第百十八話 委員としてか、個人としてか
ミナトが風紀委員となってから一週間程経った日の放課後。
日課の放課後特訓をする為アイクと共にいつもの場所まで向かっているところ。
「あ、僕ちょっとお手洗い寄っとくよ。ミナト先行って待ってて」
そう言ってパタパタと小走りでトイレへ向かう。
(じゃあ準備運動でもしとくか)
言われた通り先に向かい、今日のメニューはどうしようかなーと考えていた時。
普段はあまり行く事がない方角から何やら話し声が聞こえてきた。
廊下は十字路になっていて、前と左はよく曲がる事があるが今回声が聞こえてきたのは右。
先輩たちの教室がある方角。
強いて言うなら、授業が終わってから少し経っているこの時間にまだ人が居るんだな、位に思い通り過ぎようとした時。
聞こえてくる話声が良くない物だと気付く。
内容までは聞こえなかったが、どうやら揉めていそうな雰囲気。
以前ならまだしも今は風紀委員。今も着けている腕章を見れば確認位はしておこうかという気持ちに。
(なにもなきゃいいけど……)
そう願いながら声がする方に歩いて行ったが、残念ながらその願いは直ぐに砕け散った。
「本当、いい加減理解したらどうなんだよ。身分の差ってやつをさぁ!」
「ぐっ……」
廊下を曲がってから最初の教室の中を見るとそこに映ったのは。
一方的に生徒を蹴っている男と、その仲間であろう二人が取り囲むように立っていた。
(ちょっとしたいざこざと言うには明らかに行き過ぎている。これは流石に無視出来ないか……)
委員だとかは関係なくこれは見過ごせない事態。
どう見ても寄ってたかってイジメているようにしか見えない。
教室のドアを開け、迷いなく男達に近付いていく。
「あぁなんだてめ……って風紀委員かよ」
その腕章を見て一瞬焦ったような顔をしたが。
「いや待て、こいつ一年だぞ」
周りに立っていた男の一人がそれに気が付くと。
「なんだよ焦ったじゃねぇか。ほら帰んな一年坊、今なら怪我せず済むぜ」
「警告をするのはこっちじゃないですか?そちらこそ、今その人に謝罪するなら先生方に報告はしません。もししないと言うなら……」
風紀委員として問題を起こした生徒を発見した場合、その場で止めた後。教師陣に報告する必要がある。
担任の先生からもお叱りを受けてもらうためだ。
だが一々報告に行くのが面倒なミナトは力に出る前一応警告はしたが。
「おいおい、分かってない君に教えてあげるけどさ。学年って一つ違うだけでも実力は段違いなの、分かる?つまりさ、こっちとしては君なんて怖くないんだよねー」
{正直三年の奴らが来てたらヤバかったが、一年だったら問題はねぇ。
ちょっと怖い思いさせて口封じしときゃ良いだけだ}
「あれ?つーかよく見たら君ミナト君?だっけ。ほら聖魔祭優勝したっていう……」
そう言われて、内心ラッキーだと考えたミナト。
こっちに実力があると分かれば争いは避けられるかもしれない。
「そーなの?ちょー優秀じゃん。でもほらあの……クロム?って奴が強いんだろ?まぐれ勝っただけなんじゃねーのこいつ」
校内全体に名前が響いているクロムと違い、ミナトはぽっと出的な存在だ。
実際に聖魔祭を見た先輩たちはその実力を知っているが。見ていない者達からしたら偶然勝てただけ、と思われているのも事実で。
その考えの生徒は一定数存在する。
「……なんでもいいですけど、謝る気は無さそうですね」
いい加減焦れったくなってきて、さっさと終わらせたくなってきていた。
「そうなったら風紀委員として取り締まらないとなんで」
「あ?さっきの説明分かってなかったみたいだな。
まぁいいや、先輩への話し方もなってないし君にも教育してあげるよ……!」
先に手を出してきたのは向こうからだった。
(単調な突き、レベルの低い先輩もいたもんだ)
内心呆れつつ制圧に掛かる。
振り被ってから放たれた右腕を躱し、一歩詰め寄る。
そこから軽い一撃で体勢を崩して殺さないで置いた勢いを利用して投げ飛ばす。
「ぐはっ」
見せしめにするようあえて派手に投げ、情けない体勢で地面にぶつかる。
「てめっこのや……!」
仲間がやられたからか感情的になって殴りかかろうとする男を視線だけで止め。
もう一人も同様、目だけで牽制。
「大丈夫ですか先輩。怪我はそれ程酷くなさそうですけど、、、一応保健室に行っておいてくださいね」
男たちは一切無視して尻もちをついた姿勢のままの先輩に声を掛ける。
「あ、ありがとう。でもこんな事して君は……」
君は大丈夫なのかい。
そう言いたかったのはミナトも分かっていたが、続きを言わなかったのは背後に映った光景を見たから。
最初に投げ飛ばした男が起き上がっているのに気付いて、「後ろだ!」と言おうとしていたがその前に。
後ろを振り返らずともそれに気付いていたミナトも同様立ち上がり。
す、と鞘に納められたままの刀を向ける。
「あ?てめなんのつもりだ」
「最終警告です、これ以上は手加減しませんよ」
これまでは手加減して相手していましたよ、という意味も込めた。所謂煽りだ。
怪我はそれ程酷くない。この言葉には少し語弊があるかもしれない。
ミナトの言う酷い怪我は実際の戦闘で負うような怪我の事。
人が人に暴力を振るった結果の怪我であれば、今回は中々の部類に入るだろう。
要は今明確に怒りを持ってこの場に立っている。
「これまでの風紀委員の事とか、俺はあんまり知らないですけど。
あんたらみたいなのを取り締まるのが仕事って事はよく分かりました。
勝手のよく分からない自分みたいな若輩者は、少々やり過ぎてしまうかもしれませんね。これ以上やれば」
「っ……!」
先程のよりも強い威圧感を放ち。
これが本当の最終警告で、これ以上は駄目だと思わせる為の威圧。
経験も実力もある風紀委員の先輩の様な人達なら別だが。こんな腐ったような先輩なら。
その程度の人達に戦意を失わせる位は容易な事。
仮にもかつては鬼人と恐れられた男、当時ほどではないにしても威圧感は健在だ。
あまりの迫力に戦意を喪失したのか。
男たちは完全に脱力しその場にへたり込んだ。
はぁ、とため息をついてから暴力を受けていた先輩を肩で支えながら教師を探しに行く。
「なんであんな事に?」
その道中。
流石に言い合いが苛烈になっていって喧嘩、にしては不自然な点が多過ぎるた為何か原因があるのではと。
先輩は少し躊躇ったような表情を浮かべた後。諦めた様な顔になって言った。
「あいつらさ、貴族の出身で。平民の俺は前から目着けられてたんだ」
話し始めのここでもう、続きが分かってしまったミナト。
しかし黙ったまま聞く。
「事あるごとに俺に突っかかって来て、平民の分際でーとか。これだから貧乏人は、とか。
家族の事を馬鹿にされたりすると、本当に我慢ならなくなって反抗したりもするんだけどその度にこうなるんだ。
あいつらちゃんと相手を選んでて、俺なら問題なく返り討ちに出来るって知ってるから」
「……」
「結局実力のない俺が悪かったんだよ」
「それは……」
さっきまで黙っていたミナトも一言挟むが、その言葉は弱かった。
「良いんだよ、事実力のある君は彼らに勝って俺を助けてくれたじゃないか。
実力も権力もない俺が淘汰されるのは当然の事なんだよ……」
ミナトにはフォローの言葉が出てこない。
これまで似たような人達は沢山見てきた。
昔は、弱いままのお前が悪い。みたいな事をそのまま伝えていたけど、今はそうではない。
上手く言葉が思いつかず、黙ってしまう。
「でもな……俺悔しいよ、情けないよ……!あんな奴らに負けて、後輩に助けられて。こんな惨めな事あるかよ……」
言いながら彼の顔は、殴られていた時よりも悔しそうで。今にも泣きだしそうな顔。
「……」
その顔を見て何を思ったのか、ミナトは言葉を発し始めた。
「……昔、似たような事を言っている人を見た事がありました。
その人はずっと泣いていて、色んな人が声を掛けても本当に泣き続けていました。
でも……泣きながらでも立ち上がって剣を握り、弓を引いて。情けないと自分で言いながら努力して」
かつての事を思い出しながら語り、最後に先輩の顔をしっかりと見て……。
「俺は、先輩もそんな事が出来る人だと思っています」
なんでそんな事分かるんだよ。
と言いかけたが、その目を見ればそれは言えなかった。
嘘偽りないと直ぐに分かる目をしていたから。
「先輩さっき言ってましたよね、家族の事を馬鹿にされたりすると我慢出来なかった。って」
「……ああ」
「思うんですよ。大切な人や物の為に頑張れる人が、一番強いんじゃないかって。
勝てないと分かっていても、それでも反抗したんでしょう?
だとしたら先輩に足りないのは後ちょっと鍛錬する時間だけです、きっと。
心にはいつか体が追い付くはずです。だから大丈夫だと思います」
なんて、後輩なんかが何言ってんだ。って話ですけどね、と付け足すと。
再び前を向いて歩き始める。
「……」
この時彼が何を思ったのかは分からないが。
ただ一つ分かる事は、先輩が今胸に確かな熱い思いを持ったこと。
正確にはその熱が再び灯ったこと。
顔はもう、前を向く強い思いを持った表情になっていた。
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「すまん遅れた」
「いいよ、この前僕も遅れたしそこまで待ってもないから」
その後いつもの場所でアイクと合流。
「なんで遅れたの?流石に偶々はないでしょ」
「んー、、委員としての仕事を全うしてたんだよ」
「え?なんかトラブルあったの?そりゃ大変だったねー」
「大変?何言ってんだ。本当に大変なのはこっからだよ」
「どういう事?」
「まぁまぁいいから、ほら今日も特訓始めるぞー」
本当に大変なのはここから這い上がる事。
強く熱い思いを持った彼の努力が、きっと実りますように。
ミナトに出来る事は心の中でささやかに祈る事だけだった。