第百四十四話 試練と、そこから見えるもの
聖魔祭でも優勝を納め、自身が負けた相手にすら勝った人物。
そんなミナトと実力差があるのは分かっていたし、展示会襲撃犯達との戦闘時にも。彼の強さはよく伝わっていた。
でもアイクにまで敗れたのは、正直に言うとベルにとって予想外の事態で。
決して舐めて掛かっていた訳ではなく見下していた訳でもないが。
心のどこかでそう易々と負けはしないだろうと踏んでいて。アイクらと合流してテロリスト達と戦った時に見た動きからしても、その考えは変わらなかった。
だが先程、その相手に文句のつけようがない位に敗れ。
更には再びミナトと打ち合わされ。またしても劣勢に立たされ続けている。
噂を聞きつけやって来た見学者の者達も、普段の余裕のあるベルの姿からは想像できない程追い込まれているその姿は。衝撃的に映っただろう。
「はぁっ……っ!」
「……」
アイクのような並外れた速度でもなく。まして全てを薙ぎ払うパワーでもない。
純粋な剣の腕のみで相手を圧倒し続ける。
まるで弱った獲物を追い詰めるかの如く淡々と、されど油断はせず。一歩ずつ追い詰める。
異様にも見える光景に周囲の生徒達は息を呑むしか出来なかったが、アイクとトロールだけは少し違った。
普段の彼を知っている二人は今の異常性に気が付いていて。
{あいつは普段俺を相手にする時は多少手を抜いている、それは練習にする為に必要な時は。だ。
時には俺相手にも全力を出す事もあるが、アイクにはいつも全力で相手をしている。
最近は喰らいついて行けるようになったからあまり見なかったが、、、今のこれは少し違う気がする}
特訓を始めた当初のアイクのやられっぷりは確かに凄まじくて、それを見た周囲が鬼教官だの言い始めた訳だ。
今の打ち合いの様子は少し違って見え、何かその時とは違いミナトから強い感情の様なものを感じる。
というのがトロールの感想らしい。
そしてそれは概ねアイクが感じた事と同じであったが、こちらは更にその少し先まで感じ取っていた。
{ミナト……もしかして、、怒ってる?}
あの剣に込められている思いとは、怒りなのではないか。
確信は出来なくとも不思議とそう感じ。しっくりと来る結論だった。
実際感情はあまり表に出さないようミナトも今は振る舞っているが。
剣筋にはどうしても出てしまうものがある。
仮に言葉は使わなかったとしても伝わってくる思いが。
そしてそれは剣を受けている本人が最も感じている事だろう。
「ベル」
突如ここまでの沈黙から一転、いきなり口を開き始める。
「何故アフィスを使わない」
「!」
「今だけじゃない、さっきのアイクとの時も。何故だ」
最初の打ち合いが始まる前、ミナトはあえてアフィスを使うよう挑発とまでとれる言動をとっていた。
それに関してベルも少しは思うところがあったのも事実としてある。
だが結局使う事はしていなかった。
「条件だとか効果的じゃないだとかは言わせないぞ、聖魔祭の時と今で何が違うって話だからな」
周囲で見ている者達にはこの会話は微かにしか聞こえないので本人が分かる事は無かったが。
アイクの予想は当たっていと言えよう。
今の彼の問い詰め方は。声色、言葉の選択、表情、剣筋。その全てが普段とは違って見え、原因が怒りだとするなら簡単に納得がいく。
「……魔法をどう使おうかなんて自由じゃないですか」
剣に圧倒されながら、ようやく言葉を返すベル。
「そうだな、全く持ってその通りだ」
言っている事には同感だと言っているのに。
彼からはちっともそんな気配は感じられない。
「魔法をどう使おうが自由だ、ルールの範囲内だしな。それに当然だが剣をどう振るおうかも自由だ」
「?それがどうしたんですか…」
「……気付いていないみたいだから俺から言おう。
お前の剣、随分堅苦しそうだな」
「!」
次の瞬間、周りには絶対に聞かれたくなかったのか。鍔迫り合いの距離まで近付いたところで一言。
「少なくとも、アレウスはそんな剣じゃなかった」
かつての友の名を出すと、そんな事当然知らないベルは困惑の様子。
「何を言ってるのか分かりませんね……それに、一応これでもアレウス様の剣術を受け継いでいるのですが」
「そうか?今のお前を見てると決してそうとは思えないが」
今のミナトが敢えて煽るような言い草で言っている成果か、遂に向こうも感情が露わになり始める。
「一体、、ミナト君に何が分かるって言うんですか?僕の事もよく知らないのに」
このタイミングで一度鍔迫りを解き、距離を離す。
「確かにお前の事はよく知らない、でも今お前がどんな状況かは分かる。客観的に自分を見ないと分からないことだってあるもんだぞ」
せっかく距離を離し落ち着こうとしたばかりなのに、この発言には少しカチンときたのか。
ベルが一気に距離を縮め再び鍔迫り合いの状況に戻る。
「本当に何が言いたいんですか、もしかして動揺させて皆の前で更に恥をかかせようと?」
「……確かに焦らし過ぎたな、そろそろ本題に入ってやる」
恐らく焦れた原因は個人的な怒りだろう。
「お前が何に縛られてるか俺には分かる。その解決法もな」
堅苦しい剣。
先程そう称した剣に、ミナトには思い当たる節があった。
当時仲間達と旅をしていた頃。
各地で次々に戦果を挙げていた彼らは、次第に勇者アレウスの一行。として徐々に名が広まっていっていた。
最初は何も考えず、ただ誰かを守る為に。目の前の敵を倒す為に剣を振るっていたアレウスだったが。
ある時ふと気付いてしまった。
隣には頼りになる仲間達が居る、そしてその後ろに誰が居るのか。この後ろの人々の存在に気付いてしまったのだ。
いつの間にか背負っていた期待という思いの集合体は。
まだ若いアレウスには重すぎるもので。一時は動きに精彩を欠いたり、いつものような判断が出来なくなってしまったりもした。
そんな時、旅立ちから居た相棒である以前に。親友であるミナトが一発ぶん殴って諭したり。
普段アレウスに棘を刺す事は珍しいエルが予想外の言動を喰らわしたり。
変わらず隣で支えると言い続けたケレスや。
年齢的にも兄の様な立ち位置であったレイモンが、重荷は一緒に背負ってやると言ったりなど。
もう彼以外誰も覚えていない、どころかそもそも知りもしない事が四百年以上前にあった。
そして四百年の時を経て。
友の血を引くベルの姿が重なったのだ。
(あの時と状況とか、細かい悩みの種とかが違うのは分かってる。
ベルはベルであってアレウスでも何でもない。でも俺が言いたい事はやっぱり同じだ)
突然積み上がったものに苦しんだかつての友と、生まれた時から絡みついていたものに苦しんでいるこの少年。
時代も背景も、悩みの原因が全く異なっていたとしても。
彼が掛けられる言葉は同じだった。
「言え!自分の名前を言ってみろ!」
一見すれば何を突然言っているんだと思うこの言葉。
実際かなり大きめの声だったのでアイク達にも聞こえてはいたが、ベルも含め全員が困惑していた。
だがこの質問は、かつて伝説の勇者アレウスが最も大切にしている事でもあったのだ。
「ベル……ベル・エレディータ」
訳が分からないまま名乗ると、直ぐさま訂正の言葉が飛んでくる。
「違う、今お前の家系の話はしてない。お前はただのベルだ」
「……それが何なんですか」
一言目の大声であまり気にしなかったが、一連の会話はかなり面倒くさい内容だ。
ベルも最早若干呆れ気味である。
「お前が縛られているものの正体はその苗字だ、家系だ、血筋だ」
ここでようやく答えを言う。
「だがそんな物関係ない、お前はただの少年ベル。
そのつもりでかかって来い」
ありきたりな言葉かもしれない。
身分や立場は関係なく、自分自身でいていい。
世の中に溢れる言葉、これ自体にベルの心が動かされる事はない。
ない筈なのだ。
頬を伝い流れ始めた涙がなければそう言えたのだが。
偶然にも以前似たようなことを言われた過去から来る、奇跡的な響き方。
「あ、あれ?なんだこれ……」
話しの内容はいまいち理解出来なくとも、ベルが涙を流しているということは見ている生徒達も確認できた。
その事に再び周囲はざわついていて。誰もその理由は分からなかったが。
またしても、アイクだけはなんとなくで分かる気がしていた。
{平民の僕と、優秀な家系のアレウス君とじゃスタートの時点で色々違うし。二人が何を話してるのかも分からないけど。
これだけは一緒だから、分かるよ}
かつて彼と剣を交えたクロムは僅か数撃のみで。彼の積み重ねてきた努力、そこから来る心の強さ、重みを感じ取ったように。
普段あれだけミナトにやられっぱなしだと言うのに、アイクが投げ出したりせず今も情熱を抱き続けているのも。
勿論本人の心の強さもあっただろうが、受けてきた剣から伝わってくるものを浴び続けているからだろう。
彼という人がどんな人物であるか、どんな人生を歩んで来たのかを。
それは長い時間喰らい続けたベルにも徐々に伝わって言っており。
自覚するのに時間が掛かっただけでずっと流れ込んできていたのだ。
「お前もさっきアイクとやり合ったなら分かるはずだ。
確かに馬鹿が付くほど真面目な奴だけど、剣はどこまでも真っ直ぐで止まる事を知らない。
少なくとも不自由な剣を振るう事は絶対にない」
ベルにはこの言葉が本当によく理解出来て、だからこそ心に酷く刺さった。
゛良いですか、アフィスとは古の勇者アレウス様がお創りになった神聖な……゛
゛ベル様は優秀できっと今度の聖魔祭でも素晴らしいご活躍を……゛
{……うるさい}
゛準決勝敗退……せめて決勝にはね……゛
゛優秀と言っても飛びぬけている訳じゃないし、この程度かもな……゛
{なんなんだ}
゛あなたはエレディータ家に生まれたのです、それを誇りに思って……゛
{一体何だって言うんだ、もう……}
ここに来てフラッシュバックして来るのは、本人にとって苦い記憶。
家の使用人、幼い頃の教育係、社交界で聞いてしまった噂話、すり寄って来る者達の上辺だけの言葉の羅列。
英雄否定派が、未だに伝説に縋って国が動くのはおかしい。と言っていたが。
縋られている彼らからしてみれば、存外似たような意見なのかもしれない。
口を開けば、やれ勇者の子孫だと。
この国を引っ張っていく存在がどうだとか。生まれた時から勝手な期待を押し付けられて。
見せしめの様な気分だ。
鍛え上げてきた剣も敗れ、周囲の生徒には恥を晒し。
追い打ちをかけるようなミナトの厳しい言葉が刺さる。
そんな限界寸前の彼に声を掛ける者が一人居た。
「ベル!」
「……ゼノ?」
かつては狂犬と言われ周囲とぶつかってばかりの問題児。だけども今はただの友人として。
名家の出自としてエリート街道を通ってやって来たベルと、スラム街から這い上がって来たゼノ。
もし本当の友達という定義が、互いの事を心から信じあい信頼を寄せられる関係。だとするなら。
この二人ほどその関係がピッタリな者も珍しいだろう。
名前を呼び合っただけで、目を合わせただけで何かを感じ取る二人。
そこまでの信頼関係を築き上げてきた話をするのには、少し時を遡る必要がある。
勇者パーティーは計五人。
加入順は。二人で共に旅立ったアレウスとミナト→出会った順でいけばケレスですが、正式な加入はほぼ同時期のエル→結果的に最後の加入者となったレイモン。の順です。
また、レイモンの細かい設定まで決めきれたので登場キャラまとめも更新しておきます。
気になる方はまたご覧になってください。