第百二十八話 結局は
「それで話って?」
「……」
学園祭の最中、ルチアから突然の呼び出しを受け。
人通りが殆どないこの場所。
中庭に通じている幾つかの通路の中でも、とびきり狭く小さい路地裏のようなここまでミナトを連れてきていた。
(こいつから呼び出したんだ、絶対並大抵の用じゃない)
わざわざこんな場所まで連れてきたという事は、あまり周囲には聞かれたくない事。
なるべく2人きりの状況で話したい事となる。
そもそもルチアから話し掛けて来るだけでも珍しいのに、ここまでともなると。
だれであろうと余程のものだと考えるに違いない。
「…最初に言っとく、私はお前の事が嫌いだ」
呼び出しておいて開口一番がこれとは中々であるが、もう驚く事もない。
「だから別にお前がどうなろうがなんだろうが大して興味はない」
「知ってるよ。
それで、お前がそこまで気を遣う事って何なんだ」
ここまではただの確認作業だ。
だが普段のルチアはそんな事をする質ではない。
あのミナトを人通りの少ない場所を選んでまで呼び出し、その上絶対面倒くさがるだろう建前まで使った。
どこを取っても異質な状況。
「冷静に考えたら直ぐバレるような嘘をばあちゃんについてまでしてお前が隠したがっている事も。私にとっちゃどうでもいい事だ」
「!……それはどうも」
(流石にバレてたか、、、俺も迂闊が過ぎたな)
年数の誤魔化しは聞いていなかったがその話でもなく。
しかしさっきの言い方からミナトへ不満をぶつけるなどでもない。つまりは本題が全く見えてこない。
だからこそ唐突に出てきた人物の名前に驚きを隠せなかった。
「私がお前に腹を立てたりする分にはいい、だけどあいつ……フレアは違う」
(フ、フレアさん?なんで急に…)
「ちょっと待て、待ってくれ」
理解が追い付かず説明を求めようとするも。
「うるせぇ待たねぇよ」
いつもよりも更に怒りの籠った声でポツリと告げると。
さっきまで下を向いていた顔を上げ、しっかりと目を見て続ける。
「いいか?もう二度とあいつにあんな顔させんな」
彼女の怒りにには二つの種類が存在する。
一つは漠然としたもの。興味がない事が続いたりする時だったり、少し癇に障る事があった時。
そしてもう一つは明確な理由を持って怒る時。
今回は後者であり、少なくともルチアにとって初めて他者の為に怒りを抱いていた。
(あんな顔、、、そうか……)
事情は分からない。
でも言い分から察するに、自身が原因でフレアになにかしらの精神的苦痛を与えてしまっていたのだと解釈。
「俺は随分……甘ったれていたのか」
小さくボソッと零す。
その声は目の前の彼女にも聞こえていたが、特に何かを言ってくる事はなかった。
(多分アイクと似たようなのだよな……ほんと何やってんだ俺)
察しは直ぐについた。
一体どんな顔なのかは分からないが、ミナトはきっと同じ様な顔を見た事がある。
アイクだ。
時折見せる寂しげで悔し気な顔を彼は見逃していなかった。
きっと自身の事情にも薄々気付き始めているだろうという事も理解しながら。それでも隣に居続ける選択肢を選び。
問題はこれまでも起こってきたが、その度に乗り越え今日まで来た。来てしまった。
様々な事情があっても普通に接してくれる彼らに無意識の内に甘え。
自分が原因で傷付けていたのがアイクだけでなくフレアもそうなんじゃないかと考えれば。色々と納得はいった。
時々彼女が見せた不思議な行動や言動も、自身を気遣ってのものだと考えれば理解する事が出来た。
(何が守るだよ、ふざけんな。
肝心な部分を放置したままでよくもぬけぬけと…)
そうだと理解して最初に湧いてきた感情は自身への怒り。
気付けなかった事、無意識に気付かないようにしていた事。環境に甘えてしまっていた事。
挙げだせばキリがない程責めたい点が多過ぎて、最早何を言えばいいのか分からず。
二人の間に沈黙が満ちていく。
「……」
ルチアが何かを言ってくる事もなく、こちらの言葉を待っているのかどうかも分からない表情をしていたが。
少なくとも急かしたり普段の様な不機嫌さ。というのは全く持ってなかった。
その間、ミナトは必死に考えた。
自分が本当にすべき事がなんなのかと、それに私的な感情が入っていない事を確認しながら。
だけども彼らの思いを最大限考えて両者にとって最も取るべき行動がなんなのかを。
その際中ある会話を思い出す。
以前にアイクと一度腹を割って話したことがあった。
誘拐事件の際何も出来なかった事に対して無力感に苛まれていた時。彼は嘘偽りない本心を語る事でアイクに再び前を向けるよう促した。
だがその時は前を向くどうこうなんて気にしてはいなかった。
とにかく本心のみを伝えて、あとは受け取り方次第だと。
(言えない事はある。
あるけど、必要以上に恐れなくてもいい。ただ俺が出来る範囲で真っ直ぐ、本心をそのまま……)
結局はここに戻ってくる。
当然だ、四百年生きて出来た価値観がそう簡単に変わるはずがない。
だから辿り着く場所も同じになるだろう。
方針が決まったミナトは、一度大きく息を吸い込んでからルチアに。
「言ってくれてありがとう。お前がいなかったらずっとこのままだったかもしれない」
伝えたのは感謝の言葉。
「なっ!?……私の事はいいんだよ、決めたんならさっさと行きな」
それに動揺しながらも平静を装う。
「同じ事はもうしないからそこは安心してくれていい。
でももしまたフレアさんが困ってたりしたら、その時は頼むよ」
「は。言わなくても分かってるよ」
じゃあ行こうかな、と路地を抜けようと歩き始めるミナト。
「あ!」
そこを呼び止め足を止めさせる。
「興味はないっつったけど、勝負は忘れてねぇからな!絶対もう一回やるんだぞ」
いつもの彼女と同じ様な言い草だが、以前よりも少し棘が少なくなって気がする。
その証拠に、目がいつもと違い睨むように鋭くなっておらず。気持ちだけかもしれないが丸く開いている様に見えなくもない。
「……おう!」
少し笑ってみせてからその場を後にした。
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{うー、、まさかルチアさんまで狙ってたなんて……}
ミナトがルチアに連れられているところを目撃したこの少女。
合宿の時、祟り神に襲われている所を彼に助けられ恋に落ちた人物である。
あの時のお礼がしたいという名目で彼と学園祭を一緒に周ろうと誘いたがっていたが、機会を窺っているうちに取られてしまったのだ。
正確にはそう思い込んでいるだけだが、顔はかなり整っている方の彼女と一緒に居るところを見て。手強いライバル出現と考えてしまったらしく。
順番も越された挙句あのルチア相手となれば絶望的となってしまい、今は悲しみに暮れながら校内を一人とぼとぼと歩いていた。
{あーきっと今頃は二人で楽しそうに……くーーっ!って、、、ん?}
考えてしまうだけで叫び声を挙げたくなる気分ではあったが、それよりも気になる光景が一瞬視界に映った気がした。
だがそれは有り得ない事だと思い、見間違いだと考え一応確認する為に再び目をやると……。
{あ、あああれは!ミナト君と……フレアさん!?なんで二人が一緒に}
そこには楽し気に二人で学園祭を周っている姿が。
この少女は悲しみに暮れていたので気付いていなかったが、既にルチアの呼び出しから四十分以上も経っている。
話しが終わってからも数十分経っているのでその間に彼が行動を起こしたのだ。
彼が導き出した答えがどうしてこんな形になったのか。
知る為には少しだけ時を戻す必要がある……。
ミナトの事が好きなこの女の子は百七話に載っています。
一応思い出しとくか、って方はどうぞ。