第百二十話 困難を乗り越えた先にはきっと……!
「先ず、俺を頼ったのは賢明な判断だ。その体つきからしてちゃんと考えがあったって事だろ?」
「!…まぁな」
盾の使い方を教えてほしいと言うトロールからの要望。
以前から考えていた事だと分かったミナトは、流石だと関心を抱いていた。
「合宿前から肉体改造に励んでいてな。
その後も地道にやっていた成果だ、やはり筋力が必要不可欠なのは明白だったし」
「剣士が軽く持つようなやつじゃなくて大盾を使うなら確かに力が要る。
だが盾か……随分思い切った道を選んだな」
一見防御が簡単に出来る駆け出しにも優しい武器に見える盾だが、実戦を経験した者は皆それを否定する。
確かに本当の初心者にはありがたい物だろうし、討伐難易度最低クラスの魔物達相手ならば使いやすい部類だ。
だが少しレベルが上がった途端状況は一変する。
広範囲の魔法を撃ってくる魔物などを相手取る場合ただ盾を構えるだけでは仲間を守り切れないし、素早い敵相手の攻撃を引き受けるのは困難だ。
攻撃力が人間のそれと比較位ならない程の魔物達の攻撃を防ぐ盾となればかなり厚く、かなり重い。
そんな物を持ちながら味方をカバーするなんて芸当。当然要求される能力は非常に高くなる。
結果、盾は熟練の上級者か本当の駆け出し冒険者しか使わないという。扱える者とそうでない者との差が顕著に出る武器となってしまった。
「俺は確かに体格には恵まれているが、どれだけ技を強化しようがクロムに攻撃力では勝てない。
アイクのように汎用性の高い能力が無ければ、オーズのようなオンリーワンの才能もない」
淡々と告げていく。
足掻いてもどうしようも出来ない事と、自分よりも才能のある周囲の人間たちとの差を。
「でも……そんな俺でも、皆の役に立ちたい。誰かを助けられる力が欲しい。
俺だから出来て、誰かの為になる力が。
その為ならどんな武器…どんな手段でも使ってやるんだ」
そんなどうしようもない現実を憂う事なく、ならどうすればいいのかを考え。
解決の糸口をなんとしても掴み取る。
トロールはその考えを持っていて、彼の近くに居る者達はその思考が出来る者達だ。
だから今も相手に尊敬を抱きながらなんとか成長の手助けが出来ないかと考えている。
「……オッケー、お前の意思は分かった。
確かに協力はしてやりたいが、盾については俺もそこまで詳しい訳じゃない。
基本的な動きや今後求められるものがなんなのかとかは伝えられるが所詮そこまで。
マスターする為にはお前自身の努力と、更に別の人物からの教えが必要になる。いいか?」
始める前の確認作業。
これからすべき事と出来る事のビジョンを共有しておく為に必要な工程だと考えているミナトは、いつもこれを踏まえた上で教えに入る。
「頼む」
安易に直ぐ受けるのではなくしっかりと自身の出来る事を提示しての返事。
その時点で彼が真剣にこちらの事を考え、本当に案じていてくれているのだと分かった。
{まぁ、そんな奴だと分かっていたから頼んだのだがな……}
「じゃあ学校で借りられる大盾を探しに行くか、二から三個くらいはあるだろうし」
早速行動を始める彼の速さに若干驚きつつも着いて行くトロール。
「実は先生に聞いておいたんだ。使える物は無いかって。
ちゃんとあるらしいから場所も聞いておいた、直ぐ取って来るよ」
「じゃあ俺も着いて行こうかな。待ってても暇だし、種類があったら選ぶの手伝えるし」
「助かる。あっちの倉庫の奥の方に仕舞ってるらしくて……」
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放課後。
「と言う訳で暫くこいつの特訓に付き合う事になったんだが、良いか?」
ミナトの盾指導はその日から始まる。
「勿論!一緒に頑張ろうね」
「ああ、お前にも世話になる」
アイクとの特訓に混ざる形での参加となり。
既に教室内では見慣れた光景であり触れられない場所であるこの放課後特訓。
迎え入れられるトロールは珍しく緊張している様子だった。
「そんなに硬くならなくても大丈夫だ、流石に初日から動けなくなるまでとは言わん」
「!……いつかはそうなるんだな」
「大丈夫大丈夫!そんなに強張らなくてもさ。ほら、フレアさんとも前に似たような事あったけど、その時は無事に終わってたし…!」
(俺は一体なんだと思われてるんだ……)
必死にフォローしようとするアイクを見て自身へ向けられている目が気になるミナト。
だがそうなっても仕方はない、さっき言った通りこの時間は特別でこの二人の関係は周囲から見ても特別だ。
放課後彼らの姿を見たある者は「あれを鍛錬と言っていいのかどうか俺には分からない……」であったり、「二人で打ち合ってると言うより、小さい弟をイジメてる兄貴みたいだったよ」という証言があるとかないとか。
ともかく色々と周囲からは噂されており、最近では授業中もその火花が散りまくっている事からより一層噂は広まっていくばかり。
最早触らぬ神に祟りなしの空気が出来上がっていた。
{やってやる、ここまで来たら絶対成果を勝ち取って見せる!大丈夫死にはしないはずだ……}
腹を括り覚悟を決める。
「じゃあ始めるけど、もし本当に休みたくなったりしたら言えよ?」
事前にそう伝えてから特訓は始まった。
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一時間後。
「ーーっーーっーー!!」
息をぜーぜー切らせ地面にへたり込むトロール。
「最初はこんなもんか、後でこれまでもやってたトレーニングもしっかりな。
だが無理は程々にしとけよー怪我したら元も子もねぇから」
時間で言えば普段の剣術授業と大して変わらない。
休憩時間等も含めたら寧ろ今の方が休めているはずなのに。
{キツすぎる……濃度が恐ろしく高い。そりゃあいつも短期間でここまで伸びる訳だ}
内容が凄まじいこれを毎日のようにやっていれば、あそこまで強くなる事も納得。という様子。
実際本格的に弟子入りして以降のアイクの成長スピードは異常な程だ。
以前までなら選抜以外の選手とは辛うじて上、程度であったはずが今は完全に頭一つか二つは抜けている。
相性的にもルチアにすら届きうるのでは。トロールがそう考えてもおかしくはない。
「じゃあ、、、俺は寮に戻ってトレーニングして来るから……先に失礼する」
「お疲れー!夜にまたねー!」
重い体をなんとか動かし帰っていく彼と違い、アイクはまだ元気そうだ。
当然特訓のメインが彼であったからいつもより運動量が格段に少ないと言っても、以前と比べればスタミナも段違いに伸びている。
「元気そうだな、、」
「まぁね!前は最後体力切れで結局足手纏いになっちゃったし……今度はそうならないようにしたいから!」
王都防衛戦のギフトシュランゲ討伐後、更にやって来た魔物達を前にして動くことの出来なかった事を悔やみ。
体力強化のトレーニングを実家の方でも取り組んでいた成果だ。
「それは良い心構えだ……」
しかし、自分が不用意な発言をしてしまったとここで気付く。
下手に彼の前で余裕を見せてしまえば最後……。
「体力アップを図りたいそんなお前にとっておきのメニューがあるんだ、、、師匠直伝でこの場所でも出来る地獄のメニューが」
「あ、あっはは……お手柔らかに頼みたいかな」
{余計な事言っちゃった、、、これはマズい……}
経験上、ミナトが地獄と言うメニューは本当に地獄。
彼がキツイというものは普段の三倍以上はキツイ。
寮でなんとかトレーニングも済ませたトロールが、いつもよりも更に疲労の色を浮かべて帰って来たアイクとより意気投合したのは。
ミナトには知る事のない話……。