第百三十七話 いつまで経っても変わらないものもある
アイクと協力してベルの事を探ろうと決めた日の翌日。
「お前のクラスとだったか」
「そりゃ全クラスに居るんだから、会う事にもなるよな」
今回の剣術授業は合同授業。
その相手のクラスに居たのがトロールだった。
「言わなくても分かってるだろうが、俺以外が相手でも腑抜けた事はするなよ。見てっからな」
「分かっているさ。そっちこそあまりやり過ぎないように気を付けるんだぞ」
流石にこの機会にいつもの相手と組む、なんて事はしない。
だからお互い釘だけ指し合っておいて離れ。
それぞれ第一の生徒とペアを組む事に。
「といっても……どうしようか」
まだここに来て二日目。
特に親しくなった人も居ない中誰と組もうとかと悩んでいたところ。
「ミナト君、ちょっといいかな……」
ある生徒が話しかけてくる。
これはもしかして、と良い展開を期待して返事を。
「はい、大丈夫ですよ」
「あの実は、ミナト君と組みたいっていう人結構うちのクラス多かったみたいで」
「それこっちのクラスもでして……」
話しかけてきた生徒の後ろには確かに人がかなり並んでいる。
(おーこれはこれは、、、俺って人気者なのか?)
それもその筈。
「聖魔祭の活躍を忘れられない奴が多くて、正直自分もそうなんですけど……」
同年代とは思えない※なお本当に同年代ではないが※のあの躍動を見れば。
心が熱くならない者はこの魔法学園には居ない。
あまり周囲の名声等には興味もない彼だが、褒められたり尊敬されたりするのは素直に嬉しい。
「…分かりました。短い時間にはなってしまうでしょうが、全員お相手します」
「本当ですか!?」
「はい、その代わり……直ぐ決着を着けていくので、くれぐれも気を抜かないよう忠告しておきます」
目を輝かせて喜んでいた第一の生徒達。
しかし一部始終を端から見ていたトロールはこの先の展開を予想して、哀れんでいた。
{まぁ流石にあれ程なんて誰も予想できないだろうからな。
でもこれも成長に繋がる、良い機会になるかもな}
さっきはやり過ぎないように、と注意していたが。
彼にとっての手加減のレベルは少々おかしい。
第一の生徒達がその事を身に染みて実感する事になるのは、ほんの数十分間の間だ。
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同日、休み時間。
「あ!ミナトさん、こんにちは」
「おぉ、そっちもお疲れ」
別教室に移動している最中、偶然アンテレと出くわす。
「聞きましたよ、随分派手に暴れられたって」
「え?いやぁ、、はは…」
(もう噂流れてる……)
先の剣術授業。
結局二十人以上居たペアの希望者全員を相手にし。殆どを瞬殺。
その話が既に他クラスにまで広がっていたのは予想外だった。
「でも、皆さん言っていましたよ。
変に手を抜かれたりしないでちゃんとボコボコにして貰えたから。今度こそ!って熱が入ったって」
「!……そっか」
だが彼らにも良い影響を与えられたようで。
実力差に挫折するのではなく、逆に闘志に火が付いたらしい。
次は勝ちたい、とは違い。もう少し長い間打ち合ってみせる!の方向で燃える生徒が殆どだったようだが。
「そうだそれと宜しければなんですけど……」
最後別れる前、アンテレがある提案を告げる。
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数日後。
こちらに来て初の休日となる今日。
「随分思い切った事したな……」
ある人物達と待ち合わせをしていたミナト。
「でも良い案だと思わない?連れて来たの結構ファインプレーだと思うけど」
「それはそうなんだけどな…。まぁいいか、行き詰ってたし」
ベルについて二人で色々人に聞きまわったりして調べてみたが。
結局思うような成果は上げられず。
そんな時アイクに一つの誘いがやって来た。
「アンテレが誘ってくれて良かったよ、乗って来てくれるかは分からなかったけど。
でも結果的に来てくれたし」
第一魔法学園のあるイニジオ王国王都で開催される、武具や魔道具の展示会。
それも今回は例年よりも更に力を入れているというこのイベント。
誘われた時、ピーンと来たのだとか。
「おや、待たせてしまっていましたか。皆さんおはようございます」
「全然待ってないよ!寧ろ急に声掛けたのに来てくれて嬉しいよ!ベル君」
もういっそ直接話が出来る場を作ろう!という考え自体は良いのだが。
本当に思い切りのいいことをしたものだ。
これまでろくに話した事もなく、一番接点のあるアンテレでさえクラスメイトですらない。
そんな中誘おうとする度胸と実際にやってのけるところが凄まじい。
ある意味でこれはミナトには出来ない芸当で、彼も脱帽する程の偉業だ。
「じゃあ皆さん集まりましたし向かいましょうか、会場はこっちです」
メンバーも揃った所で早速向かい始める。
(さぁて、アイクが作ってくれたこの絶好の機会。逃す訳にはいかないな)
気合を入れそれに続いていく。
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展示会、会場。
(武器の持ち込み禁止ね……悪いけどちょっと身に付けさせておいてもらうよ)
入り口で行われる持ち物検査。
展示している物が物なだけに無理やり奪って行く輩が出る可能性はある。
なので入場者は全員武器の持ち込みは禁止で、事前に知っていた他の三名は素直に丸腰で来たのだが……。
彼はこっそり服の中に幾つかの飛び道具や脇差を隠して持ち込んでいた。
(万が一があったらマズいからな。悪用はしないから許してくれ)
魔族らの動きが読めない中で完全な丸腰になる事は避けたく。
警備を信用していない、という訳ではないが。
何かしらは持っておきたい彼の性のようだ。
その後順々に施設を巡って行く四人。
「へー、、今回の目玉は勇者アレウス様が使ってたとされる剣なんだって」
建物各地に置かれているポスターにそうデカデカと書かれている。
「そう言えばベル君は血筋なんだし、もしかしてその剣も見たことあったりするの?」
「一応小さい頃に少し見た事はあります。
ですがあまり剣には興味がなくて、さほど覚えていないですね」
{よ、よく考えたらそうだよね。本で読んだ勇者の子孫だもんねベル君。
そう思うとちょっと緊張してきたかも、いや冷静に考えて凄い事じゃない?駄目だなんか余計な事しか頭に……}
さっきは軽く言っていたはずなのに、急に事態の凄さに気が付き始め。頭が混乱し始める。
(なんかくだらない事で頭パニックになってんな。ちょっと声掛けてやるか)
落ち着かせようと口を開けようとした瞬間。
「あまり気になさらないで大丈夫ですよ」
ミナトよりも先にベルが声を掛けていた。
「僕が誰の血を引いているとかは関係ありません。だからあくまで普通に、ただのベルとして接してくれると嬉しいです。
さっき質問してくれたみたいに、ね?」
まだあれから何も話していない筈なのに。
的確にアイクの心の中にあった事を読み当て、フォローをしていた。
「そ、そう?分かった…ありがとう」
{なんで?僕まだ何も言ってないのに……ちょっと、そういうところミナトに似てるかも}
心情を的確に言い当ててくるところに既視感を覚えたりもしたが、ベルのコミュニケーション能力の高さは異常と言える程だった。
「……」
(二人だけになってしまった…何か今のうちに話しておくべきか?)
展示品を見ていっている最中、お手洗いだと言い二人は抜け。
今ベルと一対一の状況となっていた。
「折角目玉の所まで来たのに、二人になっちゃいましたね」
「ええ、アイク君は特に楽しみにしていたようなので。戻ってきたらまた皆で見ましょうか」
「そうですね……」
当たり障りのない会話をしながら前にするのは、かつての友が使っていた愛剣。
(最高級の保存魔法、当時のままだ)
物体を何年たってもその姿のまま留めておく保存魔法が掛けられたそれは。
四百年前に見た時と変わらぬ姿をしていた。
(死闘の末に手に入れたミスリル。恐ろしく綺麗で、美しくて。
あいつの心を表してるみたいに透き通った刀身)
ここまで明確にかつての仲間達を思い出す事は中々しなかった。
だが今、しっかりと向き合って見ると。鮮やかな程記憶が蘇っていく。
思い出す事すらいつしか辛くなっていた出来事が次々と湧き出るように。
昔の出来事に思いを馳せ剣を見つめるミナトとは別に、ベルはどこか悲し気な表情を浮かべながら見つめていた。
{アレウス様。僕は、、、あなたに……}
一瞬視界が剣から隣の人物に移った瞬間。
ミナトの視線は彼の横顔から離せなくなった。
どうにも別の所に目をやる事が出来ない不思議な感覚で。
声を掛けようとしたその時。
一言目が出るよりも先に、奥の方から別の声が聞こえて来たのだ。
そしてそれは決して普通のものではなく、明らかに日常生活で聞こえてくる声ではない。
どこからどう聞いても悲鳴だ。
「全員動くな!黙って手を後ろで組め!」
その次の瞬間に聞こえてきたのは男の怒鳴り声。それと同時に大勢の武装した人物が流れ込んでくる。
「おいベル」
「分かっています、、マズいですね……」
小さな声で言葉を交わす。
ぱっと見えるだけでも二十人以上は見える。
それもここに来ているだけで、なので実際には三十人以上は居るだろう。
何よりマズいのは取られている人質の数が多い事。
一般の観客もその扱いであるし、数名は直接掴まれていて。いつでもこいつを殺せるぞ、と見せつけるようにしていた。
(敵を倒すだけならなんとかならん事もないだろうが、流石にこの場の全員を守り切る事とは不可能だ)
突如武装集団に占拠された展示会。
現在はぐれてしまっているアイクとアンテレ含め。
状況は芳しくないどころか、非常にマズい。
魔族など関係のない、人の魔の手が襲い掛かってくる。
保存魔法は大きすぎるものや、生き物に扱うことは出来ません。
それと幾つかのグレードがあり。長く保存が出来るものほど手間が掛かったり難しかったりします。
基本的には保存魔法を生業とする業者のような者達のみが扱う事が出来る代物で、料金を払って保存してもらうのが殆どです。
最高級の魔法となると、相当な実力者がかなりの人数と時間を掛ける事になるので料金はとんでもない事になります。
なのでこれまで最高級のグレードが施された物は。歴代王族のお墓や、勇者パーティーのお墓など。偉人たちのお墓のみになります。が、一つだけ例外があります。
全くの一般人のお墓に、全くの一般人がとんでもなりお金を出し保存した件が一つだけあるようです。
そしてその一つは……いずれちゃんとしたお話で触れる機会があります。