表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の勇者  作者: くろむ
後生一生編
144/175

第百四十話 良くない事だけど悪い事ばかりでもない

新たな敵と遭遇した一行は、その実力の高さを肌で感じ取っていた。


{いつもはミナトの言っている事分かんないけど今は分かる……こいつはヤバい}


感覚で何かを感じ取るのは彼の特技のようなもので、あまり周囲の人間が共感できるようなものではなかったが。

今回ばかりはアイクにも理解する事が出来た。


{幾らルチアさんが居るとは言えここは屋内、いつも通りに魔法は撃てないし、何より人質が居る。

ここは僕が何とかするしか……!}


現状こちらの最高戦力であるルチアもこの状況では満足のいく戦闘は出来ない。

フレアも攻撃的なタイプでない事からここは自分が、と奮起。


「…まぁいいや、掛かって来なよ。全員一緒でもいいよ?それ位……!っと」


{これでもか…!}


最後まで言葉を言い終わる前に攻撃を仕掛けたアイク。

相当な速度ではあったがこれは躱されてしまう。


「君速いねぇ、、ビックリしたよ」


{さっきのが躱される……ほぼ最高速なんだけどな}


自身の持つ最速レベルの攻撃をあっさり躱され、早々に突破口が見えなくなっていく。


「下がれ!」


「!?」


だが今この場に一人でいる訳ではない。

後ろからルチアが魔法を放ちながらそう叫ぶ。

放とうとしながらではなく放ちながら、である。


「うわっ!」


アイクはこれをなんとか横にずれる事で避けることが出来たが。

同時に相手の方も回避されていた。


「ちっ」


当たらなかった事に舌打ちを鳴らしていたが、文句を言いたいのは彼の方だ。


「ちょ、ちょっとルチアさん!?今完全に撃ってから声掛けて来たよね?ワンテンポ遅いんだけど…」


至極真っ当な意見ではあると思うが。


「馬鹿野郎、先に言っちまったら向こうにもバレちまうだろ」


確かに敵を騙すなら味方から、とも言うが。限度はある。

それはそうだけど流石に……とフレア含め周囲が引いていると。


「でも……お前なら避けられただろ実際。ちゃんと計算してるから安心しな」


少し濁しながらではあるが実力を認めての行動だと説明。

普段人の事を良く言う機会が少ない彼女が、遠回りではあるにしろ評価していると口にするのは非常に珍しい事だ。


「ルチアさん……」


これには彼女の数少ない友人であるフレアもにっこり……出来る状況では無く。

嬉しくはあるがそれを感じるのはまだ早い。


{避けられたら意味がないって言葉は本当だ。つまりルチアさんは、あいつよりもアイク君の方が素早いと踏んでる。

ならまだ勝機はある……!}


その会話を聞き、自分でも役に立てることはあると思い立ったアンテレは魔法を発動。


「これを。無いよりはマシなはずです」


アイクに手渡しながら言ったそれは、普段彼が使っている物よりも少し小さな形のナイフ二本。

疑似的な双剣だ。


「え、凄!これ今作ったの?」


「はい。サイズも重さも普段の物とは全然違いますし性能も落ちて申し訳ないんですけど……」


「いやいや助かる!本当にありがとう!これで少しは何とか出来そうだよ」


得意の植物魔法で作り出した即席武器、ようやく素手から脱却し。

今まで通り動けるようになる。


「あのー、、そろそろいいかな?もう充分待ったと思うんだけど」


気怠そうに告げてくる男を見て、アイクに再び熱が入る。


{大丈夫、戦ってるのは僕一人じゃない。

それに環境を利用する戦い方も練習してきた、まだまだこれから……!}


「あ」


再び接近を試みようと踏み込む体勢を取ったタイミングで男が一言。


「めっちゃ突っ込んでくる気満々のとこ申し訳ないんだけど、、、これ。忘れてた」


そう言って見せてきたのは、最初からずっと掴んでいた人質の女性。


「一応人質だからさ、さっきみたいに戦おうとするなら……」


確認を取る様に言って来ているが、そんな事は言わなくても分かっている。


「……」


「?アイク君どうかしたの?」


{マズい}


この状況で一番苦しい事は相手の実力などではない。

無関係で無罪な一般人が人質に取られている事。


そしてそれを分かっていないなんて事は本来ない筈なのだが……どうやら完全に気から抜けていたアイク。


勿論人質の方の姿は見ていたし、どうやって救い出そうかとも考えてはいたが。

盾にされて動くなと言われたりする事などを全く考えていなかったようで。


{なんか勝手に取り返せばいいとしか思ってなかったけど、本来人質ってそういうものだよね?

そりゃこっちに動かせない為のものだもんね?

なに当たり前の事に気付かなかったんだ僕!!?}


敵を倒す事に集中し過ぎていた結果、重要な部分が抜け落ちていた。


無言で汗をだらだらかき始めた様子を見て、フレア達だけでなく向こうも状況に気が付き。


「え?もしかして人質の意味分かってなかったの?今気付いた?噓でしょ?ねぇ嘘って言ってよ」


「……」


最早アイクには何も言うことは出来なかった。


とにかく恥ずかしいという感情と情けないという感情が脳内を支配していたからだ。


ここまで来ると向こうもなんだか気まずくなったようで、頭を搔きながら告げてくる。


「いっかどの道こうする予定だったし。

じゃああげるねこれ、はい」


「えっ」


次の瞬間、何故か突き出され解放された女性。


「ちゃんと受け取ってあげて、、ね!」


アイクに押し付けるようにして手を離したと思ったら、そのまま斬りかかってくる。


このままでは自分も女性もどちらもやられると思い。

即座に正しい行動を判断。


「フレアさんお願い!」


導き出した最善手は、再び人質に取られないよう守る事を含めてフレアに女性を託す事。

素早く手を取り後ろに引っ張り寄せてから自分は反撃に出る事を選択。

アンテレに作ってもらった木製の二刀流ナイフで打ち合いに向かう。


両者の剣がぶつかった時、双方ある事に驚く。


{これ、、、本当に凄いの貰っちゃったな}


驚いた事は木製ナイフの強度。

真剣とぶつかっても全く問題ないどころか、いつもより軽くすら感じる重量。

即席で作ったとは決して思えない逸品だ。


「へぇ……良いの持ってるね。これならちょっとは楽しめるかな」


そう言いながら再び打ち合いとなるが。

やはり正面からでは分が悪く、押される展開となる。


{単発の加速じゃ対応されるし、剣の技術じゃやっぱり僕はまだまだだ。

でもミナトとただ打ち合いだけをしてきた訳じゃない。まだ打てる手はある!}


一撃で駄目ならば何度でも。

相手の周囲を取り囲うように高速移動し、かく乱する作戦に出る。


右や左だけでなく、壁や天井すら足場にし。上下左右あらゆる方向からフェイントを仕掛け、あらゆる攻撃方法を仕掛ける。


「んー…」


戦闘において速さは非常に大きな武器だ。だが同時に酷く脆くもある。

例え相手より幾ら速かろうが、反応されてしまえば防がれるし。どうしても速度に割り振っている分細かい動きがしにくく、手痛い反撃を喰らう可能性も高い。


「確かに速いけど俺は防げる。

めちゃめちゃ動いてるけど、さっきからパターンが同じ様なのばっかりだし。

君はもういいかな。あんまり時間ないし、次の子を……」


動きを見切り、自分が負ける可能性など微塵も考えていない様子。


本来なら自身を蔑まれて悔しがるところかもしれないが、それもアイクにとっては作戦だった。


{同じような動きにしてたのはわざとだよ}


また先程までと同じ様に、右からのフェイントを掛けてから正面へ切り込む動き……に見せかけ。


互いの剣がぶつかる直前に進路変更。


その一瞬に男の視界に飛び込んでくるのは、後ろで魔法の準備をしていたルチアの姿。


{もうさっきので頭は冷えた、力を合わせれば勝機なんて幾らでも見出せる!}


アイクが視界から消えた直後に襲い掛かって来た魔法が直撃。

男の全身が炎に包まれる。


魔力による防御などの反応もなく、確実に致命的なダメージだ。

死にはしないが今後当分は暴れることも出来ない程ではある。

相手はテロリストなので問題は無いが、人相手にも容赦の無い魔法。




これにて恐らく集団最強であろう男の戦いも終わり、事件は終幕へ移っていく……にはどうやらまだ早いらしい。


廊下の隅から一行を眺める人物が一人。息をひそめたまま佇んでいる。

そしてそれに気付いている者は誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ