思ったらそのまま塵となり消滅。
完全に死ぬまで搾り取ったのだ。
それから魔力がまたしても急増したのが分かり、ボリックはケヒヒと笑っていたが。
もう奴は知的生命体とは言えないような様相であり。
恐らく自分の名すらもう思い出せないだろうと言える程理性が消し飛んだ表情。
(だからか……)
一連の様子を見てミナトは、何故こいつがこの地に残されたのかを悟った。
真に恐れるべきは有能な敵よりも無能な味方、という言葉ある。
こいつは無能では無いかもしれない。
だが知性がなくなり終いには味方まで攻撃するような奴を、組織は戦術に組み込みたいと思うだろうか?制御不能であり、そのデメリットを差し引いてもプラスになる実力がある訳でもない。
要は見捨てられたのだ。
見限られ。こいつは役に立たないどころか、足まで引っ張ってくると分かったから。
(素質はあったのにな……最悪の典型例だ)
無論魔族に情けや同情などは無い。
だが反面教師にはなる。
自分の仲間達には決してこうならないよう導いて行こうと強く思える瞬間ではあったからだ。
________________________________________
結局、その後苦戦などはする事なく討伐に成功。
話を聞き出せるような状態ではなかったので生かす理由もなく、即抹殺。
尋問などせずとも脳から情報を引き出す魔法は存在し、更に部下に扱える者もいるのだが。
情報系統の魔法に特化している為戦闘能力が皆無なのだ。
だからここへ連れてくるのは危険だと思い招集は掛けなかったのだが……。
ここまで苦戦しないと思っておらず、これなら読んでおけば良かったと思ってしまう。
しかし実際来てみなければ分からなかった為、リスクリターンを考えれば一概に悪手だったとは言えない。
それでも後悔事態は多少残ってしまうかもしれないが。
微妙にやり切れないような思いのまま街の宿に戻った一行。※尚微妙な思いなのはミナトだけの模様
(結局今回も成果無し。
多分部下がやられたのは今日の奴等じゃないだろうな。きっと別で居た魔族だろう。
情報を得るどころか敵討ちすら出来ず……情けない話だほんと)
内心自分への怒りもありながら自室に入り、椅子にやや乱暴気味に座る。
別に特別不快に見える訳でもないが普段の彼と比べれば少し苛立っているのが分かる程度。
戦闘時以外でここまで感情が乱れているのも珍しい。
そんな中、ある気配を感じ取る。
「これは……!」
思わず立ち上がり、気配の主の顔が浮かびそうになった瞬間。
コンコンと部屋のドアにノックがされる。
相手は誰だか分かったので向こうが名乗るよりも先に入れと告げ。
言われた通り扉を開け入って来たのはダンであり、発せられた言葉はミナトが考えた通りのもの。
「人斬り……ライコウが現在市街で戦闘中の模様です」
鋭く、洗練された。だがしかし深い闇を纏っている様な…そんな気配の持ち主はやはりであった。
「ロウも直ぐに出られるようにしています、私も同様です」
もしも出るというのなら自分達もお供します!と言った面持ちで報告するが。
彼は頭を下げて短く告げた。
「済まない、あいつとは俺一人で会わせてくれ」
頭を下げられた側のダンは、その行動に対して強く辞めてほしいと直ぐに訴えかける。余程それが嫌だったのだろうと分かる。
一方で下げた側は、申し訳ないながらもこうなる事が分かって行動していた。
言ってしまば悪いが、こうするのが一番手っ取り早いともう理解している。
という打算的な考えももちろんあるが、何よりも本心だからこうして誠心誠意の態度を取っているのが一番だ。
「分かってる、あいつは俺より強い。
でもそうしなきゃならないんだ、頼む」
「っ!……」
彼のライコウに対する執着は少し妙とも言える程のものだ。
よく挙がってくる報告として魔族関連には強く関心を示すが、それはそうしなければならないから。必要な事だからだ。
対してこの人物はどうだろう。
言ってしまえばもうミナトが一々どうにかしなくてもいい相手ではあるし、ハッキリ言えば今はあまり時間もないので、ライコウに対して構う暇はない。
{これが聞いていたあれか……確かに直接見るとこれは……}
ダンは、ミナトと最も接する機会が多く、且つ今回の件では直接話を聞いたあのマスターから一つ別件として話を受けていた。
それがこのライコウに対する執着心だ。
自分達が従うボスの感情や興味、所謂心は時折人並外れる事があるというのは。一部の人間には分かっている噂として組織内で長年語り継がれてきている。
だが以前も言った通り、彼に直接会う者というのは多くない。
例にもれずこのダンも直接会ったのはこれで二回目であり。同じ同僚の者達からは羨ましがられる程の幸運扱いの数字。
ロウに至っては今回が初めてだ。
そんなダンにとってずっと噂だけだったこれを見た時、想像していたよりもずっと言葉が詰まる感覚を味わっている。
恐怖でもない、余りの奇行に引いた訳でもない、だというのに。
言葉には決して出来ないような妙な感覚。
ある種の威圧感にも近いそれを間近にし、短い時間で考え抜いた末の答えは……。
「……了解いたしました」
断る事など出来ない。それが答えであり、恐らくこの場に居たのがどの部下だろうが同じ答えになっていただろう。
「本当に毎度我儘を言って済まないな、それじゃあ俺は行ってくる」
「ご武運を」
そう言って見送る事が精々であった。
部屋の外にて武装をしたはいいものの、答えはなんとなく分かっていたロウがミナトが出て行った事を確認してから部屋に入る。
「やっぱこうなったか」
「……ああ」
ロウも初めて直接彼を見て、僅かな時間でも人となりを理解していたので答えは予測出来た。
「うちのトップは、何て言うか……凄ぇ人だな」
凄いの意味がどうかは濁したかったのだろう。
というよりさっきと同じで、言語化が難しいのだ。
単に強いとか、信念が硬いとか。そういう事じゃない。
ありきたりな言葉では測れない何か。
その何かがある人物だから。
「だからあの御方はあの御方なんだろうな」
人並外れた精神力、心。
磨き上げられた技や百戦錬磨の経験ではない。
体の内に秘められたモノこそが彼を彼たらしめるのだ。
そんな自分達のボスを見送った後、自分達にも出来る事、すべき事があると二人も動き始める。
ミナトのサポートだ。
無関係な人達が巻き込まれないようにや、第三者の介入を防ぐといった事が主となる。
彼等はまた陰ながらも支える、自分の命の恩人とも言える人物を。
尊敬に値すると心の底から思い忠誠を誓っているしている彼の事を。