第百三十一話 今その時
{狙いどころはあいつか……}
学園祭二日目、一般の人が入場可能になるこの日。
{ちょろいもんだ}
トラブルが最も起こり得る今日。正に今ここで盗みを図ろうとする輩が一人。
はしゃぐ子供の面倒を見るのに必死で財布がポケットから飛び出している事に気が付いていない女性をターゲットにし。
人混みのどさくさに紛れ搔っ攫おうとしていた。
{これで今日一人目……っ!?}
だが輩の手が届くよりも先に制服の袖を通った腕がその財布を手に取る。
「あ、財布落とされましたよ」
「え……すいませんありがとうございます!全然気が付かなくて……」
嘘である。
彼は財布を拾ったのではなくポケットから盗ったのだ。
「次から気を付けてください。
こんな人が多いと何があるか分かりませんから……ね」
そう言って盗みを働こうとした輩に目を向ける。
見えてたからな。という圧を掛けこの場から去らせ、ようやく一息。
(流石に今日は大変だな……)
昨日はあの後フレアと学園祭を楽しんでいたミナトだったが、二日目はそうもいかない。
さっきの様な事を企む輩がまだまだうようよ潜んでいるからだ。
実際現行犯とまではいかなくても不審者自体を見つけるのもあれが最初ではなく、既に数人見つけている。
(呑気に立ち止まってる暇もないし、もっかいルート戻るか)
一応巡回ルート的なのは決まっているが、不審な人物を見つけたりトラブルが起こりそうであったりとした場合。
状況に応じてかなり自由に動いていい事となっている。
だがルートが決められているのもそれに合理性があるからであるので、基本はそこを中心として見て回る事に。
一般の来場者は今年も例年通り沢山来ていてかなりの人混みだ。
本来ここまでの規模となれば生徒のみで監視の目を行き届かせるのは難しく、実際教員達も目を光らせてはいるが。
ここの風紀委員はスカウト制の少数精鋭。流石の観察眼と状況判断能力で殆どの問題は起こる前に捌き、もし起こってしまったとしても迅速に対応している。
中でもミナトは大活躍。
それもその筈、本来彼の得意な戦場は入り乱れた混戦。
森羅自天流によって研ぎ澄まされた感知能力は常人のそれとは比にならない。
(ん、今度はあっちが怪しいな。ルートからは大分外れるが、、、問題ない距離だな。よし行こう)
最早視界にすら入っていなくとも問題を事前に察知している。
彼曰く空気を感じているらしいが、森羅自天流の弟子として日々精進しているアイクですら何を言っているか分からないレベルの話しである為。
世の中の九割の人間は彼が言っている事を信じないだろう。
だが彼の活躍と実力だけは信じざるを得ないので今の絶妙な立場で居る訳で……。
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「よぉクロム、仕事は順調か?」
「……無論だ」
見回りの最中、偶然出会ったところで話しかける。
これまで話す機会があまりなかった事から、一時的に今は同じ風紀委員の仲間という理由が出来た為。積極的に話しかけているそう。
「だろうな。寧ろ苦戦してるとか言われた方がビックリだ」
だったら何故聞いたんだ。という思いが顔から滲み出ている。
例の魔法使いほどではないにしろ、やはり天才達はどこか似ているのか。ミナトもあまり感情を表に出さない彼らの事を少しずる理解し始めていた。
(なんか似てんな……そういやルチアとこいつが話してるとこ見た事ねぇ。
お互いの事どう思ってるとかちょっと気になってきたし、今度聞いてみようかな)
そのどこか似ている天才達の会話が気になるところではあるが今は仕事中。
あまり長い事話している訳にもいかないので、そろそろ別れようとした時だった……。
「っ!!」
「!?」
一瞬、何かを感じ取る。
{なんだ今の気配は……悪寒?まさか…}
感じ取ったのはミナトだけでなく、クロムまでもで。
ここには居ないが、ミケーレを始めとするこの国四強に数えられる面々など。
僅かな実力者のみが感じ取った謎の気配。悪寒。
「おい、今のお前も……」
「ああ分かってる。勘違いじゃなくて良かったよ」
あのクロムでさえ他者に確認を取ろうとする。
(間違いない、今の気配は魔族だ。だが近くに反応は無いしそもそもさっき俺達は魔力を感じ取った訳じゃない!
もっと感覚的な……生存本能に近い何かだ)
異質極まりない気配を感じ取り、異常事態だと即判断したミナトは行動に出る。
「クロム、お前はこのまま周囲の警戒を頼む。
俺はこの事を先生達に伝えてくる。
ただどうやらさっきのを感じたのは全員じゃないらしい、下手なパニックは避けたい。なるべくいつも通りに装っててくれ」
その言葉に黙って頷き、二手に別れる。
あれ程の即断即決にクロムも素直に従うしかなく。
彼の瞬時の状況判断能力の高さに驚きながらも納得もしていて。
ライバルと思っている一方で尊敬の念も抱いていた。
自身より行動が早かった事に対して若干の苛立ちはあるようだが……。
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「先生!…って来てたんですか」
あれから風紀委員本部に急いだミナトが扉を開けると。
そこには目当てのウォーデンだけでなく、本来いるはずのないミケーレまでも居た。
「ミナト、お前にも分かったんだな?」
「はい。それで報告をしようかと」
その後把握している事のみ口早に伝える。
「ふむ……やはり殆どの者は感知出来なかったみたいですね」
「そのようだ。
俺ですら辛うじて感じた程度だ、お前が来ていなかったら気のせいで済ませていたよ」
「……あの!恐らく敵襲の類ではないと思います。その前兆でもないと」
情報を聞き整理する二人を前にミナトは口を挟む事を恐れなかった。
今回ばかりは遠慮などしている場合ではないと直感的に感じていたから。
本来対抗策を練るのはあちらの仕事。
生徒である彼が口を出す必要はないが、今目の前にいる二人はそんな事を気にする人物ではない。
だからこそ会話で事態の対処をより最善に近づけられると踏んだ。
「……話してみろ」
そしてその考えは当たり、担任である彼女の方でなくウォーデンが話を聞く事を選択した。
「はい!では先ず先程の……」
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「それでは自分は早速。お先失礼します」
その後三人での緊急作戦会議は行われ、方針が決定するとミナトは早々に教室から出て行き。
講じたプランを全うしようとしているようだ。
(先ずは委員長に伝言、それから……)
やる事を頭で整理しながら走って行く。
「いい生徒を持ったな」
彼が居なくなった教室の中、二人はぽつぽつと言葉を交わし始めた。
「……はい、本当に」
「あまり無茶な事ばかりさせてやるなよ」
「分かってますよ、ちゃんと区別は出来てます。
それよりさっき。どうして嘘をついたんですか?」
「ほう……」
「気のせいで済ませてた。なんて流石に分かりますよ。
多分あいつもです」
謎の気配を感じ取った時、彼女は真っ先にウォーデンの所へ向かったが。
その時彼は既に伝書鳩を飛ばしていた。
直後に教室に入って来たのでバレないと思っていたのかもしれないが、彼女の眼は飛び立っていく鳥の姿を見逃しておらず。
「騎士団の感知班にですか?あれは」
「……ここだけならまだしも、前回の様に王都全体がターゲットだとしたら行動が遅れる事は致命的になる。
最悪を想定すれば誰しも同じ様な選択肢を選ぶ」
まるで自分以外でも考え付いた者は居る、のような言い草だが。
あの一瞬でそこまで頭を回せる人物などそうそう居ない。
謙虚なのか、この男にとっては造作もない事なのかどうかは分からない。
でも実際やってのけた事は紛れもな事実。
だからこの場に居る彼女も、聖都であるミナトやルチアも彼を尊敬している。
その位信頼のある男こそがこの学園の風紀委員顧問であり、警備責任者にして番人であるウォーデンという男なのだ。
本編の会話では流石に分かり面過ぎたのでここで補足を。ウォーデンは監視役の事を知っています。
入学式前からミケーレに相談を受けており、現在その役割を知っている唯一の第三者です。
なので彼の方も実はミナトの事を度々気に掛けていたり……まぁ本人は気付いていませんが。