第百四十一話 やはりいつまでも
英雄否定派。
ある時からかは分からない。数十年近く前からあるとする話や、一説ではまだパーティメンバーが生きていた頃からも居たという噂もある。
その真偽を確かめる術はないが、現在の否定派の情報は幾つかある。
否定派の意見はこうだ。
数百年前の、実際に存在したかも分からない勇者に未だに縋っているのはおかしい。と。
彼らの正体は簡潔に纏めればこうなる。勇者アンチ。
現状の科学、魔法技術では数百年も前の出来事を確実に証明する事は出来ない。
そうなのにも関わらず世界は伝説の勇者への信仰を忘れず。どころか経済や国政ですら証明不可能な伝説を無視して動く事は決してない。
魔法学園の存在が分かりやすい例だろう。
勇者アレウスが建てたのだから、という理由で各国は魔法学園への資金援助は欠かさない。
二百年程前に起きた世界全体を巻き込んだ戦争時でさえ、聖魔祭が中止になる事もなく。
良く言えば、勇者を崇める事で同時に魔王軍の脅威を忘れないようにしていると言えるが。
一方で捉え方によっては、実在したのかも分からない勇者にいつまでもしがみ付いている。とも取れるのだ。
これまで英雄否定派の連中は、度々国民や各国要人に対して目を覚ませと訴えかけたりなどはしたものの。
大規模なテロ活動や、政界進出などと言った大事は起こしてこなかった。
だからあくまで。ただそういう意見の人も居る。程度の認識が世間からの評価。
そして今までその認識だったからこそ、今日この日の事件は歴史に名を残す事になるだろう。
特に目立った動きはしてこなかった連中が初めて、大きなテロ活動を働いたのだから。
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{俺は別におとぎ話の勇者が実在しようがしまいが、今後国がどのように動くかだってしらない。
ただ人を殺せると。そう聞いたからここに来たんだ}
物陰に潜み、こっそりとアイクらを睨んでいる男は。
どういう訳か外見は先程戦っていた者とそっくり……どころの話ではない、完全に同一人物に見える。
妙だ。
実際に男は炎に焼かれ、あの場に倒れ込んでいる。
だから実は抜け出していた。という線もない。
となると答えは必然的に一つ。
奴は一人ではなかったということだ。
「一時はどうなるものかとも思ったけど、皆のお陰でなんとかなったよ」
まだ物陰から自分達を狙っている存在が居るとは気付かず、皆に感謝を口にし始めるアイク。
「アイク君が強かったからですよ。
以前よりもまた腕を上げていましたよね?」
「そうかな?でも……今回はアンテレに武器を作ってもらって、ルチアさんに助けてもらったし。最初の戦闘ではフレアさんがいっぱいフォローしてくれたからなんとかなっただけで。
やっぱりまだまだだよ」
「流石だねルチアさん。新しい魔法さっきもバッチリ刺さってたよ」
「ふん……あれ位私に掛かれば」
全員気を抜いてただ雑談している、という訳でもないのだが。
潜伏している敵を見つける程は集中できていないのも事実。
以前自分とミナトの一番大きな差は、判断の速さかもしれないとアイクは考えた事があった。
それはそもそも積み重ねてきた年数の桁が違う事を始め。経験や踏んできた場数の差というものが大きいだろう。
そもそも彼は何百も生きてきて、一方こちらはまだ十五、六歳のただの学生だ。
経験が足りないのも精神的に未熟な部分があるのも当然だし、無理もない。
ただ彼ならこんなミスはしなかっただろうし。
事実、一連の騒動が終わるまでは気を抜く事などはしないとイメージからも想像できると思う。
だからこそ起こり得るのだ……。
「てめぇら動くんじゃねぇ!」
物陰から狙っていた男は、先程までの余裕綽々といった様子とは違い。
完全にスイッチの入った目をしていた。
「!こいつ……!」
怒号を発しながら現れた男を見て、直ぐにさっき倒したはずの方を見ると。そこに居た男の姿は、まるで死ぬ間際の魔族の様に徐々に体が崩れていっていた。
{なんだこれ、一体どうなって……!
いやそれより今度こそマズい、、、この様子だとさっきみたいにはもう……}
状況は上手く読めなかったが、とにかく分かった事は二つ。
倒したはずの男が再び現れた事、それも無傷で。
そしてもう一つの方が重要だった。
「見えるよなぁ……これが何か分かんだろガキ共!!動くんじゃねぇぞクソが!」
怒鳴りながら見せつけるようにして掴んでいるのは、また別の方が人質に取られている姿。
だが問題なのは、奴が先程までと違い。一切気を抜いていない事。
本当に下手な動きを見せればその人を殺すと。
目、声、表情、指や腕の動き全てから伝わってくる。
怒りがふんだんに含まれている殺意という思いが溢れ出ている。
「……ど、どうやって抜け出した、と言うよりお前はなんだ。何故そこに居る、これはなんだ」
身動きが取れない以上、今は下手に刺激しないようにしつつ情報を探ろうと必死に頭を回す。
手は動かせないので視線で崩れかけている男の姿を差して問う。
「これかぁ、、、便利だろ?分身の魔道具さ。分身体が破壊されなきゃ何度でも使える。
まぁお前らが壊しちゃってくれた訳だが……」
「分身の魔道具なんてレアもの、よくあんたみたいなのが持ってたね」
普通なら様々な恐怖や不安でまともに会話しようと取り繕うのが必死な場面で。
彼女だけはこんな事が言えてしまう。
隣に居るフレアも小さい声で懸命に辞めるよう訴えかけたが、彼女は止まらなかった。
「分身体が破壊されなきゃ何度でも使える?でもあんた程度の分身直ぐ壊されちゃうでしょ」
「……は?」
「ちょっとルチアさんほんとにストップ!下手な事言わないで」
フレアの訴えは切実でもっともだ。
この場に居れば誰もが辞めてほしいと願うだろう。
「やっぱ幾ら強力な魔道具とか武器持っててもさ、本人が強くなきゃ意味ねぇよな。
お前見るとよく勉強になったぜ、この展示会に来て良かったよ。あんたみたいな反面教師に出会えたから」
いつにも増して彼女の口は止まらない。
「てめぇ……正気か?」
確実に怒りがさっきまでより多く孕まれている声色。
「これが見えねぇのかよてめぇ!頭イカれちまったか!?それともさっきの偶然の勝利で舞い上がったか!?」
完全に煽りが効き。
頭に血が上っていると一目でわかる形相。
{ルチアさん一体何考えて、、、このままじゃあいつが……ん?}
最初に口を開き、なんとか突破の糸口を会話の最中で見つけ出そうとしていたアイクは。自分がきっかけで彼女が色々と口走り始めたのではとも思ったが、ここである事に気が付く。
{何か、、見てる?}
男と口上戦を繰り広げている間、彼女はなにやらある個所を頻繁に見ていた。
当然相手の事は見ていたがそれとは別によく見ていたのはその更に奥。
それに気が付き何があるのかと自身も覗き込んでみると……。
廊下の曲がり角からこちらの様子を伺っている人物が二人見える。
ミナトと、ベルだ。
「!」
{もしかしてルチアさんは二人に気付いて時間稼ぎを?……いや今考えるのはそこじゃない。
まだ気付かれてないあの二人とどうやって連携を取るかだ}
奇襲を仕掛けるにしても、先程ルチアが言っていた通り。敵の目の前で作戦を話す訳にもいかない。
しかも今回は言葉で意志疎通を取る事は出来ない状況。
当然だが身振り手振りも使えない。
今出来る事で言えば、アイコンタクト。目で伝えるしかないのだ。
「……」
「……!」
そして目だけで伝えてきたのはミナトの方だった。
いや、実際には手も使ってはいた。が、あまり一点を見つめ過ぎると相手に悟られる可能性もある。
一瞬で細かい作戦を伝えるなんてことは出来ない。
この状況でミナトがした事は。
待て、こっち、そっち、こっちの順を手で見せていた。
要はこうだ。俺が先に行くからその後そっち、最後にベルが行く。
軽いジェスチャーでそうとだけ伝えると。
ミナトはもう奇襲を開始。
持っていた脇差で後ろから思い切り突き刺しに掛かる。
「っ!」
その事に本来の想定よりコンマ数秒速く気付かれ、防がれはしたものの。第二陣。
今度はアイクが接近し人質の救助に当たる。
そうはさせまいと向こうも抵抗しようとしてきたが、そこはミナトがカバーし。
更にはここぞという時に取っていたのか、アンテレが魔法を発動。
男の足元から木の蔦の様な物を伸ばし一瞬だが動きを止める事を成功させ。
なんとか人質を引きはがしたところですかさずベルが飛び込んでいく。
アフィスを使って圧倒的な速度で詰め寄ってからの高速打撃。
ミナトも合わせるように攻撃を加え、クリーンヒット。
相手を確実に気絶させたところを確認し、念の為周辺を探知。
今度こそ分身体ではない本物を倒した事を確定させ。
そのままミナト指揮の元動きを止めず、内部から戦力を徐々に減らしていき。
外への圧力が掛けられなくなった結果騎士団も突入してきて。テロリスト達は制圧。
来場者達の手錠も程なくして解除、破壊し。
全員が無傷での事件解決となった。
「……」
彼にとって、二つの芳しくない事実を残したまま。