第百三十話 思い
{な、なんで?私が悩ん…で、それを……ん?}
端的に言えば彼女は油断していた。
アイクと組んだ「ミナト一人にしないよ同盟」の事がバレたりする事は覚悟していたし、いつかはその時が来るかもしれないと。
だがそれはあくまで彼へ向けられた思いが悟られるかもしれない。という事であって、決して自身に探りが飛んでくるとは微塵も思っていなかったのだ。
「さっきアイクの事を聞いたのは、前あいつも何か悩んでたみたいだったから。
フレアさんももしかしたら……って思ったのを確認する為。
だからさっきの言葉はちょっと嘘になるかもしれない、ごめん」
先程投げ掛けてきた一つ目の質問の答えが少し間違っていた事を謝罪していたが。
彼女からすれば今はそんな事どうでもよかった。
今頭の中にあるのは、何故自分が悩んでいると思われたのか。彼が何故原因が自身だと考えたのか。
必死に頭を回して過去の出来事などを遡っていくが、思い当たりは全くない。
実際彼女はかなり本心を、ミナトを気に掛けている事を周囲に悟られないようにしてきていた。
だから友人らがそれに気が付かなかったのは仕方のない事だし、寧ろ気付いたルチアの方が……という具合。
それ位必死に隠してきた影響で自分自身ですら気付けなくなってしまっていた。
原因を探っている今も、時折その思いが表情に出てしまっていた事に気が付いておらず。可能性の考慮にすら入れていない。
自己の制御を徹底したが故の現状だ。
「悩み、か……。
確かにあるかもしれないけど、、それってもっと強くなりたいなとか。色んな事を出来るようになって誰かの力になれたらな、とか。
皆が思ったりするような事だよ?だから心配してくれてなくても……」
最後まで言い終わる前に、言葉を遮って言う。
「フレアさん、それ。嘘だよね?」
「っ!」
完全に図星を突かれる。
だが決して直ぐに悟られる程の分かりやすくもなかったはずだし、そもそも言葉を遮ってまで決め付けるのはミナトらしくない。
「な、なんで嘘って分かったの?」
雰囲気的に言い逃れは出来ないと悟り。せめて分かった理由だけでも聞く。
「……勘、というか。
嘘とか隠し事をする時の仕草が昔の知り合いと似てたから」
その知り合いが四百年以上前の人物で、更に女性である。という事は流石に言えないが。
今はそんな事よりも目の前の彼女がこれからどうするのか、が重要だ。
アイクとの事も含めて洗いざらい話すのか、ミナトを心配している事だけでも話すのか。
どうするのかは自由で選択肢は幾つもあるが一つ確かなのは。もう言い逃れは出来ない事。
下手な嘘や言い訳が通用しない今の彼と、真面目な性格の彼女が揃えば今後の展開はある程度予想が出来る。
少なくともこれまでは避けてきたような選択肢を取らなければならない。
「……ごめんね、言いたくないなら言わなくてもいい。
でも俺以外でも……例えばルチアさんだって、アイクもそうだ。
フレアさんを大切に思ってる人はいる。いつだって頼れる人が居るって事だけは、忘れないでほしい」
「……ぁ」
彼がこれを言うなんて酷い話だ。
それは今彼女が最も言いたい言葉で、彼女以外の人物もそう思っている事。
{ち、ちが……それは私が言わないといけなくて、、、なんで私がミナト君に心配されてるの?
ミナト君の為にと思ってここまで来たのに、どうして私が彼の負担に……}
助けになりたいと思っていた人に助けられる事は、辛いなんて言葉で言い表せない程惨い感情になる。
どちらも互いを思うが故に怒りの矛先が無く。感情の抑え所がなくなってしまう。
ミナトが四百年の時を経て失ったもの、それは肉体すら超える怒りという激情と。もう一つだけ。
自尊心だ。
かつての仲間達との旅で徐々に得ていった自己を尊ぶ心。しかしそれも呪いによって消え去ってしまった。
だから今の彼は自分がそこまで他者にとって重要な存在であると考えていない。
フレアが彼へ向ける思いに気付かれることはあっても、自身の事を探られるとは思っていなかったように。
彼もまた、自身の事情や実力面での信頼などはあろうとも、一人の人間としてそこまで特別視されているとは思っていなかった。
両者の意外な共通点は自己評価の低さと、それを全く気付いていないところ。
{……駄目だ}
ふと思う。
{よく分からないけど、絶対このままじゃ駄目だ!}
確証はないが、確信はあった。
このままではミナトの隣に一生立てないという確信が。
遠ざかってしまう気がした。ここで食い下がらなければ、もう追い付く事は出来ないと。
「…違う、違うよ」
小さく呟く。
「それはこっちのセリフだよミナト君!」
今度は珍しく大きな声を出し、予想外の行動に驚くミナト。
周囲の人達も驚き視線が集まっていたが、彼女は気にしなかった。
存在にすら気付いていなかった。
「大切に思ってる人はいる?なんで人の事は分かるのに自分の事は分からないの!?」
普段の様子からは想像もつかない彼女の心の叫びに言葉が出てこず、聞く事しか出来ず。彼は立ち竦んでいた。
「私の事を大事に思ってくれてるのはありがとう!でも……でもそれはこっちも一緒なんだよ!
ミナト君の事を大事に思ってる人はミナト君が思ってるよりもずっとずっといる!君は自分で思ってるよりもとっても好かれてるの!」
怒っている最中なのに感謝の言葉が入っているのが如何にも彼女らしいが、まだまだ叫びは続く。
「いっつもいっつも自分だけ皆と違うと思ってるよね?全然そんな事ないから!ミナト君だってただのミナト君でただのクラスメイトだよ!
なんでいつも一歩引いて見てるの?寂しそうにしてるの分かってるんだからね!?ミナト君が思ってるよりもずっとずっと皆ミナト君の事見てるよ!
ミナト君の事を一番見てないのはミナト君だよ!もっと自分の事大切にしてよ!」
一頻り言い終えたのか、彼女は息を整えていた。
話している途中感情が溢れ出し涙も流していたが、気が付いていないのか拭う事もしておらず。
本当に只感情のまま伝えていたのだと理解が出来た。
暫くすると、最後に落ち着いた声で語り掛ける。
「もし自分の事を大切に思えないなら、皆の事を思い出して。ミナト君が大切に思ってる人の大切な人の為だと思って」
「!……」
彼はルチアとの話の最中、周囲に甘えていたと考えていた。
それが原因で自身が元となる悩みを抱える人物が出来たのだと。
だが……甘えるのと、大切にする事は当然ながら全く違う。
これまでの長い人生の経験が彼を一歩引いた位置で留まらせていたのだとしたら。
きっと直ぐに皆と同じ場所に立つことは出来なくとも。
少しずつ。少しずつでも近付くことは出来るかもしれない。
それはきっと彼を思ってきた者達の思いが手繰り寄せていった結果で。
目の前の彼女一人では成し得なかった事だ。
「……フレアさん」
訴えが終わってから初めて彼が口を開く。
「俺やっぱりよく分かんなくてさ、、、ここまで一生懸命言ってくれても、やっぱり皆と同じ様にできそうにない。
ずっと俺とは別の世界の話だと思ってて、理解しようともしてこなかったから」
今彼は自分で決めた、本心を伝える。という自身との約束を果たそうとしている。
「だから……教えてほしいな。もし良かったら、、、だけど」
駄目だと思っていた、無駄だとも。
あまりにも長い時間を辛く孤独に過ごした彼は普通の少年として生きる自信が持てなかった。
だけど……今までずっと封じ込めて気付かないようにしていただけで、願望はあったのだ。
それが今、これまでの積み重ねが最後の一押しによって解放され。
ようやく本心を言葉にする事が出来た。
「……うん!こっちこそ私で良ければ、幾らでも!」
初学期から彼女が掲げてきた思いも今ここで、達成されつつあった。
まだ全てでなくても、思いが少しでも伝わったのはとても大きな事で。
簡単には言い表せない程の喜びが押し寄せてくる。
「で、早速なんだけど……」
押し寄せるのは良いが、ここで冷静になった二人はそろそろ周囲が見え始める。
かなり大胆で目立った二人に視線が集まっている事にここで気が付く。
{あ、そっか、、、今の全部見られて……は、はっ~~~!}
恥ずかしいなんて言葉じゃ足りない程の羞恥心が今度は湧き出てくる。
「こういう時は多分さ……」
「うん、こういう時は……」
注目を浴びそれが嫌ならばとるべき行動は一つ。
「逃げよう!」
「それしかないないよね!」
この場からの逃走を図った二人は。
ようやく学生らしい顔に戻っていて。
ミナトもこの学園に来て初めて見る程の笑顔を浮かべている。
置いておくことの出来ない事情も、どうしようもない現実もある。
でも今位は……純粋に楽しんでも罰は当たらないだろう。
今回のあの長台詞、フレアの思いに引っ張られて描いていました。
キャラクターが作者を導く。みたいな記事を見た事がありましたが、初めてその感覚が分かって凄く楽しかったです。
本来このシーンにあんなセリフを入れる予定は無かったのですが。彼女の思いを、これまでミナトを大切に思ってきた人達の思いを汲み取ってこちらに舵を切りました。
これが作者冥利に尽きる瞬間の一つだと思います。