第百四十三話 積み重ねてきたもの
ミナトの突然の申し出により、翌日集められたアイクとベルは三人……ではなく。
何故か声を掛けた二人以外にも見学者が多数集まっていた。
「なんで皆来てるんだよ……」
困惑の表情を浮かべながらそう言うミナトは、ちゃっかり準備運動を既に始めている。
「そりゃなお前、、、アイクはまだしもベルさんをいきなり呼んだりしたからだよ」
色々と思うところがあり見に来たトロール。
「ア、アイク君がちょっといつもと違う様子だったから聞いてみたら……何があるのか気になっちゃって」
「……」
少し申し訳なさそうにもしながら話すフレアと、私はあんまり気にしてる訳でもないけど。みたいなようすで黙っているルチア。
更には第一の方からも、ミナト等と面識があるアンテレに。ベルと親交があるゼノが来ていた。
(いや他はまだしもまさかルチアまでとは……ま、いいけどさ)
その他にも彼らと交流がある訳ではないが、噂が広まって興味本位で来た第一の生徒もちらほら居り。
かなり注目されている事が容易に分かる。
「呼んでない奴まで来ているが、、、やる事は変わらない」
「やる事って昨日言ってた自主練?いつもと同じ事やるの?」
「んーまぁそうだな、概ねいつも通りと言えるか。
先ずはベルの方に相手して貰おうかな」
「いきなり自分ですか……まぁ一晩のうちに覚悟はしていたので構いませんが」
これで最初の組み合わせが決まる。
(やっぱりこいつへの疑念が晴れない、となれば俺が出来る事は一つ。剣で語り合うしかない)
アイクの時同様、先ずは彼が最も得意とするもので相手を探ろうという算段。
いざ二人で打ち合いを始めようとした時、ベルがある事に気が付く。
「?ミナトさんそれは…」
「これか?木刀だよ、あんま見慣れない物かもしれないけど。
ちょっと形が違うだけで木剣と殆ど同じだから気にしないでくれ」
「そうですか、でしたら自分も木剣を……」
「ああ必要ない」
相手が木製の物を使うのであればこちらも、と施設に置かれている物を取りに行こうとしたところを止められる。
「真剣を使ってくれて大丈夫だ。大丈夫、いつも授業ではこっち使ってるから」
「……そう、ですか」
言い方だけを切り取れば正直嫌味にも聞こえるだろう。
ハンデを自ら設けている様なものだからだ。
「それに、金属製じゃないと真価を発揮できないだろ?アフィスは」
「!…お詳しいですね」
「人並にはな。
でルールだけど、魔法の使用もオッケーにしよう。ただし放出系は無しで、自己強化系だけって事でどうだろう」
本当に今日のミナトはとことん言う。
これはつまり挑戦状だ。
俺に全力をぶつけてみろ、と言っているのとほぼ同義の発言。
周囲の者達も徐々にピリついていく空気を感じ取り始める程だった。
「構いません、では始めとしましょうか」
それから二人の対決が始まる。
聖魔祭では、僅差の勝負であったミナトとクロム。
そして準決勝で敗れはしたものの同じくクロムと接戦を繰り広げたベルの勝負は。
勝つとまでは言わなくとも、一矢報いる事くらいはやってのけるのではと期待されていた。
が、結果は完全に予想外であっただろう。
十五分程打ち合いは続いたが、結果はミナトの完勝であった。
「ふー……流石ですね」
「……」
打ち合いは終始ミナトが圧倒し、一矢報いるなんて展開にはならず。
「これは、、想像と違ってきたな」
アイクやフレア達とその様子を見ていたトロールも、驚いた様子で語る。
「ミナト君結構本気っぽいし、負けるとは思ってなかったけど。こんな風になるのはちょっと私も予想外かも……」
普段の彼を知っている人物達から見ても予想外であったらしく。
ベルの方と交流のあるゼノも。
「ここまでとは……」
と言葉を漏らしていた。
完全に結果は現れ、一区切りも着いたが。ミナトはまだ一言も発してはいなかった。
「……」
まだ周囲が少しざわついている中、何かを確信したところでようやく口を開く。
「アイク、次はお前の番だ」
今度は僕ね、とそそくさと向かうアイクだったが…。
「違う、こっちに来い」
ミナトと向かい合う為にベルの居る方へと行こうとしていたが、何故かこちらに呼ばれる。
首を傾げながらも言われた通りに傍の方まで行くと。
「悪いがベル、今度はこいつの相手をしてやってくれないか」
「!?ちょ、ミナト?僕がベル君とするの?」
「そうだ」
ビックリした様子のアイクとは対照的に彼はいつも以上に冷静で、酷く落ち着いた様子。
「大丈夫、普段とやる事は変わらない。それとも俺よりあいつの方が怖く見えるか?」
「そうじゃないけど……うーんまぁいいや。何事も挑戦だよね」
最初こそ驚きはしたが、確かに考えてみればわざわざここまで来たんだ。
いつもと同じ相手とばかりやるのは勿体ないし。三人で集まったなら当然こうもなるかと納得し。
ベルの方も少し休憩を挟んでいいなら、と了承。
数分の休憩の後二人の対決が始まる事になる。
「あの」
そうして少し生まれたこの間に、トロールがゼノに話しかけ。ある事について問う。
「ゼノさん、、ですよね。
確か以前アイクと一緒に戦ったって聞きました」
「…はい」
「あなたから見て、この対決はどうなると思いますか」
ゼノとの交流で言えばフレアの方がありはするものの、話しかけに行く度胸ならこっちのほうがあるらしい。
初対面でも臆することなく質問を投げ掛ける。
その問いに暫く考えた後、向こうも素直に答えを出す。
「確かにアイク……さんの成長速度は著しいと思います、それは前回の共闘で分かりました。
ですがまだベルに勝てる程かと言われれば正直、、、怪しいんじゃないかと」
現状両者の実力を最も図れる人物の意見に。
フレア達は内容はまだしも、結果は薄々予想が着いてくる。
ただ、ゼノとは別に。現在の二人を正確に知っているミナトだけは、別の考えをしていたようだが。
勝負の時間は先程よりも短く、勝敗に関しても先程同様途中から結果が読める展開となっていた。
「はぁっ……はぁっ……」
両者肩で息をしていたが、どちらが勝ったのかは一目瞭然の形で。
片方は地面に膝を着き、もう片方のみが立っていて。
周囲のざわつきようはさっきの比ではなかった。
「ま、まさかアイクが……ベルに、、、勝った?」
対決を見ていた観客たちも、実際に戦っていたアイクですら驚いており。理解が追い付いていなかった。
だが結果は明白で。誰がどう見てもアイクの勝ち。
勝つ予想を立てた者は居なくとも、勝てた理由なら皆説明する事が出来た。
試合の流れは単純で。ひたすら猛攻を続けたアイクが最終的に防御を崩しきり決着。
何か予想外の行動で意表を突いたわけでも、短期間で圧倒的に身体能力が上がっていて倒した訳でもなく。
ただただ攻撃を続けたアイクが純粋に打ち勝った。
そうとしか説明できない程、シンプルな打ち合いしかしていなかったから。
勝ったという事実に思考が追い付かず、その場でただ息を整えようと佇んでいるばかりだったアイクの元へミナトが歩み寄る。
「お疲れ様」
「ミ、ミナト…ちょっと僕よく分かんないんだけどさ。
これってどういう……そもそも何でベル君と対決させたの?こうなる事がミナトには分かってたの?」
前々から聞きたかったことがここで一度に溢れ出て、同時に質問が飛んでくる。
「結果に関して確信したのはさっき俺自身が打ちあった時だ。まぁ勝てないにしろどの道ぶつけてみようとは考えてよ。
そして対決させた理由に関してだが……」
まだ状況を上手く呑み込めていないアイクに対し、先程同様冷静に返していき。二つ目の答えを言う前にベルの方を一瞥。
まだ立ち上がっておらず息を切らしたままの様子を見てから再びアイクの方に視線を戻し。
「先ずアイク、お前の課題は勿論まだまだある。まだまだ剣術が甘いとか、視野が狭まりがちだとか、咄嗟の思考速度が遅いとかな」
「うっ」
突然辛口タイムが始まり精神的ダメージを受けるも、次の一言はさっきまでと少し違うショックを受ける事となる。
「だが一番は何か、それは自信の無さだ」
「!」
「お前の謙虚さは良い所だ。いつまでも驕らず、ひたむきに努力出来る事は素晴らしい。
だが謙虚は裏を返せば自信がないということ。そして自信の無さは、いざという時本来の自分の百パーセントを出せなくなる要因になる場合がある。
ポテンシャルを引き出せなくなって、取れるはずの選択肢を取れなくなり。勝利への道を狭めてしまう事になり兼ねない」
弟子に重大な欠点について語るミナトは、いつにない程真剣だ。
「いいか、確かに調子に乗るのは論外だ。だが根拠のあるものならその自信は必要なものになる。
今はまだ難しいかもしれないが、これはお前に自信を着けて貰ういいきっかけになると思った」
これで今回の目的の一つは本人に伝えることも出来たし、後は時間を掛けて少しずつ自信の元を積み重ねていけばいい。
そしてここからがもう一つの目的。
第一魔法学園に来てからずっと気に掛けていた彼へ。
「ベル、もう一度俺と戦え」
ミナトからベルに向けて送られる。乗り越えなければならない試練がやって来る。