第百二十二話 これからの話し
騎士団、という突然過ぎるワードに全く理解が追い付いていない二人。
「どういう事それ?えっと、、ん?」
アイクなんて軽いパニックになっている。
興味が無いかと誘われた方も言われた事が全く分からず疑問の言葉すら出てきていない。
「よし俺がいきなりで悪かったな、だから落ち着いてくれ。ちゃんと一から説明するから」
流石にここまで混乱を招くとは思っていなかったのか少し慌てて説明に入る。
「実はだな……以前団長さんから話を持ち掛けられてたんだが、、正直俺は騎士団に入るつもりはなくてさ。
でもただ断るのも申し訳ないから、有望そうな奴を紹介するって事になったんだよ」
「……それで俺が選ばれたと?」
「実は前々から候補ではあったんだ。意欲があればいつかは声を掛けてたとも思う。
ただ偶々タイミングが重なったから今になっただけで」
まだ驚きを消化しきれていないアイクに対してトロールはかなり冷静になっていた。
ミナトの話を聞き何かを考え込んでいる。
「ま、そんな難しく考えなくてもいい。
ちょっと訓練に参加したり仕事の現場を見れたりする位だ。
騎士団ならちゃんとした盾の指導も受けられるし、課外授業みたいなもんだと思ってもいいって。向こうもそう言ってたから」
「……」
真面目で責任感も強い彼は深く考えすぎるだろうと思い、キチンと説明を加える。
「でも確か騎士団って専門の養成学校あったよね?なんでこっちにも声かけるんだろ」
場の空気が悪くなることを恐れ話を持ち出したアイクによくやった!とばかりの視線を一瞬送ってから答えるミナト。
「そう。あそこからは一定数入る事が確定してるし、毎年一般応募の時も結構応募者は集まる。
だから数自体は別に問題ないんだよ。
ただ組織を作る上で同じ様な人材ばかりではなく多様な人材が欲しくなる。そこで毎年魔法学園の数名に声を掛けてるって訳」
(よくやったぞアイク…これで変な肩の力は抜けるだろう、別に受けても受けなくても問題ないって分かってもらわなきゃだからな)
ここでトロールがどう選択しようとも誰かが困る事はない。
とにかくそれを伝えたかったので先程の無意識に放られたアシストは完璧な役割を果たしていた。
しかし声にも仕草にも出していないナイスが伝わるはずもなく、アイクはただ説明に感心していただけ……。
「……」
しばしの沈黙が続く。
周りはいつも通りの賑やかな食堂なのに、ここだけが静かだった。
元々寡黙な彼が考え込み始めたらこうなっても仕方ないのかもしれないが。
「……別にこの話以外でも考えはある。
騎士団で教えてもらわなくてもちゃんと他の成長ルートもあるし、本当に深く考え込む必要はない。
あくまでただの選択肢として……選べる手札にはこれもあるぞってだけだ」
今ミナトが伝えたい事はとにかく最後の一言に詰まっている。
選択肢の中の一つに騎士団があるだけで道はそれだけじゃない。
例えどのルートを選んだとしても誰かに迷惑が掛かる訳でも、間違えてお先真っ暗。なんて事にもならない。
(お前が深く考え込む奴だってのは知ってる。
だがまだまだ学生、もっと好きにしても許されるはずだ。たかだか数回程度のミスなんて許されて当たり前なんだよ。
自分の意思で選ぶんだ。その結果がなんであれ、本当にやりたい道がそれなら俺はそれをフォローするだけだ)
トロールが言葉を発しなかった時間は、秒数にすれば一分も満たなかっただろう。
だが不思議と長く感じた。
確かに性格からして長考するのは不思議ではないがそれでもハッキリ言っておかしい。
せめて、しばらく考えさせてくれだとか、直ぐには決められないとか。
しかしそれすらも言わない。
流石に違和感が確信に変わり不安になり始めるアイクがなにか言葉を掛けようとした時、遂に彼は口を開いた。
「すまない、随分長い間黙り込んでしまって」
最初に出てきたのは謝罪の言葉。
二人はなにか返したりはせず、ただ続きを待った。
彼が心を決めて話し始めたと分かったから。
「さっきの話しだが、俺でよければ是非話を通してほしい。よろしく頼む」
次は提案への答え。
「任せろ」
ミナトも余計な一言は要らないと思いそれしか言わなかった。
ただそれがよくないと思ったのは彼の方で、言葉を続ける。
「実はな、、前々から騎士団希望ではあったんだ」
「!そうだったんだ……前々っていつ頃から?」
「もうずっと前だ。十歳は越えてたと思う」
突然明かし始めた進路の話しに驚きを隠せないアイク。
「だったら騎士団の養成学校に行く選択肢もあったんじゃ…?」
「そうだな、確かにそれも考えた。でもあそこは……こことは違うから」
言っている違いが分からず頭を傾げる様子を見て、答えが分かったミナトが言い当てる。
「……学費か」
「正直驚いたぞ、よく分かったな」
「以前小耳に挟んだ程度だ」
国が設立、運営するこの魔法学園は生徒側の負担がとてつもなく低い。
本来なら魔法科のある学校は無い所よりも設備や教師側の貴重度なども含めて運営には金が掛かる。
それを異常なまで国がサポートする事で、現在国立の魔法学園シリーズは五つ全て学費が他の学校に比べ圧倒的に低いまま維持し続けられていた。
「養成学校が出来るよりも前に魔法学園はあったからな。この二つの資金を両方出すのはかなりの財源が居る。
確かに国の戦力に直結するのは騎士団の方だけどそれを優先して、こっちから学費を徴収するのは出来ない」
その言葉の続きはトロールが語った。
「魔法学園創設者にして、伝説の英雄アレウス様の意思に背く事になるからな」
未だ信仰が強く続いている勇者が残した学園を改変するなど、反乱が起きる事は火を見るよりも明らかだ。
それ故他の国も批判を恐れ魔法学園への支援は欠かさない。
結果として、養成学校が受けられる支援は魔法学園のそれと額が全く違ってくる。
「家はあまり裕福な方ではない。
両親は行きたい所に行きなさいと行ってくれたが、俺は少しでも苦労を減らしてやりたいんだ。
だからここを選んだ」
別に向こうの学費が異常な程高い訳ではなく、多少ではあるが国からの援助もある為受けられる教育などの恩恵を考えれば安い方だ。
だがそれでも……。
「冒険者と違って騎士団は給料が確約されている。なるべく安全で堅実な道を選びたい」
一生楽させてやるとか、もう苦労は掛けないとかではなく。
少しでも苦労を減らしたい。
その言葉を選んだ時点で彼の人となりが現れていて、それが騎士団への適正も証明していた。
「……やっぱお前に声かけて正解だったな。
話しは俺が付けとくけど、もうちょっとだけ待っててくれ。あれが終わるまでは色々バタバタするだろうし」
一通り話は済んだが。あれ、とやらが気になる。
「あれって?」
それが分からず聞くアイクだったが、「あ、そう言えばもう直ぐだったね」と思い出す。
疑問を投げ掛けても直ぐ答えを思い出すほど大きい存在であるあれ。
「流石にデカいイベントだから忙しくなりそうでな、、学園祭」
彼ら魔法科の生徒にとっては聖魔祭に次ぐビッグイベントと言ってもいいこの行事。
「風紀委員としてか」
「そうだ……最近は会議で当日の見回りが~とか準備期間も浮かれてる奴が多い~とかなんとか言っててさ。
中々話に行く時間がまぁ……それに、騎士団のとこ行く前にみっちり鍛えとかないと。うちが舐められちゃ困るからな、バッチリ向こうの訓練にも着いて行けるよう準備しとこうな!」
最初は苦労事にお疲れムードかと思いきや、最後にはいつもの修業の鬼に早変わり。
絶対ここの方がキツイと思いながらそう考えると逆に気が楽になるとも捉え始める。
目の前にいる男こそが世界一の鬼教官であるとしか思えないから。