第百五十二話 彼らにとって
大陸北東に位置する小国、シンボロ。
そこはかつて、魔王軍が侵攻を始めた当初から支配されていた土地で。
今でも魔族への警戒心が強く、恐怖の時代が再来しないよう次の世代へと伝承を託してきた。
他国と比べると少し文化の違う国になっている。
(久し振りに来たけど、、やっぱ変わるもんだな)
世界中を周っているミナトなのでここにも当然過去来た事があるが、実はそれは一度や二度ではない。
定期的に訪れては何か情報がないかと探りに来るのだ。
この国は出で立ちから特殊だ。
魔王軍の影響で住む土地を失った者達が、各地から集まってここに辿り着き国にまで発展していった。
だからここは各地から持ち込まれた習慣や風習が複数あるという面白い場所になっており。
当然文化が集まるのなら情報も集まってくる。
本や、古の言い伝え。
迷信なんかも場合によっては重要なカギを握ている事もある。
元々求めている答えの欠片を見つけるのさえ数十年に一度程度のミナトからしたら。
そういった些細な事も決して見逃せない。
事実この国では解呪に関する情報を入手した場所で、彼にとって初めて希望が見えた土地でもある。
などの事から一世紀に1~2回程訪れているのだとか。
(この後呼んでもらった二人と合流して、下見兼元々現地に居た奴らの確認をする流れだったか……。
今の間にもう一度武器の手入れでもやって時間まで待つとするかな)
確認、と言っているがもう既に覚悟は決まっている。
そうでないとは思いたいが、九割九分の確率で亡くなっているであろう同胞を探しに行くのだ。
要は遺体の回収作業。
人間相手ならば、尋問などを受けたりしていてまだ生きているなんて事もあるかもしれないが。
魔族に限ってそんな手を使わない事は分かり切っている。
もう自分達が出来る事は、せめて彼らを弔ってやる事だけだ。
そんな事を考えると気が滅入る一方なので、彼も何かしら手を動かして気を紛らわせている訳だが。
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「お前ら、準備はいいな」
夜。
時間になると、今回選ばれた精鋭二名に答えの分かっている問いかけをして意思を確認する。
「当然でございます」
二人共忠義を重んじていそうなタイプに見えるが。
それ故確認しなければならない事がある。
「覚えているな。今回の優先事項と、いざと言う時の対応を」
「は。必ず生きて任務を遂行する事、そして……」
一人はその続きの言葉を言わなかった。
言いたくないのだろう、少し苦い顔をしながら言葉を発することなく喉元で留めている様子。
「自分達の命の保証がない場合俺の事は放っていけ、これは命令だ。従ってもらうぞ」
「っ!しかし……」
「おい止せ」
何か言い返そうとする片方を止めているが。
そちらも表情は芳しくない。
「俺はこれでも四百年間生き延びてきたんだ、お前らに心配される程やわじゃない」
どれだけの窮地を潜り抜けてきたと思ってる。
彼は一切の迷いもなくそう言うが、言われた側に素直に呑み込めと言うのは酷な話だ。
だがそもそも前提を思い出してほしい。
「いざと言うという状況にならなければいいんですよね?
ご安心ください、私達も貴方様に及ばぬとは言え多くの困難を乗り越えて来た経験がございます」
「無事に任務を終えればこんな話も必要なかった事になります。どうか成功の事のみお考え下さい」
マスター以外でも、一端の構成員まで漏れなく全員ミナトへの忠義はかなり厚い。
元々構成員になる者の殆どは、命を救われたり肉親を失って行く当てがなかったところを拾われたりと。
それなりの境遇を経てこの仕事に辿り着いている。
中にはミナト本人に助けられた者も居るが、多くはそうでない。
だとしてもボスである彼への忠誠心は計り知れない程で。
一生彼に会う事なく生涯を終えたような者も居るが、それでも忠義は心からあった。
自分の命の恩人とも言える人が、崇める程に忠誠心を持っている相手だ。
ならば自身も忠誠を誓おう。といった流れが続いて行った結果今のような状態になっているらしい。
「…良い心意気だ、下見とは言え油断するなよ」
ここからはハンドシグナルを使って隠密に徹し。
相手拠点周辺の地形確認、警備や野良でも魔物が居るかどうか。
外から確認できる位置に同胞の遺体があるかを探す時間が始まる。
が、結果的に言ってしまえば。
数時間辺りを調べても分かったのは、誰も居ないという事だけ。
拠点内部に潜んでいる可能性は普通にあるだろうが、出入りしている様子はなく。
その内部を調べようにも、一つ懸念点が存在する。
探知を妨害する結界を貼る者もあるが、それならまだいい。
最悪なのは探知された事を探知する結界。
こちらが相手を調べている事を相手に知られる事になる。
しかも厄介なのは、その手の結界は探知妨害のものより外部からは存在が確認し辛く。
安易に探知魔法を使ってしまえば相手に警報が鳴るだけという結果になってしまう可能性もある。
焦って警報でも鳴らしてみれば、もしかすると更に仲間を呼ばれ対処が追い付かなくなる事を考えると。
リスクは取り切れない。
ので、侵入経路と逃走経路のみ確認すると三名は陽が出るより二時間も早く引き上げた。
これは本来の予定よりかなり早い。
指示を出したのは当然ミナトだが、安全第一の今回の任務において無茶は絶対に出来ない。
仮にしなければならない場面が来たとしてもそれは今じゃない。と早めの撤退を指示。
(明日乗り込んで制圧すれば問題は無い。万が一は起こらない、起こさせない)
強い決意を胸に秘めながら、英気を養いに宿に戻るのだった。
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一方ミナトの居ない学園はどうだったかというと……。
「……」
「……」
「……」
彼がが居ない事に少し寂しさを覚えているアイクと。それが心配、且つ自分も似たような気持ちのフレア。
今日居ない奴に関してはどうでもいいが、どこかふわふわした様子の彼女を大丈夫なのか。という目線で見守るルチア。
のような並びが作られていた。
「あれ、どう思うよ。ルール変更」
そんな時三人の耳に入って来たのはクラスメイト達のちょっとした雑談。
「俺は良い判断だと思うぜ、あんなのミナトが特殊過ぎたんだよ。次任せられる奴のプレッシャー考えたらな」
「それなー」
話しの内容は、今朝担任のミケーレから内容に変更があったと説明を受けた課外授業。
前回と違う場所であるという事も知らされたが、一番の大きな変更点は。
リーダー制から班に分けての行動になったという点。
理由は先程のクラスメイトが話していた通り、そもそもクラス丸ごとの指揮なんてかなり難しい。
防衛戦なんかの動かないタイプならまだしも今回は目的地に向けてガッツリ移動し続ける。
常に動き続けながら的確な指示を飛ばすなんて至難の業だ。
二組は天才的な頭脳を持っているサヴェリオが参謀だったと言うが、それでも他に複数人がサポートをし。
それと、前線ではクロムの負担も大きかったという話もある。
なので次回は合宿時と同様のスタイルに変更し。
先ずは少ない人数での連携を練習してから。
また以前に近いような形態に戻していくようだ。
{先生の説明では。現状ではリーダーの負担が大きいから、先ずは少人数からでもいいから連携に慣れていく為。
って言ってたけど多分それは半分嘘……というより言っていない部分がある。
二組はまだ一部に負担が乗ってるみたいだけど、多分同じルールでも問題なくまた授業を突破できるし。回数をこなして行けばきっとよりスムーズな指示体制が構築されていって、より洗練された連携になっていく}
アイクは、他のクラスメイトよりも更に深い所まで考えを巡らせていた。
今回ルールが変更になった訳をより明確になるところまで。
{ただうちには居ない、全体に指示を飛ばせるような人が。
勿論ミナトの代役を出来る人なんて多分学生の枠を取っ払っても中々居ないけど……。
やっぱり僕じゃ候補にすら挙がらない}
実戦を踏まえた選出法でなかったとはいえ、彼もまた学級代表。
それはいつか実戦でも皆を引っ張っていけるようになりたいと言う思いもあっての立候補だったし。
過去ミナトにもいずれそうなるよう頑張るんだぞ。とも言われていた。
だからこそ今回の処置は悔しくもある。
実力不足は分かっているし、全体の指示出しに必要な能力は単純な戦闘能力だけじゃない。
分かってる。分かっていても思うところはどうしても出てきてしまう。
{悔しいな、、これ結構。
思ってたよりも悔しいかも……でも、負けてられないとも同時に思えるようになったのは、僕もちょっとは成長できた証なのかな}
やはり悔しくはあるが、この胸に秘めている感情をプラスに捉える事も出来ていた。
{課題点は明確だ、その為に何をすべきかも分かってる。
それらを全部克服すればいずれは僕もミナトみたいに……だから悔しいけど、今はそれがありがたい。
この思いがあればより強く前への一歩が踏み出せる気がするから}
王都から去る前にミナトから伝えられていた暫くの練習内容。
メニュー一つ一つにはやる理由が、アイクの長所と短所になぞらえて書かれてあった。
今はそれが指針となる。
書かれてある課題点は山ほどであるが今のアイクにはそれすらありがたい事で。
明確に打ち込めるものがある方が伸びが早い。と、師匠の彼は見抜いていたのだ。
それと、残されたメモを眺めながら闘志を燃やすアイクには知り得る術のない事だが。
大量に書かれた課題点はあるものを基準に書かれている。
これらを全て克服し、書かれてあるよう出来るようになったならば。
完全に自分を上回る存在になれるという基準が。
知識、技術、経験、身体能力。あらゆる点において、だ。
彼にとってもうアイクは、自身を越える存在だと確信している相手となっている。
表向けのミナトの欠席理由は、お墓参りとなっています。
そう言えば事情を知っているクラスメイト等は何も言えませんし、あまり追及もされてこないから。
というのが理由だそうです。が、これが嘘だと気付いている者も数名は居たりします。
今回名前の出たアイク、フレア、ルチアもそうですが。他で言うとソニアも実は気付いています。
彼女の出番もまた用意してるので少々お待ちを……。